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はじまる(3/8)

2019.07.21.Sun.


「なんかいいことあった?」

 職場の先輩。一個上の長町さんは鋭い。女の勘? 店を閉めたあと、僕は鼻歌混じりに掃除をしていたらしい。気付かなかった。

「いや、別にいつも通りですけど」
「ほんとー? 最近しょっちゅうスマホ見てるじゃん。誰かからの連絡待ちなんじゃないの?」
「そんなんじゃないですって」
「ニヤけながら否定されてもねえ」

 休み時間や、施術のちょっと空いた間、行きや帰りの電車の中、僕はずっとスマホを見ている。たくみからのメール待ち。

 たくみと正式に付き合い出して早三ヶ月。時間を見つけては逢瀬を重ねた。たくみの家にも招待された。

 立派なファミリー向けの分譲マンション。もとは親と住んでいたが、祖母の介護のため両親は田舎へ引っ越し、たくみだけが残ったのだそうだ。

 初めて訪問してお泊りした夜、僕とたくみはセックスした。ふたりとも最初からそのつもりだった。たくみに引かれないよう、今日は最後までしようと誘導するつもりが、たくみのほうからガツガツきた。

「ここ、入れていい?」

 僕を欲しがる声だった。そんなたくみが愛おしかった。

 性急な愛撫。なのにとても丁寧だった。僕の反応を常に窺って、自分の快感は二の次。そんな感じで、過去に付き合った彼女のことも慈しんであげたんだろう。本当はたくみが気付いている以上にモテてたはずだ。

 僕たちの体の相性は良かった。僕もたくみも満足して終わった。おかげで、泊まれない日でもたくみの家に行ってセックスしたくなった。実際、何度かそうした。たくみは泊まって行きなよ、と言うが、一度けじめのないことを始めたらズルズル半同棲みたいな生活になってしまいそうで、それは僕が嫌だった。

 僕は恋愛体質だ。好きな人ができたらその人のことが頭から離れなくなる。一日中、それこそ夢の中でさえ、その人のことばかり考える。生活のすべてが恋人中心になってしまう。僕が彼に依存しているように、彼にも僕に依存して欲しくなる。前はそれで振られた。僕の愛は重すぎる。

 それを聞いた店のみんなも「それはだめだ」と教えてくれた。恋人同士でもお互い個々の、ひとりの人間として自立していないと、いつかお互いを潰し合うよ、と。

 同じ失敗はしたくない。だから四六時中一緒にいないようにしている。離れていた時間があったからこそ、一緒にいる時間を大切にしようと思える。

 だから極力泊まらない。

 たくみはマメなほうで、向こうからいろいろメールをくれる。好きだと言葉にしてくれる。職場の人とランチに行った、と訊いてもないのに報告してくれる。不安はない。寂しさと、僕の勝手な嫉妬がたまにあるだけ。

 つまり僕たちは恐いくらいに順調だった。

 今日もケンちゃんの店で待ち合わせ。仕事を終わらせ飛んでいく。羽が生えたように仕事で疲れた足も軽い。

 ケンちゃんと喋りながらたくみを待つ。

「しーちゃんたちは絶対うまくいくって思ってたんだよね」

 ケンちゃんは自分のことのように嬉しそう。

 僕のゲイバーデビューと、その後のゲイライフ、すべてを見てきた人だ。いつだって恋愛相談はケンちゃんにした。励まされ、慰められ、時に厳しい言葉ももらった。ぜんぶ僕を思っての言葉だった。

「ケンちゃんのほうはどうなのさ。人の心配ばっかして」

 ケンちゃんは三十代後半。恋人はここ何年いないって言うけど、決してモテないほうじゃない。いい体をしているし、マメだし、料理上手だし、優しいし、話も楽しい。

「いまは恋愛はいいかなあ。仕事あるし、この歳になると恋愛が疲れちゃうんだよね」
「枯れるにはまだ早いでしょ」

 ちょっと離れたところのテーブルからすうさんが言った。今日は元教え子の恋人と一緒だ。確か三十代前半だったはず。学生の頃から一途にすうさんを想い続けて二十代最後の同窓会で玉砕覚悟で告白したらしい。

