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続続続・嫁に来ないか(5/5)

2020.11.29.Sun.


 一時間半に及ぶ謝罪、引退会見。記者全員の眼は刃のように鋭く、投げかけられる問いはどれも俺を疑ってかかり、口調も言葉選びも攻撃的だった。

 神戸アリサとの熱愛がまずデタラメであることから説明し、小東の件は本当にただの偶然で、ネットで騒がれてる大麻使用の噂は事実無根だと何度も否定した。峰岸が小東に頼まれたことは、峰岸のために伏せるように事務所から言われている。だからそんな偶然があるのかと問われても「ありました」としか答えられない。

 1つの質問、1つの言葉によって身体が貫かれるような思いを味わった。ここにいる全員が敵にしか見えなかった。俺の揚げ足をとることに熱心で、俺がボロを出すのを虎視眈々と待っている。どうでもいい言葉尻をとらえて何度もネチネチ質問攻め。精神が疲弊していく。終わる頃にはズタボロの精神状態だった。

 乗り切れたのは、皮肉にも謝罪会見が初めてではなかったこと。この世界で15年近くやってきたおかげだった。全部無意味だと思っていたが、最後の最後で役に立った。

 控え室に戻り、マネージャーにも最後の挨拶をした。契約終了の手続きはすでに済ませてある。細々した諸々の処理はまだ残っているがそれは後日だ。

 しかめっ面の番場さんと、今日一日ずっと失望顔だった社長にも、再度謝罪と感謝を伝え頭を下げた。ホテルの裏手からタクシーに乗った。見送りはマネージャー1人。あっさりしたものだ。

 タクシーのなかでネクタイを緩めほっと息を吐き出す。今日から正真正銘俺一人。事務所の後ろ盾も俺を支えてくれるマネージャーももういない。

 不安はもちろんあるが、思っていたほど怖くない。意外と心は軽かった。緊張と緩和で麻痺しているだけかもしれない。

 芸能界のしがらみと極度の緊張状態から解放された俺は大胆になっていた。スマホを出して中田さんの居場所を確認した。自宅から動かないアイコン。このままタクシーを飛ばして会いに行ってやろうか。驚くだろうか。それとも俺を追い返すだろうか。どっちだっていいや。中田さんに電話をかけた。数コールで呼び出し音が途切れた。

『はい』

 久しぶりに聞いた優しい声。軽口のひとつでも言ってやろうと思っていたのに、急に胸がつかえて言葉が出て来ない。

『大澤さん? どうしました?』
「──別に。ていうか見た? テレビ」
『テレビは見てないです』

 大きくなっていた気持ちが萎む。

「あんたの好きな謝罪会見したのに」
『謝罪会見が好きなわけじゃないですよ。僕が好きなのは大澤さんです』

 まだ俺を好きだと言ってくれるのか。萎みかけた気持ちが少し復活する。

『大澤さん、大丈夫ですか? 声がいつもと違います。泣いてるんですか?』
「泣いてないよ」
『でも声が震えてる』

 ぐ、を息を飲みこんだ。よくわからない震えがずっと続いている。

『心配です。いまどこにいるんですか? ちゃんと会って顔が見たい』

 俺がどこへ行こうが誰と会おうが、自宅から動かず仕事優先してきたくせによく言うよ。

「今からそっち行ってもいいけど」
『その必要はないです。近くまで来てますから』
「えっ?」

 思わず窓の外に姿を探した。

「どこ?」
『ホテルの近くのコーヒーショップです』

 まさに今コーヒーショップの前をタクシーが通過した。

「そっちに行くから店の前で待ってて」

 車を止めてもらい、少し先の横断歩道を渡って道を戻った。店の前では中田さんらしき人物が佇んでいる。俺がホテルのほうから来ると思っているらしく、ホテルのほうに顔を向けている。背後からそっと近づいて呼びかけた。中田さんが驚いたように振り返る。久し振りに見た中田さんの顔。労わるような優しい笑みが浮かぶ。それを見たら胸から何かがこみあげてきた。

