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続続続・嫁に来ないか(3/5)

2020.11.26.Thu.


 中田さんから連絡がないまま1ヶ月半が経った。俺ばっかり気にしてるみたいでむかつくから浮気アプリで居場所を確かめることも最近はしないようにしている。

 今日は事務所に言われてボランティア活動。うちの事務所が先の大震災から定期的にこの活動を続けていて「禊と思ってしっかりやれ」と今回は俺にも声がかかった。今日は先日の台風被害が酷かった地域へ慰問活動。少し名と顔の売れたグループと、これから売り出したい若手グループ、それに混じって問題児の俺。

 事前に借りておいた中学校の体育館で炊き出し、そのあと自分たちの持ち歌や先輩たちの楽曲を歌って踊る。俺にはデビュー曲しかない。しかも相棒は引退していない。誰も知らない歌より知ってる歌のほうが盛りあがるから、と俺の唯一の持ち歌は封印されて先輩方の代表曲メドレーを他の後輩たちと歌った。

 後片付けをして都内へ戻り、打ち上げの食事会。後輩たちとスタッフが盛り上がっているのを見ていると、小東が問題を起こした直後を思い出した。あの頃は誰も彼もが俺を空気のように扱った。まるでそこに居ないみたいに。

 最近気が滅入っているのか、悪いことばかり考えてしまう。事務所のなかでの俺の存在とか、芸能界での俺の立ち位置とか、親身になってくれる知り合いの数だとか、唯一何があっても味方してくれると思ってた中田さんの音信不通とか。

 腐るより自分から道化を演じるほうがいい。輪のなかに入って自虐ネタで笑いを取る。誰かが「大澤さん、完全にバラエティの人ですよね」って言うのが聞こえた。それのなにが悪い。いまの時代、俳優やアーティストでもないタレントがテレビでやっていくならバラエティに強くなくちゃ生き残れないじゃないか。

 打ち上げも終わり解散。疲れたからまっすぐ帰るつもりだったが、後輩の峰岸に「ちょっと飲みに行きませんか」と誘われた。

「大澤さんに相談したいことがあるんです」

 こう言われたら断りにくい。

「ちょっとだけなら」

 峰岸お勧めだという店にタクシーで移動した。峰岸は今時の青年だ。手足がすらっと長く、顔も整っている。もう成人はしているがまだデビューはしていない。大方そのことの相談だろうが、俺にしても何も解決しないんだが。

 ビルの前でタクシーが止まった。「こっちです」と先に歩く峰岸に続いて階段を下りる。地下一階の店、重厚な扉を開けると大音響が耳をつんざく。こんなうるさい店で相談なんてできないだろうと峰岸を見たが、奴は正面のカウンターへまっすぐ進んだ。気おくれしている俺に気付くと手招きする。仕方なく峰岸の隣に座った。

「なに飲みます?」

 真横にいるのに大声で峰岸が話しかけてくる。一刻も早く帰りたくて咄嗟に首を横に振った。峰岸が苦笑する。

「じゃあ、とりあえずビール二つ!」

 峰岸が勝手に注文した。その一杯を飲んだら帰ろう。

「おまえふざけてるだろ」
「なんでです?」

 体を傾けて峰岸が耳を寄せてくる。

「こんなうるさい店で相談なんて」
「相談があるのは俺じゃないんですよ」

 ビールが俺たちの前に置かれた。峰岸はそのひとつを俺に渡すと「あそこで待ってます」と奥のテーブルを指さした。その先に、男女の客。男のほうがじっと俺を見ていた。大きな目。白い歯が見えた。男が俺に笑いかけてくる。

「誰?」
「行けばわかりますって」

 とにかくあのテーブルの男に会わなきゃ帰れないらしい。ため息をついて覚悟を決めた。椅子から立ちあがりテーブル席へ向かう。男が女になにか耳打ちした。頷いた女が立ちあがり、俺のほうへ近づいて来る。すれ違う瞬間、俺に微笑みかけてきた。若く、綺麗な女だ。

「よう、久し振り!」

 女の方へ気を取られていたら男のほうから声をかけられた。少し高めの掠れ気味な声。意識を前の男へ戻す。肩までの茶髪、全身真っ黒の服に身を包んだ小柄な男。見覚えのある姿形。記憶と目の前の姿が重なった。

「……小東……?」
「当たり。元気してたか?」

 満面の笑顔で手招きする。養成所時代から一際目立つ美少年だったのに、いまその面影は大きな目と小さい顔だけ。似ている別人のような違和感。いや、本人に違いないのにぜんぜん似ていないのだ。

「なんでここに」

 はっと思い出して振り返った。峰岸はスマホを弄りながら酒を飲んでいる。

「ここ俺の店なんだ」
「小東の?」

 視線を戻した。小東は頷いた。だんだん見慣れてきた。確かにこの表情は小東だ。

「あ、そうだ。名刺」

 小東はポケットの名刺入れから一枚抜いて俺に差し出した。受け取った名刺には社名らしき横文字と、小東の名前。肩書きだけは立派で代表取締役だ。

「つっても俺だけのじゃなくて、カウンターに立ってるのが共同経営者。たまたま事務所の後輩が店に来たから懐かしくってお前の話したら、今度連れてきますよって」

 小東の目が後ろの峰岸に逸れた。なんて余計なことを。こいつが何をして事務所を辞めたか知らないわけじゃないだろうに。

「そんな迷惑そうな顔すんなって。傷つくじゃん」
「……お前のせいで俺がどれだけ迷惑したか」
「それは悪かったけどさ」
「今頃俺になんの用だよ」
「冷たいな。同じ釜の飯を食った仲間だろ。もうちょっと喜べよ」
「こんな騙し討ちみたいな真似されて喜べるか」
「だってお前、電話しても出なかっただろ。他にどうしろっての」
「電話? いつ?」
「1カ月……くらい前?」