 すうさんは自分のせいで教え子の人生を狂わせてしまったと罪悪感がすごくて、とにかく真摯に相手をして断り続けているうちにいつの間にか自分も彼を好きになってしまったんだそうだ。

 緊張で体を震わせながら、もう振られると覚悟して、目に涙を溜めて告白してくる姿に、あとになって思えばもう恋に落ちていた、と酔っぱらったすうさんがよく語る。

 彼はそれをからかわれるのが恥ずかしいから、あまり店には来ない。だから今日は珍しい。

「二人見てるとこっちも幸せな気分になるよね」
「わかる」

 とケンちゃんも頷いた。

「しーちゃんたち見てても、幸せになるよ」
「だって俺たち、ラブラブだもん」
「惚気~」

 アハハと笑ってたら店の戸が鳴った。いつかのアイドル顔の男の子を連れたムカイさんだ。

「珍しい。今日は同伴?」

 僕と同じ感想をケンちゃんが言った。

「たまたまそこで会った。一杯飲んだら出る」
「一杯と言わず何杯でも」
「ムカイさん、早く」

 とアイドルがムカイさんの腕を引っ張る。アイドルは一杯飲む余裕もないくらい、とにかく早くムカイさんとふたりきりになりたいようだ。以前の僕もこんな感じだった。

 二人はL字の短いほうへ座って注文した。

「今日は彼氏は?」

 注文を待つ間、ムカイさんが僕に声をかけてきた。隣のアイドルの殺気だった目が怖い。

「来ます。ここで待ち合わせなんです」
「今度はうまくいってんの?」
「はい。順調です」

 ケンちゃんが「ラブラブなんだって」と口を挟む。

「へえ、そいつは良かった。まあ今だけだろうけど」
「そんなことないです。ムカイさんが長続きしないからって他の人もそうだと思わないでくださいよ」
「ミノルの前で変なこというなよ」

 アイドルを庇うような仕草を見せた。なに言ってんだか。会うたび会うたび、いつも違う男を連れているくせに。

「たくみくんはしーちゃんにベタ惚れなんだよ。しーちゃんもたくみくんにぞっこんだし。このふたりはきっと長続きすると思うよ」

 ケンちゃんの援護射撃。ムカイさんはフンと鼻を鳴らしてアイドルに向き直った。ムカイさんの一言一言に、アイドルがキャッキャ笑う。すうさんと違って、このふたりが仲良くても羨ましくない。逆になんかむかつくのはなぜなんだろうか。人柄?

 二人は一杯飲むと宣言通り店を出て行った。それと入れ違いにたくみがやってきた。

「ごめん、待たせたね」
「ぜんぜん。仕事だったんでしょ? お疲れさま」
「お腹空いてない? 何か食べに行く?」
「たくみの家行っちゃだめ?」
「いいよ、だめじゃない」

 たくみに一杯も飲ませないで店を出た。通りで拾ったタクシーに乗ってたくみのマンションへ。部屋に入るなりたくみに抱きついてキスした。セックスのあと、「ごめんね」とたくみが謝った。

「え、なんで、なにが?」
「ほんとは怒ってたでしょ。俺が遅かったから」
「怒ってないよ」
「ほんと? なんか怒ってる気がした」
「ほんとに怒ってないよ。仕事忙しいのにたくみが来てくれて嬉しい」
「しーちゃんの顔見たら疲れなんかぶっ飛ぶよ。毎日こうして抱き合ってたい」

 このままベッドにいたら眠ってしまいそうで、面倒だがシャワーを浴びた。そのあとふたりで近場の店に夕飯を食べに行き、そこで解散した。





はじまる(2/8)