「あんたってほんと、神出鬼没だよな。さっきアプリ見たけど家で仕事してただろ」
「好きな人のためなら魔法が使えるんですよ」

 俺はいま相当弱ってるらしい。いつもなら鼻で笑い飛ばすような言葉に涙腺を刺激されて目の表面が熱くなった。

「知ってるかもしれないけど、俺無職になったんだよね」
「残念でしたね」

 ついうっかり気を許してしまう優しい声色。会わなくなったあいだ、俺を甘やかすこの声に飢えていたことに気付く。

「別にもう未練はないよ。明日からどうしようかなってのはあるけど。そうだ、あんたのとこで雇ってもらおうかな。農家の手伝いなら仕事で何回かやってるし」
「僕なんかと2人きりになりたくないんじゃないですか?」
「根に持つなあ。まだ拗ねてんの」

 手放しで喜んで受け入れてくれると思っていたのに予想とは違う反応に少し怖気づく。

「また僕が勝手にやったことだなんて言われたら困りますからね」
「あんたほんとい意地が悪いな」
「僕も反省してるんです。永遠に手の届かない場所にいる人だと思っていたのに、目の前で動いて喋っている姿を見たら自制がきかなくなりました。どうしても手に入れたくて最悪な手段を取りました。それは本当に申し訳なく思ってます」

 中田さんの目元に暗い影が落ちる。

 最初はもちろん怖かったし殺してやりたいくらい憎かった。でもそれを上回る快感があった。回数重ねて俺も慣れた。ムカつく相手だけど、溢れるほど無償に愛を注がれ続け、甲斐甲斐しく世話をされていたら情が湧いた。憎からず思っている。俺から離れて欲しくないと思うほどには。

「だから動画も画像も消しました。大澤さんを縛りつけるものはもうありません。僕にはもう何もないんですよ。大澤さんがどういうつもりでそんなことを言うのか、ちゃんと教えて欲しいんです」

 何を? 好きだと言って欲しいのか? 口をむずむず動かしてみるが、そんな言葉は恥ずかしくて言えそうにない。それを察したように中田さんはふっと微笑んだ。

「言葉にするのが難しいなら、そうですね……じゃあここで僕にキスしてください」
「はっ?! 本気かよ?」

 中田さんの周りの景色が蘇る。人の往来は少ないが店の前、そんなことをしたら嫌でも人の目を引く。

「これ以上ない証明でしょ」

 やっぱこの人むかつく。俺ができないことをわざとやらせて、俺の本気度を確かめたいんだ。謝罪会見のあと公衆の面前で男とキスなんかしてみろ。明日からしばらくこのネタでワイドショーも世間も俺を叩きまくるにきまってる。仕事どころか家から一歩も外に出られないじゃないか。

 はたと、明日からの仕事の心配をしている自分に気付いて唖然とした。ついさっき引退を発表したのに仕事に影響もなにもない。俺はもう芸能人じゃない。今日この瞬間から過去の人なのに。

 長年の足枷はまだ俺を無意識に縛りつけていたらしい。それに囚われなくていいと気付いたら、キスくらいなんでもないことに思えてきた。ただの開き直りだ。やけっぱちとも言うかもしれない。怖いものなんか何もない。

 大股で中田さんに近づいて目の前に立つ。俺より少し上背のある顔を見上げた。待つだけの中田さんは憎たらしいくらい余裕の笑み。出会いは最悪でも、今の俺にはこの人しかいない。

 踵をあげて、中田さんにキスした。

 ◇ ◇ ◇

「大澤さん、ご飯出来ましたよ」

 中田さんに呼ばれ、カメラを掴んで居間へ移動した。食卓にはザ・朝食というメニューが並んでいる。それを写真に撮ってネットにあげてから「いただきます」をした。

 中田さんの家に同居させてもらって早三ヶ月。前に住んでた部屋は無職になった俺には家賃が高すぎて解約した。じゃあ一緒に暮らしましょうと中田さんに誘われてここに転がりこんだ。

