結成秘話(3/4)
2020.12.02.Wed.
<1→2>
月がかわり、クラスの移動があった。俺たちはAクラスへ昇格し、選抜クラスにも呼ばれた。三宅は「これもう売れるやつじゃん!」と大興奮だ。俺はネタへのプレッシャーが半端ないんだが。
かつては自分もネタを書いていたから俺の苦労をわかっている三宅は、差し入れを持って部屋にやってくることが増えた。邪魔しないよう差し入れを渡すとすぐに帰ろうとするのを引き止め、書き上がったネタから読んでもらう。
三宅はなんでも笑ってくれる。でもネタ見せの授業でたくさんダメ出しをくらって成長したのか、最近は控えめに意見を言うようになった。的を射ている場合もあって意外と役に立つ。しかし基本は「夜明のネタなら大丈夫。だって面白いもん」と無責任にもありがたい信頼を寄せてくれている。
三宅のお笑いセンスにはそれほど期待はしていないが、お笑いへの姿勢は評価している。以前選抜クラスの講師と雑談する機会があり、なぜ俺たちを選んでくれたのか訊くことができた。
「君たち、入学して最初のネタ見せから毎回エントリーしてたでしょ。夜明は一回解散して1人になったけど、その時もちゃんと出てたしね。2人とも前のコンビのときはうまく噛み合ってない感じだったけど、君たち2人になってからしっくりきてる。夜明のちょっと尖ったネタを三宅がいい緩衝材になって受け止めてる。いいコンビだと思うよ。なにより2人とも真面目。だから選抜に呼んだ」
言われてみれば、武井と組んでめちゃくちゃな漫才やコントをしていた頃から、三宅はネタ見せは欠かさず出ていた。
「だってせっかく授業料払ってるのに、他のやつらのネタ見てるだけって勿体ないじゃん」
三宅のこの言葉を聞いて少し見る目がかわった。入学のきっかけはノリだったかもしれないが、いまは真剣に芸人になって売れようとしている。その努力をしている。恥より度胸とやる気がある。いまや姿も見せなくなった豊田と大違いだ。三宅を選んで正解だった。
今日も養成所の授業が終わると俺にくっついて三宅がやってきた。俺がネタを書いているあいだ、いつもならベッドに寝そべってゲームをしているか大学の課題をやっているのに、今日は横に座ってじっと俺を見ている。しかもにやにや笑って。気が散って仕方ない。
「なんだ、気持ち悪い」
「今日、堀口に言われたんだけど」
と同じ選抜クラスの奴の名前をあげる。
「お前は得してるよなって。夜明は面白いネタ書くし、顔もカッコいいし、お前は何もしてないのに売れる要素しかないって。いい相方掴まえたなって言われて、確かに夜明ってカッコいいなーって思って見てた」
こいつはまた。こっちが反応に困ることを平然と言ってのけるんだ。
「なに言ってんだ、おまえだって──」
「おまえだって?」
三宅が首を傾げる。俺はいま何を言いかけた。おまえだってかわいいじゃないか。そう言おうとしてなかったか。危ない危ない。
「いつも差し入れくれるし、ネタ見せのエントリー用紙に名前書きに行ってくれてるだろ」
「パシリじゃねえか」
三宅が笑う。咄嗟にごまかしたが、笑う三宅を見て「かわいい顔で笑うな」とむかついてしまう。
最近俺はおかしい。男なんかまったく興味がないのに、たまに三宅を変な目で見てしまう時がある。俺のネタを見て笑う顔がかわいいとか、失敗した姿がかわいいとか、クラスの連中と馬鹿話で盛り上がってるときに俺の姿を探して笑いかけてくるのがかわいいとか、講師から駄目だしされたのを自分のせいだと感じて謝ってくるのがかわいいとか、ぼけっとテレビ見てるだけでかわいいとか、スマホを操作するときたまに唇尖らせてるのがかわいいとか。
俺の目が悪いのか? 同じコンビだから贔屓目で見てしまっているのか?