2019.07.20.Sat.
<前話>

 土曜の朝から、日曜の夜が楽しみだった。期待する夜になるかどうか保証はない。はしゃぎすぎるなと自分を戒めながらお気に入りのパンツを穿いてしまう。

 今日は居残り練習はパスさせてもらって店へ直行した。たくみはまだいない。いつもより早く来た僕をみてケンちゃんがニヤリと笑う。

「あの日しーちゃんが帰ったあと、たくみくんもすぐ帰ったよ。ひとりで」
「あっそう。別に訊いてないし」

 僕が気にしていたことを開口一番言われてしまう。照れ隠しにそっけなく答え、ハイボールを頼んだ。

「あの様子だと今日は絶対来ると思うよ。しーちゃんのこと気に入ったみたいだったし、いけんじゃない?」
「だといいけどさあ」
「しーちゃんにはたくみくんみたいな優しくて誠実そうな子がお似合いだと思うよ」
「たくみがどう思うかだよね」

 カランと店の扉が鳴った。勢いよく振り返る。条件反射みたいに体が勝手に反応した。またケンちゃんにからかわれそうだ。入ってきたのはこの店を待ち合わせに使っているムカイさん。いつも黒いジャケットとスラックス、中は白いTシャツ。冬になると黒のタートルネックになる。今日も黒と白のいでたち。

「よう、久し振り」

 ムカイさんは僕に気付いて手をあげた。仏頂面みたいな顔が一瞬で笑顔に。この落差がムカイさんの武器。

 ムカイさんは僕の斜め前に座った。L字カウンターの短い線のほうだ。

「今日も誰かと待ち合わせですか?」
「うん。そっちは今日もひとり?」

 からかう口調。ムカイさんと会話するようになったのは二年ほど前。僕が失恋してケンちゃんにグチグチ愚痴っていたとき「時間の無駄」と一蹴されたのがきっかけ。

「今日は待ち合わせだよ」

 答えたのはケンちゃんだ。

「めずらしい」

 ムカイさんは眉を跳ねあげた。

 ムカイさんはある意味伝説になる男だ。二股三股は当たり前、修羅場は何度も経験済み、刺されたことがあるとか、セックスしたら用済みとばかりにすぐ追い返すとか、とにかくまあ悪い噂がたくさんある。

 実際、たまに店で会うときは、たいてい別の男を連れている。

「すっごい爽やか系のイケメンだよ。カバディやってたんだって。良い体してたもんね」

 ねえ? とケンちゃんが僕に同意を求める。スーツに隠れた肉体を思い出しながら「確かに」と頷き返した。

「カバディ? あんなんネタスポーツだろ」
「動画見たけど、けっこう激しかったですよ。力技だけじゃなくて頭も使う感じだし。実際やったら面白いと思いますよ」

 実はたくみに会ったその夜、帰りの電車のなかでさっそくカバディ動画を検索した。次会ったときの会話に繋がればと思って。

「俺はスポーツマンとは反りが合わないんだ」

 不機嫌な顔になってムカイさんはグラスに口をつけた。氷の音とかぶさって、また店の戸がカランと鳴った。反射的に首がそっちを向いてしまう。入って来たのは僕とあまり年が変わらない男の子。地味めに見えるけど顔の作りは悪くなくて、アイドルっぽい顔をしている。店内を素早く見渡した目が妙に擦れた印象を与えた。

「ムカイさん、お待たせ」

 男の子はムカイさんの隣に座った。すぐ体にしなだれかかる。年下の恋人に甘えられたムカイさんは困ったような優しい微笑を浮かべた。

 僕もたくみと付き合ったらあんなふうにベタベタするようになるんだろうか。たくみも、あんな顔で笑うんだろうか。胸のうちがそわそわした。

 しばらくしてサスケがやってきた。ケンちゃんとサスケを話し相手に時間を潰す。ムカイさんは男の子と店を出て行った。時計の針が進むにつれ不安が増す。もしかしたらこのままたくみは来ないんじゃないか。ウキウキでやってきた僕が馬鹿みたいじゃないか。この前会ったときにせめて連絡先でも聞いておけばよかった。このまま一人で帰ったら今夜はなかなか眠れないぞ。