 芸能界を引退した俺はいま中田さんのもとで農家修行中。それと並行してYouTubenデビューし、初心者目線で農家の毎日の作業や収穫された野菜の紹介、それを使った料理、新鮮な野菜の見分け方なんかを色々紹介している。登録者数はありがちことに100万人を突破した。それもこれもマスコミと、少なからずついてくれていた俺のファンの人たちのおかげだ。

 謝罪会見のあと、コーヒーショップの前で中田さんとキスしたところを通行人に撮られていたらしい。それが会見直後ネットで出回り、翌日にはテレビでも取り上げられるようになった。謝罪会見の内容より、そのあとの行動のほうが注目され、面白おかしく報道された。

 ネットではすぐさま俺のキスの相手が「アイドルの手も借りたい!」に依頼してきた素人の農家だと判明し、それ以来の付き合いじゃないかと推理されていた。しかも俺のファンを名乗る人たちが、俺のロケの隠し撮りを見返したら野次馬のなかに中田さんらしき人物を見つけ、もしやと思って他も探すと数枚見つかりその画像をネットにアップした。

 それを見た他の人たちも、自分が撮影したなかに中田さんらしき男を見つけ、次々画像がネットにあげられて「中田さんを探せ!」とちょっとした祭り状態になった。

 出るわ出るわ、中田さんのストーカーの証拠。自然と俺と神戸アリサの噂も否定される結果となった。

 祭り騒ぎの噂を知って俺も見てみたが、中田さんに監視されているような疑心暗鬼に囚われていた初期の頃のものから、神戸アリサが原因で喧嘩別れしていた最近のものまであってそのマメさには呆れるやら笑えるやら。

 喧嘩しているあいだ、俺が見ていた限りでは中田さんの居場所はずっと自宅周辺だった。謝罪会見当日も畑にいたはずなのにいつの間にかホテルのそばにいた。それを不思議に思って尋ねたら機種変更して、アプリの入っているスマホも持ち続けていたと、簡単なからくりだった。

「わざわざなんで?」
「喧嘩してるのに心配で様子を見に行ってるなんてバレたらかっこ悪いじゃないですか」

 というわけらしい。そうやって自分の居場所を誤魔化して俺を不安にさせていたなんて、この人は本当にずるい。

 朝食のあと片づけをし、少し休憩したあとまた作業へ戻る。

「カメラ回していい?」
「いいですよ」

 俺も中田さんも顔出しで動画を撮る。作業が終わった夜にその編集作業をする。見てくれるのは俺のファンだった人や、農業に興味のある人、元芸能人がホモになって農家になった姿を見てみたい野次馬、単純に物珍しいものを見たい人、いろんな目的で見てくれる。

 コメント欄には俺たちのことを応援してくれる好意的なものが多いが、とうぜんながら悪意しか感じられないものもある。それは無視するし気にしないようにしている。どうせ俺に関わりのない、俺のことを知らない奴が好き勝手に書いたものだ。気にするだけ無駄だ。

 作業小屋での仕事が終わると、収穫した野菜を卸業者へ持って行き、個別契約の店には出荷手続きを済ませ、今日の作業はあらかた終わった。

 日が暮れ家に戻って夕飯の準備。今日はリクエストが多かった中田さんの料理風景の動画を撮る。俺は料理のことはさっぱりわからないので、中田さんが簡単そうに進めて行く料理工程ひとつひとつに質問を挟む。それが動画を見てくれる人にとってわかりやすくていいらしい。いま作っているのは俺がリクエストしたきんぴら。