まあ、三宅は男にしたらかわいい方かな?と思わないでもない。女らしいかわいさではなく、人として? 生き物としてかわいい。庇護欲をそそられるというか。目の届くところに置いておきたいというか。他の誰かのところへ行っても最後は必ず俺のところに戻ってきて欲しいと言うか。
この感情をどう説明すればいいのかわからない。相方への独占欲なのか、それとは種類の違うものなのか。三宅で抜ける時点でもう答えが出てる気がしないでもないが、俺の好きなタイプはムチムチのエロいお姉ちゃんのまま変わりがない。三宅にその要素はゼロだ。
なのになんで、触りたくなるんだろうな。
欲望の塊から目を逸らし、「集中できないから、お前はゲームでもしてろ」と三宅を追い払った。なにも疑わない三宅はベッドへ移動し、ミュートにしてゲームを始めた。俺も煩悩を振り払い、ネタ作りに集中した。
20分ほどして振り返ると、胸の上にスマホを乗せたまま三宅は眠っていた。子供みたいな寝顔にまた腹が立つ。まったく危機感がなく無防備だ。俺みたいに下心のある奴だったら今頃襲われてるぞ。
待て待て──「俺みたいに」?
俺は三宅に下心があるのか? 襲いたいと思ってるのか?
まじまじと三宅を眺める。見慣れた善良な顔。胸はぺたんこ。股間には俺と同じかわいげのないちんこがついている。それでも俺はこいつをかわいいと思っている。
胸の奥が重苦しい。心臓をきゅっと掴まれたよう。
「ミヤ」
呼びかけても返事はない。スウスウと穏やかな寝息だけ。静かに身を乗り出し顔を近づけた。頬にかかる息遣い。鼻の先をこすりあわせてみる。まだ起きない。そっと唇を重ねた。男同士でキスしているのに気持ち悪いとかネガディブな感情は一切浮かんでこなかった。むしろ逆、もっと深くて濃いやつがしたい。三宅のちんこだったら舐められるかも。いや舐めてみたい。
三宅はセックスのときどんな顔をするだろう。どんな声を出すんだろう。
痛いくらい勃起した。もう限界だ。トイレに行って三宅をオカズにして抜いた。
w w w
三宅へのありえない下心を自覚した俺は、今後の接し方について一時真剣に悩んでみたが、案外平気でいままでと変わりなく接することができた。気の迷いだったのかと思うくらい、三宅のそばにいても意識することがない。
だがふとした瞬間、三宅をかわいいと思う謎の現象はおさまっていない。この前も右手にパン、左手にお茶を持った三宅が、よほど急いでいたのかなんなのか、同時に口に入れようとしてまごついている現場を見てしまい、「くそかわいいな」と胸が震えた。しかも最悪なことにそれを見た時、俺の顔はだらしなく緩んでいた。こんなキモい顔、誰にも見せられない。
相方を性の対象として見てしまうのは、俺に彼女がいないせいかもしれない。風俗では埋められない心の隙間を埋めるために合コンに参加して彼女を作った。俺のタイプど真ん中のムチムチした体つきのエロい子だ。
すぐに体の関係を持った。セックスしてる間は目の前の彼女に夢中になれるが、終わったあと、体をまさぐりながら「あいつにこんな胸はねえな」とか「横にいるのがあいつだったらな」とかぼんやり考えてしまう。
どうしても俺は三宅とヤリたいらしい。それを認めたからと言ってできるわけじゃない。それにヤリたいだけなら三宅でなくてもいい。大学の友達を誘ってゲイバーへ行ってみた。マッチョな友達はゲイバーではモテモテだった。気をよくして帰り道には「男もありかも」なんて言っていたが、俺はその逆で「やっぱ男は無理」だった。どうしてあえて、自分と同じ性別の体を抱かなくてはならないのか。俺が抱かれる側であったとしても無理だ。女の体のほうがムラムラする。