 だんだん口数少なくなる僕と比例してケンちゃんが饒舌になる。もうすでに慰められている。

「出し巻き卵でも食べな」

 ケンちゃんの得意料理が出てきたとき、また店の扉がカランと鳴った。

「しーちゃん」

 扉が閉まるより前に、たくみは僕の名を呼んだ。来てくれた。ひとりで。まっすぐ僕を見つめながら。迷いなくこっちに来てくれた。

「遅いよ、たくみ」

 無意識に出た甘える声。

「ごめん、急な仕事が入ってさっき終わったんだ」

 たくみが僕の隣に座る。額で汗が光って見えた。急いで来てくれたんだろう。僕のために? そう思ってもいい?

「しーちゃんの連絡先、訊いていい?」
「俺も教えて」
「今度から遅くなるときはちゃんとメールするね」
「うん」

 いつの間にかサスケは別の席へ移動していた。ケンちゃんは別の客の接客中。みんな空気読む天才かよ。

 おずおずと、カウンターに置かれたたくみの手をつついた。たくみはにこりと笑って、僕の手を握った。スポーツマンらしく、大きくて、武骨な感じのする手。熱くて少し湿っている。

「しーちゃんは今日は何時までいられるの?」
「俺、明日仕事休みだから」
「じゃあゆっくりできるね」

 たくみはネクタイを緩めた。僕の目は釘付け。キスしたい。抱きついて、抱きしめられて、たくみともっと近づきたい。このあとの駆け引きは、ひとつも間違えられない。

 しばらく2人きりにしていてくれたが、たくみの注文を聞くためにケンちゃんが戻ってきた。たくみはまたウーロンハイを注文した。

「好きだねそれ」
「お酒強くないんだよ。飲むとすぐ寝ちゃうしね」
「なにそれ、かわいい」
「しーちゃんのほうがかわいいよ。そういえば彼氏いるの?」
「いないよ」
「よかった。俺もいないよ」
「知ってるよ」
「だよね」

 顔を見合わせて笑う。なにこれ。もうバカップルみたいじゃないか。

「たくみって男となんにもなかったの? 触りあいとかも?」
「部活のあとシャワールームでふざけて触ったり触られたりはあったけど、そのくらいだよ。中にはマジっぽい触り方してくる奴もいたけど、その時はまだ、ありえないって思ってたから拒否ってたし」
「そいつ絶対たくみのこと好きだったんだよ」
「そうなのかな。だとしたらちょっと悪いことしたかな」
「同意なしに触ってくる奴なんか気にすることないよ」

 たくみは言いにくそうに一度くちごもった。

「しーちゃんは、慣れてるの?」
「慣れてるわけじゃないけど、五年こっちの世界にいるからね。そりゃ2、3人は経験あるよ」
「やっぱり付き合うなら経験ある男のほうがいい?」
「そんなことないよ」
「そう。……よかった」

 たくみはグラスに口をつけた。たくみの耳が赤いけど、まだ酔うには早すぎる。これは僕の勘違いじゃないよな? こんなにはっきり言葉と態度に表してくれているんだ。僕も応えなきゃいけないよな?

「このあと、時間あるなら、店変えない?」

 勇気を振り絞ってたくみを誘う。長く付き合いたいと思うから失敗したくなくて余計臆病になる。この状況で断られたら三日はまともに寝食できなくなる。

「待って、すぐ飲むから」

 たくみはグラスの残りを一気に飲み干した。期待していた以上の返事だった。


 どの店にする? なんてただ場を繋ぐだけの無意味な言葉を発しながら、僕たちはきっかけを探していた。思いきって部屋に誘うのはさすがに躊躇いがあった。そもそも電車で移動するあいだに白けてしまうかもしれないし、たくみがどこ住みなのか知らないのに連れまわすのは気が引ける。