「ひとくち」

 あ、と口をあけたら中田さんがそこにきんぴらを入れてくれる。うまい。

「いま思ったら、最初から中田さんに胃袋掴まれてた気がする」
「あの夜も出しましたね、そういえば」
「あ、だめだめ、その話題NG」
「自分が言い出したくせに」

 中田さんが笑う。

 必要のない会話はカットしたり音声を消してアップしていたのだが、視聴者から「2人の会話も聞きたい」と熱望され、こんなくだらない会話も動画の邪魔にならない程度に残して編集している。

 見てくれる人にとったらほのぼのとして癒されるらしい。いまの会話の実体を知ったらそんなこと言ってられなくなるだろうけど。

「今もまだ信じられないですよ、こうして大澤さんと一緒にいるなんて」
「俺だって信じられないよ」
「もっと長期戦を覚悟してましたから」
「執念深いよね。怖いわ」
「怖いですよ僕は。だから絶対浮気なんてしないほうがいいですよ」
「してないじゃん」

 料理の手を止め、中田さんが嬉しそうに俺の顔を見つめた。

「なに」
「僕と付き合ってることはもう否定しないでいてくれるんですね」

 あ、と一瞬言葉に詰まる。もしかしてまだ根に持っているのだろうか。確かにちゃんと言ったことはないけど。一緒に暮らしてやることやってるのに、まだそこに拘るのかこの人は。

 しかしいざ言葉にしようとするとものすごく恥ずかしくなってきた。

「まあね、なんだかんだ付き合い長いし。中田さん、絶対諦めない人でしょ。それに……俺だって、中田さんが好きでここにいるんだし」

 顔が熱い。ただ好きと言うことがこんなにしんどいことだったとは。今まで付き合った女の子たちにはあんなに簡単に言えていたのに。

 菜箸を置いて中田さんが俺の頬に手を添える。いつもの優しい顔が近づいてきて俺にキスした。

「いまの、カットしないでくださいね。大澤さんは僕のだってみんなに見せつけたい」
「消すに決まってるだろ」

 またキスされた。中田さんの手が俺の腰にまわり、服のなかに入ってきた。腰から脇腹を撫でられ体がゾクゾク震える。その手が前にやってきて乳首を探り当てた。

「んっ」

 服をたくし上げ、中田さんが胸に吸い付く。口の中で小さい乳首が弄ばれる。そこでもしっかり感じる体になってしまった。俺の体を作り変えた張本人の頭を掻き抱いた。ズボンとパンツがまとめておろされ、床に膝をついた中田さんに半立ちのものを咥えられる。

「はあっ、あ……中田さ……飯っ……」

 双丘を割って指が奥へ忍び寄る。周辺を撫でられただけで膝に力が入らなくなる。様子を窺うようにそっと指が差し込まれたらもう駄目だった。昨夜もさんざんそこを責められて、まだその余韻の灯が残っている。だから簡単に再燃した。

 下から掬い上げるように中田さんが玉を口に含んだ。竿越しに俺を見ながら口の中で玉を転がす。顎をあげて歯を食いしばった。もう立っているのもつらい。

「ん、ぅ……もう無理……っ、あ、あっ……」

 崩れ落ちそうになった体を中田さんが抱きとめた。俺の目を覗きこみながらコンロの火を消す。鍋の様子を気にかけられるほど余裕が残ってたってわけ。俺はもうこんなザマなのに。

 胸倉を掴んで引きよせた。驚く顔をする中田さんにキスする。中田さんを押し倒し、その上に馬乗りになって服を脱ぎすてた。他に何も目に入らないくらい、俺だけを見てろよ。

 朝っぱらから台所で盛ったあと、カメラの録画を止めていなかったことに気付いた。どういうつもりか、データが欲しいと中田さんがずいぶんごねたが、いつでも本物を見られるだろ、と言うとやっと納得して諦めた。当然ながら、今朝の料理風景の動画はとても公開できないのでお蔵入りとなった。



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