じゃあ俺が三宅に抱く性欲はなんだ。やはり気の迷いだったのだろうか。2人きりの密な時間を過ごしてきたせいで、頭が誤作動を起こしたのかもしれない。
一度リセットするために、ちょっと集中したいから、と三宅の訪問を断った。会うのは養成所の授業がある日とネタ合わせのときだけ。部屋で2人きりにはならず、外で会い、かわいいと思わなくていいように三宅の顔をあまり見ないようにした。
「夜明、なんか俺のこと避けてない?」
意図的に距離を取って数日後、あまり視界に入れないように公園のベンチで横並びに座ってネタの打ち合わせをしていたら不意に三宅が言った。思わずはっと顔を見てしまった。久し振りに間近で見た三宅は不安そうな顔で、かわいいと思うと同時に罪悪感が湧きあがった。
「避けてねえよ」
「でもなんか……最近距離感じる」
と言って目を伏せる。うざったい。なんだこのやり取り。完全に恋人がやるやつじゃないか。むかつくからキスしてやろうか。
「そろそろ東西対抗戦だろ、それ用のネタに集中してただけだ。悪い」
「ならいいけど」
まだ納得しきれてない顔で呟く。やっぱりかわいいな。うっかりすると言葉に出してしまいそうになる。三宅のどこがかわいいんだ。こんな平凡な顔、大学にもゴロゴロいる。言動のかわいさなら正真正銘女の子のほうがかわいい。男受けを狙ったあざとい子も俺は好きだ。もしかして三宅ってあざといのか? たまに天然ぽいボケをするのも実は養殖?
「……なに? さっきから人の顔じっと見て」
三宅に言われて凝視していたことに気付いた。
「俺に避けられてると思って寂しかったのか?」
ごまかすためにからかった。否定してくると思っていたのに「ちょっとだけ」と三宅はほんのり顔を赤くして頷いた。肋骨破って心臓が飛び出そうになった。外じゃなければ押し倒してた。なんでこいつ、こんなにかわいいんだ。天然でも養殖でも、このあざとさは周りに迷惑だ。三宅はいつもこんな風に誰彼構わず人をたらしこんでいるのか? とんだ尻軽だ。
「コンビだからって四六時中一緒にいるわけじゃないんだ。ガキみたいなこと言うな」
クシャクシャと三宅の髪の毛を搔き乱す。柔らかい毛してんじゃねえよ。
「よく下積み時代に貧乏だからコンビで一緒に暮らしてる芸人いるじゃん。俺、ちょっとああいうの憧れる」
「俺と一緒に住みたいってことか?」
「うん、楽しそう」
人の気も知らないで屈託なく笑う。鼻の奥でかすかに血の匂い。鼻血なんか出したらカッコ悪すぎる。
「俺はやだよ。ミヤと一緒に暮らしたら部屋が汚れる」
「お前が神経質すぎんだよ」
って笑いながら俺にもたれかかってくるな。三宅と一緒に生活したら、あんな姿やこんな姿を目の当たりにして俺の理性がもたない。俺を犯罪者にしたいのかこいつは。
「いまのは? もしほんとに俺たちが同居したらってコント。俺のだらしなさに夜明がキレんの」
「だらしないって認めてんじゃねえか。まあ一応考えてみる」
「やったね。ネタ作りって難しいけど楽しいよな。いつもありがとな、夜明」
「今度飯奢ってくれりゃいいよ」
三宅がえへへ、と気持ち悪く笑う。
「なんだ」
「こうやって夜明と喋るの、なんか久し振りな気がして」
またそうやってくそかわいいことを、くそかわいい顔で言うんだこいつは。俺はこみあげてくるものを飲みこむことに必死だっていうのに。もし、飲みこめなくなった日がきたら、俺は三宅に何を言ってしまうんだろうか。