 ここは? とたくみが言った普通のバー。

「たくみ、そんなに飲めないじゃん。俺も強いわけじゃないし」
「お腹すいてない? なにか食べる?」
「いまはそんなに」

 初めての相手と最初の夜はいつだってモダモダしてしまう。もっとスマートに誘えるようになりたい。やっぱり家に誘うべき? 宅飲みに誘えば自然か? がっついてるみたいで引かれたらいやだ。

「たくみはお腹すいてる?」
「俺もそんなに…ていうか、俺が経験少ないせいでごめん。こんな言い方しかできないんだけど、単刀直入に言っていい? しーちゃんとふたりきりになりたい。言ってる意味、わかる?」

 たくみは僕の手を掴んだ。もう笑顔の余裕すらない。たくみも僕と同じ。怖くて不安で、でもどうにか前に進みたいんだ。

 僕はたくみに顔を寄せて囁いた。

「ちょっと歩くけど、男同士で入れるホテルがあるよ」
「いいの?」

 耳元で響くたくみの青い声。やらしいお誘いなのに、ぜんぜん濁らない。

「行こう」

 たくみの手を引いて歩き出した。

 物を知っていることを、この時ほど恥ずかしいと思ったことはない。迷わず街を歩き、目的のホテルに到着した。たくみに引かれるんじゃないかとそれだけが心配。

 ホテルの前で「いいの?」と再確認するようなことをたくみはしなかった。僕の前を歩き、部屋を決め、エレベーターのボタンを押した。通路を歩くときは僕の腰に腕をまわした。いやらしさじゃなく、エスコートだ。なんとなく、育ちがいいんだろうな、と思った。

 部屋に入ってたくみは「へえ」と声をあげた。料金は高めだけど内装がきれいと評判のホテルだ。薄汚れたホテルにたくみを誘いたくなかった。

「勝手に決めちゃったけど、泊まりで良かった?」

 ソファに座ったたくみが言った。

「俺はいいけど、たくみは明日、仕事じゃないの?」
「構わないよ、しーちゃんと一緒にいられるなら。おいで」

 伸ばされた手。それを握ってたくみの横に座った。すぐ顔が近づいてきて口を塞がれた。いや僕からもキスした。たくみの太ももに手を置いた。筋肉質な手触り。すぐ中心へ触れたくなる。

 呼吸と唾液が二人の口の中で混ざり合う。たくみの舌は歯の裏、口蓋、僕の全部を舐めつくした。僕も舐め返した。股間が痛い。逃がすため少し体勢をずらした。いきなりそこを触られてぎょっとした。

「ごめん、嫌?」

 たくみは手をひっこめた。

「嫌じゃない。俺も触っていい?」
「もっとちゃんと触りたいから、ベッドにいこうか」

 たくみと手を繋いだままベッドに移動した。ズボンとパンツをずらし、お互いの性器を触りあう。すでに勃起したたくみのものは立派だった。男らしかった。僕が扱くとまたムクムクと成長した。