 記憶を辿る。そういれば「アイドルの手も借りたい!」のロケで梨農家の手伝いに行った日、知らない番号から着信があった。もしかするとあれがそうかもしれない。

「登録してない番号に出るわけないだろ。俺の番号は誰に訊いた?」
「峰岸。峰岸は他の誰かに訊いたって言ってた」

 いくら同じ事務所だったからって、芸能人のケー番をペラペラ教えるなよ。峰岸、あいつはあとで締めておこう。

「で、そこまでして俺に何の用?」
「座れって」

 と自分の隣の椅子を叩く。

「用件が先」
「変わんないな、お前。まあいいや。実はもう一軒店出そうかなって思ってて。ちょっと資金のほうが足んないのよ。でいま出資者募ってて」
「絶対いやだ」
「共同経営って形で。お前は店のほうノータッチでいいから。売り上げ折半。どう?」
「断る。他当たれ」

 一瞬だが小東の目が険呑に光った。すぐさまそれを笑みで隠した。

「お前さ、ぶっちゃけいつまでその仕事やってけると思ってんの? 見たよ、週刊誌。あれ出てからお前、NAUGHTYの番組呼ばれてねえだろ。お前が一番危機感持ってんじゃないの? 四十五十になっても仕事あると思ってる? 今のうちに保険かけとかないと真剣に将来やばいだろ。副業するにしても何もノウハウ知らないお前が下手に手出したらカモられるだけだぞ。俺に任せておけって。かつての仲間の俺にさ」
「お前が一番信用できないよ」

 小東は顔から笑みを消した。

「そんな突拍子もないことを言い出すなんて、今もまだ大麻やってるのか?」
「やってるわけないだろ」

 と言いつつ小東は俺から目を逸らした。もうここには居られない。一刻も早くここを出ないと。

「どっちでもいいよ。俺には関係ないから。もう二度と連絡してくるな。あと事務所の後輩を巻きこむな」

 小東に背を向ける。財布から五千円出してカウンターに置いた。

「帰るぞ」

 峰岸の腕を掴んで立たせる。

「あの、お金足りませんけど」

 カウンターの男がニヤついた顔で言った。一万を叩きつけて店を出た。いいことをしたと思っているまったく理解していない峰岸には帰りのタクシーの中で説教をし、二度と小東の店に行かないこと、連絡がきても無視することを約束させた。誰も俺の二の舞にならなくていい。

 ◇ ◇ ◇

 小東と再会した翌週、事務所から呼び出された。嫌な予感は的中して、通された会議室にはマネージャーの他に専務取締役の番場さんがいた。俺の顔を見るなり挨拶もそこそこに「先週、小東に会ったのか?」ときた。腹の底がずんと重くなる。

 峰岸に相談したいことがあると誘われたことや、店に行くまでそこが小東の店だと知らなかったこと、峰岸は偶然小東の店を知ったことなど、事実だけを話した。一緒に店を出そうと誘われたが、断ったこともきちんと説明した。

 注文したビールには口もつけていないし、小東の隣にも座っていない。ずっと立ったままだったし、滞在時間は五分程度だった。俺にはなんの落ち度もないことを丁寧に説明したが、マネージャーは俺と目を合わさないし番場さんは不機嫌そうな顔でため息をついた。

「また撮られたぞ、お前」

 今週末発売の週刊誌に、俺が小東の店に行った記事が出るらしい。神戸アリサの一件で、どこかの記者が俺をマークしていたのかもしれない。

「疑われるようなことは何もないですよ」
「そういうことじゃない。どうしてもっと自分の行動に気を付けられないんだ」

 ぐ、と言葉に詰まる。一体どう気を付ければいいのか教えて欲しい。神戸アリサちゃんのときだって古賀さんに誘われただけだし他にも人はいたし記事はまったくのデタラメ。今回も俺は何も知らずに峰岸に誘われてついて行っただけだ。誰かに誘われても断ればいいのか? それが大事な仕事の相手でも?

「小東とつるんでると思われたらお前もまだ大麻をやってると思われるんだぞ」

 お前もまだ? 俺は一度だってやったことはない。そうか、ここの連中は俺も大麻をやったとずっと思い続けてきたわけだ。

 小東の大麻所持が発覚した時、俺の親も呼び出された。大勢の大人に囲まれて、涙ながらに俺はやっていないと訴えた。尿検査も受けたし、所持品検査も受けた。当然なにも出て来ず無罪放免になったが、本当は誰も俺が白だとは信じていなかったんだ。

 怒りよりも、虚しさが勝った。俺の努力も頑張りも誰も見てくれない。事実よりも印象でしか評価してくれない。俺の芸能生活はいったい何だったのか。意識が泥のなかに沈んでいくような感覚に陥る。もうなんの弁解もしたくない。誰も信じてくれないなら、無意味だ。

 当面仕事は自粛することになった。世間の反応次第では、雑誌の発売後、謝罪会見を開くことが決まった。



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