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月がかわり、クラスの移動があった。俺たちはAクラスへ昇格し、選抜クラスにも呼ばれた。三宅は「これもう売れるやつじゃん!」と大興奮だ。俺はネタへのプレッシャーが半端ないんだが。
かつては自分もネタを書いていたから俺の苦労をわかっている三宅は、差し入れを持って部屋にやってくることが増えた。邪魔しないよう差し入れを渡すとすぐに帰ろうとするのを引き止め、書き上がったネタから読んでもらう。
三宅はなんでも笑ってくれる。でもネタ見せの授業でたくさんダメ出しをくらって成長したのか、最近は控えめに意見を言うようになった。的を射ている場合もあって意外と役に立つ。しかし基本は「夜明のネタなら大丈夫。だって面白いもん」と無責任にもありがたい信頼を寄せてくれている。
三宅のお笑いセンスにはそれほど期待はしていないが、お笑いへの姿勢は評価している。以前選抜クラスの講師と雑談する機会があり、なぜ俺たちを選んでくれたのか訊くことができた。
「君たち、入学して最初のネタ見せから毎回エントリーしてたでしょ。夜明は一回解散して1人になったけど、その時もちゃんと出てたしね。2人とも前のコンビのときはうまく噛み合ってない感じだったけど、君たち2人になってからしっくりきてる。夜明のちょっと尖ったネタを三宅がいい緩衝材になって受け止めてる。いいコンビだと思うよ。なにより2人とも真面目。だから選抜に呼んだ」
言われてみれば、武井と組んでめちゃくちゃな漫才やコントをしていた頃から、三宅はネタ見せは欠かさず出ていた。
「だってせっかく授業料払ってるのに、他のやつらのネタ見てるだけって勿体ないじゃん」
三宅のこの言葉を聞いて少し見る目がかわった。入学のきっかけはノリだったかもしれないが、いまは真剣に芸人になって売れようとしている。その努力をしている。恥より度胸とやる気がある。いまや姿も見せなくなった豊田と大違いだ。三宅を選んで正解だった。
今日も養成所の授業が終わると俺にくっついて三宅がやってきた。俺がネタを書いているあいだ、いつもならベッドに寝そべってゲームをしているか大学の課題をやっているのに、今日は横に座ってじっと俺を見ている。しかもにやにや笑って。気が散って仕方ない。
「なんだ、気持ち悪い」
「今日、堀口に言われたんだけど」
と同じ選抜クラスの奴の名前をあげる。
「お前は得してるよなって。夜明は面白いネタ書くし、顔もカッコいいし、お前は何もしてないのに売れる要素しかないって。いい相方掴まえたなって言われて、確かに夜明ってカッコいいなーって思って見てた」
こいつはまた。こっちが反応に困ることを平然と言ってのけるんだ。
「なに言ってんだ、おまえだって──」
「おまえだって?」
三宅が首を傾げる。俺はいま何を言いかけた。おまえだってかわいいじゃないか。そう言おうとしてなかったか。危ない危ない。
「いつも差し入れくれるし、ネタ見せのエントリー用紙に名前書きに行ってくれてるだろ」
「パシリじゃねえか」
三宅が笑う。咄嗟にごまかしたが、笑う三宅を見て「かわいい顔で笑うな」とむかついてしまう。
最近俺はおかしい。男なんかまったく興味がないのに、たまに三宅を変な目で見てしまう時がある。俺のネタを見て笑う顔がかわいいとか、失敗した姿がかわいいとか、クラスの連中と馬鹿話で盛り上がってるときに俺の姿を探して笑いかけてくるのがかわいいとか、講師から駄目だしされたのを自分のせいだと感じて謝ってくるのがかわいいとか、ぼけっとテレビ見てるだけでかわいいとか、スマホを操作するときたまに唇尖らせてるのがかわいいとか。
俺の目が悪いのか? 同じコンビだから贔屓目で見てしまっているのか?