 たくみの扱き方は拙かった。ただ上下に動かすだけ。こうだよ、と教える意味も込めてたくみの亀頭を手に包んだ。たくみの呼吸が乱れる。薄目に僕を見てキスしてきた。

 先に達したのはたくみ。僕の手に吐きだした。イッてくれたことが嬉しい。いざとなったら尻込みするんじゃないかと心配だったが杞憂だった。

「ありがとう、しーちゃん」

 お礼を言ってティッシュで僕の手を拭う。ゴミ箱に捨てると、また僕のペニスを握った。

「俺やっぱり男もいけるみたい。ずっと興奮して、体が落ち着かない」

 たくみのペニスは半立ち。手を伸ばそうとしたら、そっと払われた。

「つぎはしーちゃんだよ。俺にもやらせてよ」

 顔を見つめられながら扱かれた。ほっぺや唇に何度もキスされた。僕がしたようにたくみは手を動かした。気持ちいい。

「もう、いきそう」
「かわいいよ、しーちゃん」

 イク瞬間、たくみに抱きついた。

 やっと落ち着いた僕たちは一緒に風呂にはいった。湯船のなかでもイチャイチャした。たくみの股間のものは衰えることがない。僕も同様。

「俺、なんとなくはわかるんだけど、ちゃんと男同士のやり方を知らないんだ」

 こういう告白ができる人には安心して体を預けられる気がする。

「今日は最後までしなくていいんじゃないかな。たくみがしたいなら準備するけど、たくみとは急いでしたくないな」
「そうだね。俺も勉強しておく。しーちゃんにばっかり負担かけられないからね」

 ベッドに移り、また抜き合った。合計三回ずつ。終わると裸で抱き合って眠った。翌日、駅に向かう道中で、たくみから「俺と付き合って欲しい」と言われた。僕の返事はもちろんOKだ。




どこ開いても最高

はじまる(1/8)

2019.07.19.Fri.
※エロ極薄

 馴染みの店で仕事終わりに一杯。ここでいい出会いがあれば御の字。カランと鳴った店の扉。常連たちは素早く一瞥。入ってきたのは新顔だ。年は二十代後半。背が高くてスーツが似合う。はっきりした顔の作り。二枚目。髪は天パ?

 新顔は入り口で店を見渡した。空いてる席を見つけて歩き出す。ラッキーなことに僕の隣。

「ここ、いいですか?」

 断りを入れてくる青い声。爽やかで滑らかで心地よい。

「どうぞ」

 愛想振るつもりはなかったが、自然と笑みを浮かべて答えていた。最近なかった当たり客。他の客から嫉妬と羨望の視線が刺さる。

 新顔が頼んだのはウーロンハイ。こういう店は初めてなのか居心地悪そうに何度か尻をモジモジさせながら、抑えきれない好奇心からあちこち視線を動かした。

 そんな感じで座ってたらすぐ誰かに声かけられちゃうじゃん。

「仕事帰り?」

 誰かにツバつけられる前に僕がツバをつけてやろう。

 新顔はパッと顔を明るくして体ごと僕のほうへ向き直った。

「そうです。君は学生さん?」
「あはは、こう見えて社会人ですよ。仕事終わり。服装自由なとこなんで」
「お洒落ですね。髪型も」
「職業柄そう見せなきゃいけないとこあるんですけどね」
「職業柄?」
「美容師」
「あー、どうりで」

 新顔のウーロンハイが届いた。ママのケンちゃんがグラスを置いた時、僕に向かって下手糞なウィンクをした。僕もニヤリと笑い返す。

 僕はしーちゃん、と自己紹介したら新顔はたくみと名乗った。

「たっくん? たくちゃん?」
「たくみで」

 くしゃりと笑う。目が線になる。上がる口角。歯が白い。そして肌がきれいだ。程よく焼けていて陰気な雰囲気が一切ない。僕より年上だろうに擦れた感じもない。

 当たり障りない世間話をしながらこっそりたくみを観察する。髪は間違いなく天パだと思う。でもそれをうまく活かしてセットしている。いまは前髪を下ろしているけど、あげたらもっと男前があがる。鼻筋が通っていて、人中は深め。唇は意外と分厚い。顎はしっかりめ。きっと親知らず全部揃ってる。

 たくみはとても社交的だった。無理して場を盛り上げようとか話を繋げようとしてるんじゃなく、元からおしゃべりが好きなんだろう。身振り手振りを交えて、大きな体をゆさゆさ揺すって。

 そんな隙だらけだから、他の男も会話に割り込んできちゃったじゃないか。

 たくみは平等に、みんなの顔を見つめて話した。声をかけられたらそっちを向いて受け答えをし、相槌が聞こえたらそっちに向き直って頷き返す。くだらない話で大盛り上がりだ。男子校の休み時間かよ。

 僕のゲイバーデビューは散々だった。上京ありきの学校選び。自分がゲイだってことは気付いていたけど、田舎じゃなかなか出会いがなくて、ネットで欲求不満を晴らす日々。募る憧れ。こっちに暮らし始めて一週間も待たずに二丁目へ向かった。事前に調べておいた若者向けのバーを目指したが見つけられずに迷子になった。スマホの地図を見ながらキョロキョロしていたら、いきなりガタイのいいお兄さんに声をかけられプチパニックに。

 逃げるようにその場を離れ、たまたま見つけた店に決死のダイブをしたのがケンちゃんのいるこの店だった。

 入った瞬間、全員の目がこちらに向いた。喧噪は止み、音楽さえ止まった気がした。それだけでカーッと頭に血が上って倒れそうになった。

「いらっしゃい。こっちきて座ったら?」とケンちゃんが声をかけてくれなかったら、僕はなけなしの勇気をはたいて入った店から逃げだしていただろう。

 縮こまってコーラを啜る僕に、ケンちゃんが色々話しかけてくれた。常連客も温かく迎え入れてくれて、それだけで泣きそうになった。

 初めてなら相手選びは慎重に。誰でもいいなんて考えちゃだめ。これから嫌でも長いゲイライフなんだから初めてだけは大事に、特別な人と。

 優しい言葉にたまらず僕は泣いた。女の子と恋愛をしたほうが問題は少ない。思春期の頃はそれで悩みもした。とにかく一回経験してしまえば迷いはなくなる。僕は初めてを「捨てる」つもりで二丁目に来たのだ。

 ケンちゃんが僕にそんな話をしてくれたのは、僕の覚悟を見抜いていたのと、未経験の僕にイロハを教えてやろうと狙う男たちへの牽制だったんだと思う。

 僕の二丁目デビューはこんな感じ。泣いたり笑ったり、空気読めてない言動もあったと思う。たくみとは大違いだ。

 たくみのウーロンハイが残りわずかになっていた。僕のボトルからたくみに一杯奢った。

「ありがとう、しーちゃん」

 ただ本名を明かさないだけのニックネームも、たくみに呼ばれるとくすぐったくて誇らしい。我先に他の奴らも名乗りだす。ケンちゃんが「全員覚えた?」って意地悪言ったら、たくみは一人一人顔を見つめながら名前を当てていった。僕以外、覚えなくていいってのに。

「たくみってゲイに見えないね」

 横取りされてたたくみがやっと僕のほうを向いた。

 またくしゃっと笑って頭を掻く。

「うん。実はまだ確信もてないんだ」
「どういうこと?」

 とケンちゃん。

 高校・大学とずっとカバディに打ち込んで恋愛とは縁が薄かった。いままで付き合った彼女は二人。たまに誘われたりモーションかけられるのはなぜか男が多く、ありえないと断ってきたが、仕事に余裕も持てて人生を考えたとき、自分は男といるほうが気楽だと気付いたのだそうだ。

「いいなって思うのが、男だったりして。ちゃんと確かめなきゃなって」
「だからゲイバーに来たの? 本気で確かめる気なら出会い系のほうが手っ取り早いよ」

 僕の反対に陣取った、高校教師のすうさんが言った。すうさんは遅咲きのゲイ。既婚者で女子高生の娘が一人。最近できた恋人は卒業生の元教え子。子供が成人したら奥さんとは離婚して、その教え子と一緒に住むつもりらしい。

 たくみはすうさんに向き直った。

「まだそこに踏みこむ勇気は持てなくて。だって、そういうことするわけでしょ? いざ本番って時にやっぱり俺が無理で、相手を傷つけちゃったら悪いじゃないですか」

 慎み深い本音だ。みんな「ああ~」と納得の相槌を打っているけど、頭のなかじゃどうにかたくみを落とせないか、せめてお近づきになりたいと、その策略を巡らせているはずだ。