まあ、三宅は男にしたらかわいい方かな?と思わないでもない。女らしいかわいさではなく、人として? 生き物としてかわいい。庇護欲をそそられるというか。目の届くところに置いておきたいというか。他の誰かのところへ行っても最後は必ず俺のところに戻ってきて欲しいと言うか。
この感情をどう説明すればいいのかわからない。相方への独占欲なのか、それとは種類の違うものなのか。三宅で抜ける時点でもう答えが出てる気がしないでもないが、俺の好きなタイプはムチムチのエロいお姉ちゃんのまま変わりがない。三宅にその要素はゼロだ。
なのになんで、触りたくなるんだろうな。
欲望の塊から目を逸らし、「集中できないから、お前はゲームでもしてろ」と三宅を追い払った。なにも疑わない三宅はベッドへ移動し、ミュートにしてゲームを始めた。俺も煩悩を振り払い、ネタ作りに集中した。
20分ほどして振り返ると、胸の上にスマホを乗せたまま三宅は眠っていた。子供みたいな寝顔にまた腹が立つ。まったく危機感がなく無防備だ。俺みたいに下心のある奴だったら今頃襲われてるぞ。
待て待て──「俺みたいに」?
俺は三宅に下心があるのか? 襲いたいと思ってるのか?
まじまじと三宅を眺める。見慣れた善良な顔。胸はぺたんこ。股間には俺と同じかわいげのないちんこがついている。それでも俺はこいつをかわいいと思っている。
胸の奥が重苦しい。心臓をきゅっと掴まれたよう。
「ミヤ」
呼びかけても返事はない。スウスウと穏やかな寝息だけ。静かに身を乗り出し顔を近づけた。頬にかかる息遣い。鼻の先をこすりあわせてみる。まだ起きない。そっと唇を重ねた。男同士でキスしているのに気持ち悪いとかネガディブな感情は一切浮かんでこなかった。むしろ逆、もっと深くて濃いやつがしたい。三宅のちんこだったら舐められるかも。いや舐めてみたい。
三宅はセックスのときどんな顔をするだろう。どんな声を出すんだろう。
痛いくらい勃起した。もう限界だ。トイレに行って三宅をオカズにして抜いた。
w w w
三宅へのありえない下心を自覚した俺は、今後の接し方について一時真剣に悩んでみたが、案外平気でいままでと変わりなく接することができた。気の迷いだったのかと思うくらい、三宅のそばにいても意識することがない。
だがふとした瞬間、三宅をかわいいと思う謎の現象はおさまっていない。この前も右手にパン、左手にお茶を持った三宅が、よほど急いでいたのかなんなのか、同時に口に入れようとしてまごついている現場を見てしまい、「くそかわいいな」と胸が震えた。しかも最悪なことにそれを見た時、俺の顔はだらしなく緩んでいた。こんなキモい顔、誰にも見せられない。
相方を性の対象として見てしまうのは、俺に彼女がいないせいかもしれない。風俗では埋められない心の隙間を埋めるために合コンに参加して彼女を作った。俺のタイプど真ん中のムチムチした体つきのエロい子だ。
すぐに体の関係を持った。セックスしてる間は目の前の彼女に夢中になれるが、終わったあと、体をまさぐりながら「あいつにこんな胸はねえな」とか「横にいるのがあいつだったらな」とかぼんやり考えてしまう。
どうしても俺は三宅とヤリたいらしい。それを認めたからと言ってできるわけじゃない。それにヤリたいだけなら三宅でなくてもいい。大学の友達を誘ってゲイバーへ行ってみた。マッチョな友達はゲイバーではモテモテだった。気をよくして帰り道には「男もありかも」なんて言っていたが、俺はその逆で「やっぱ男は無理」だった。どうしてあえて、自分と同じ性別の体を抱かなくてはならないのか。俺が抱かれる側であったとしても無理だ。女の体のほうがムラムラする。