 経験なくて、擦れてなくて、配慮があって、男としての魅力と自信をスーツと笑顔で増幅させているような男。視線と会話が自分に集まっても怯まない。むしろ背筋を伸ばし胸を張る。かと思ったらふとした瞬間、シャイな笑顔を見せて親近感を抱かせる。魅力の塊。

 この初物を頂きたいとみんな虎視眈眈。

「たくみくんはどっちなの? 抱くほう? 抱かれたいほう?」

 踏みこんだ確認をしたのはすうさんの後ろから首を伸ばすサスケ。この店に通い始めた頃、忍者っぽい服を着てたからという理由でこのあだ名がついたらしい。

「俺は、抱くほう、かなあ」

 少し考える素振りを見せながらたくみが言う。サスケを始め、何人かが落胆の溜息。

「抱かれる自分が想像できないし。そっか、みなさん、どっちかなんですよね。しーちゃんはどっちなの? とかって、訊いても良かったのかな?」

 不意打ちに振り向いて首を傾げる。サスケに勝ち誇った笑みを向けていた僕は慌てて顔を作り直してたくみの目を見返した。

 照明のせいで輪郭のくっきりした目がキラキラ光ってきれいだ。こんなにまっすぐ見つめられたらキスしたくなるじゃないか。

「俺は抱かれるほう。受け側」
「そっか。やっぱり。そんな気がした。良かった」

 たくみは少し顔を赤くさせながら笑った。子供みたいに嬉しそうに。ストレートな言葉は、とても恋愛に疎かった人とは思えない。ただ素直なだけなのか、本当は遊び倒してただの気まぐれで男と寝てみようと思ったのか。

 まあどっちだっていい。たくみと付き合えるなら。

「タチかネコか、決めつけなくてもいいんだよ。どっちもできる人はたくさんいるしね。何事も経験だよ」

 サスケがまだ食い下がる。

「タチ? ネコ?」

 ウブに訊き返すたくみに、ケンちゃんが攻める側と受ける側だと教えた。

「じゃあしーちゃんはネコ? かわいいね」

 たくみの肩越しに、サスケがあっちを向いてため息をつく姿が見えた。

 そのあとも、別の客が入れ代わり立ち代わり、たくみに声をかけていった。はっきり誘う勇者もいたが、たくみは今日は飲みに来ただけだから、と断った。親しげに、しかし毅然と。仕事場でのたくみの姿も想像できるようだった。きっと優秀に違いない。

 齢も仕事も学生時代所属していた部活も、僕とたくみはぜんぜん違う。性的傾向の共通点がなければ、きっと知りあうこともなかった。

「俺、そろそろ」

 グラスの残りを飲みほして腰をあげた。たくみが慌てた顔で僕を振り返る。

「帰るの?」
「明日も仕事だし」
「そっか。それじゃ仕方ないね。今日はしーちゃんのおかげで楽しかったよ」
「俺別になにも」
「最初に俺に声をかけてくれたのしーちゃんだよ」
「それくらい」

 下心ありありだっつーの。

「不安だったから嬉しかったんだよ。またここで会える?」
「うん。次は日曜に来ると思う」
「じゃあ俺も日曜日に来るよ」

 たくみがスーツのせいか、なんだか仕事の話をしているみたいな感じになる。たくみの言葉にはいやらしさがない。好意を示されているとは思うんだけど、これがたくみの素っていう可能性も捨てきれなくて僕も踏みこめない。

 じゃあねってみんなにも挨拶して店を出た。今頃イス取りゲームが始まってるに違いない。誰が隣に座るのか。たくみは誰かにお持ち帰りされてしまうのか。

 それはそれで仕方がない。タイミングが合わないってことは縁がないってことだ。次の日曜日顔を合わせたらそっけなくされてしまうかもしれない。たくみは誰かと一緒で、僕は疎外感を味わうかもしれない。それもこの世界の常だ。この程度でへこたれてたら恋人なんか作れない。




上半期1位おめでとうございます!
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