じゃあ俺が三宅に抱く性欲はなんだ。やはり気の迷いだったのだろうか。2人きりの密な時間を過ごしてきたせいで、頭が誤作動を起こしたのかもしれない。
一度リセットするために、ちょっと集中したいから、と三宅の訪問を断った。会うのは養成所の授業がある日とネタ合わせのときだけ。部屋で2人きりにはならず、外で会い、かわいいと思わなくていいように三宅の顔をあまり見ないようにした。
「夜明、なんか俺のこと避けてない?」
意図的に距離を取って数日後、あまり視界に入れないように公園のベンチで横並びに座ってネタの打ち合わせをしていたら不意に三宅が言った。思わずはっと顔を見てしまった。久し振りに間近で見た三宅は不安そうな顔で、かわいいと思うと同時に罪悪感が湧きあがった。
「避けてねえよ」
「でもなんか……最近距離感じる」
と言って目を伏せる。うざったい。なんだこのやり取り。完全に恋人がやるやつじゃないか。むかつくからキスしてやろうか。
「そろそろ東西対抗戦だろ、それ用のネタに集中してただけだ。悪い」
「ならいいけど」
まだ納得しきれてない顔で呟く。やっぱりかわいいな。うっかりすると言葉に出してしまいそうになる。三宅のどこがかわいいんだ。こんな平凡な顔、大学にもゴロゴロいる。言動のかわいさなら正真正銘女の子のほうがかわいい。男受けを狙ったあざとい子も俺は好きだ。もしかして三宅ってあざといのか? たまに天然ぽいボケをするのも実は養殖?
「……なに? さっきから人の顔じっと見て」
三宅に言われて凝視していたことに気付いた。
「俺に避けられてると思って寂しかったのか?」
ごまかすためにからかった。否定してくると思っていたのに「ちょっとだけ」と三宅はほんのり顔を赤くして頷いた。肋骨破って心臓が飛び出そうになった。外じゃなければ押し倒してた。なんでこいつ、こんなにかわいいんだ。天然でも養殖でも、このあざとさは周りに迷惑だ。三宅はいつもこんな風に誰彼構わず人をたらしこんでいるのか? とんだ尻軽だ。
「コンビだからって四六時中一緒にいるわけじゃないんだ。ガキみたいなこと言うな」
クシャクシャと三宅の髪の毛を搔き乱す。柔らかい毛してんじゃねえよ。
「よく下積み時代に貧乏だからコンビで一緒に暮らしてる芸人いるじゃん。俺、ちょっとああいうの憧れる」
「俺と一緒に住みたいってことか?」
「うん、楽しそう」
人の気も知らないで屈託なく笑う。鼻の奥でかすかに血の匂い。鼻血なんか出したらカッコ悪すぎる。
「俺はやだよ。ミヤと一緒に暮らしたら部屋が汚れる」
「お前が神経質すぎんだよ」
って笑いながら俺にもたれかかってくるな。三宅と一緒に生活したら、あんな姿やこんな姿を目の当たりにして俺の理性がもたない。俺を犯罪者にしたいのかこいつは。
「いまのは? もしほんとに俺たちが同居したらってコント。俺のだらしなさに夜明がキレんの」
「だらしないって認めてんじゃねえか。まあ一応考えてみる」
「やったね。ネタ作りって難しいけど楽しいよな。いつもありがとな、夜明」
「今度飯奢ってくれりゃいいよ」
三宅がえへへ、と気持ち悪く笑う。
「なんだ」
「こうやって夜明と喋るの、なんか久し振りな気がして」
またそうやってくそかわいいことを、くそかわいい顔で言うんだこいつは。俺はこみあげてくるものを飲みこむことに必死だっていうのに。もし、飲みこめなくなった日がきたら、俺は三宅に何を言ってしまうんだろうか。

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