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続続続・嫁に来ないか(2/5)

2020.11.25.Wed.
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 今日は「アイドルの手も借りたい!」のロケ。奥さんが三人目を妊娠中で人手が足りないので梨の収穫を手伝ってほしい、というもの。収穫作業はもちろん、獲れたての梨の食レポや、小さい兄妹との交流もバッチリ。

 収録の合間、スマホで中田さんの居場所をチェックしてみた。中田さんちからここは車で20分ほどの距離。あの人がこのチャンスを逃すはずがない。と思って浮気アプリを起動したのに、中田さんを示すアイコンは中田さんちから動いていない。

「まだヘソ曲げてんのかよ」

 雑誌を見た中田さんに拉致られ、責められ、喧嘩別れした夜から連絡が一切ない。あの人のことだからそうは言っても三日とあけず連絡してくると思っていた。時間があれば会いに来ると思っていたのにかれこれ二週間音沙汰なしだ。

 俺はぜったい悪くない。写真を撮られたのは迂闊だったかもしれないが、あんな事実を切り取った週刊誌を真に受けるほうがどうかしている。拉致しておいて言い負かされそうになったら追い出すほうがどう考えても悪い。だから俺からはぜったい謝らない。

 俺もちょっと言いすぎたかもしれないが、ぜんぶ本当のことだ。

 それに別に仲直りがしたいわけじゃない。強/姦された相手から脅されて今までずるずる続いた関係だ、このまま終わってくれるほうが俺にはありがたい。

 そうだ。もう俺を脅す動画も画像もない。もう中田さんの言いなりにならなくていい。連絡してきても会いに来ても強気に無視して追い返せばいい。しつこくしたら即通報だ。

 ブルッと手の中でスマホが震えた。知らない番号から着信。出るか悩んでいるうちに鳴りやんだ。咄嗟に頭に浮かんだのは中田さんの顔。忘れたいのに、気になっている。

「むかつく」

 スマホをポケットに戻した。

 今回も依頼人のお宅に宿を借りた。夕飯の準備のあいだ幼い兄妹たちと触れ合い、夜は依頼人旦那と晩酌、翌朝は「帰らないで」と泣く兄妹たちに見送られながらロケ終了。

 帰りの車のなかでも今日の出来を褒めてもらって大満足。ほくほく気分でスマホチェック。メールなし、着信なし。中田さんは相変わらず自分の畑にいる模様。せっかくのいい気分が台無しだ。

 せっかく近くに来ているのに。謝ってくるなら許してやらんこともないのに。

 いや俺は別に仲直りしたいわけじゃなくて、一方的に責められて追い出されたら俺が悪いみたいな感じで終わったのが気持ち悪いだけで、あんな始まり方をしたから俺からこっぴどく振ってやらなきゃ腹の虫が収まらないって、ただそれだけの理由で何度もチェックしているに過ぎない。なにも期待なんかしていない。

 車は高速を飛ばしてどんどん中田さんちから離れて行く。もう知らね。

 ◇ ◇ ◇

「見たで、自分。あの記事ほんまなん?」

 乾杯もそこそこに城野さんが俺をいじりだした。今日は久しぶりに城野さんと飲み。中田さんに監視されている不気味さから人付き合いが減っていたが、ほったらかしにされている今そんなこと気にする必要もない。

「嘘に決まってるじゃないですか。最初古賀さんと奏斗ってうちの後輩とご飯食べてたんですよ。そしたらそこに神戸アリサちゃんがマネージャーと一緒に来て。なぜか一緒に食事することになって。その帰りです。たまたま僕と2人でいるところを撮られただけです」
「やっぱなー。そういうことやと思ったわ。大澤くんて実は警戒心めっちゃ強いほうやん。あんな人目につくとこでおかしい思っててん」

 これがまともな人の反応だ。丸っと信じて人を車で拉致した挙句ネチネチ責め立てるほうが異常なんだ。そこで俺ははたと気付いてしまった。前に中田さんが仕事相手の女性と食事しているのを見て、2人は付き合っている、と勘違いしてしまったことを。切り取った一場面だけを見て、真偽を確かめもせず決めつけたのは俺も中田さんと同じだ。

 いやでも、中田さんの場合は二人っきりだったし、顔つき合わせて酒なんか飲んでたし、俺からの電話も無視したし。……中田さんにしたら、同じか。あの写真見ただけじゃ、俺とアリサちゃん2人きりで食事したと思っただろうし、あの日中田さんの誘いを断ったのは事実だし。

 俺もちょっとは悪かったのかも、しれない。

「もしかしたらアレやったんかもしれへんな。売名的な」

 少し声を低くして城野さんが言う。

「俺なんかと撮られても話題にならないですよ。狙うなら奏斗でしょ」
「それもそうか」
「そう言いきられるのもちょっと」

 あはは、と笑い合う。

「でも大丈夫やったん? あんな記事出て。彼女とか。誤解して大変やったんちゃうん?」
「彼女なんかいませんよ」

 ギクリとしつつ普通に否定する。実際彼女はいないし中田さんは彼女でも彼氏でもないし。

「最近ご飯誘っても断るやん。彼女できたからちゃうん?」
「違いますって。仕事とか、たまたまタイミングが合わなくて。だから今日来たでしょ」

 飲もう飲もう、とお喋りしながら酒を飲みご飯を食べた。いつものように城野さんの後輩芸人が合流して楽しい食事のままお開きになった。

 店を出たところで「写真撮られるで!」とまたからかわれたあと解散。タクシーに乗ってスマホを見る。頑なに中田さんからの連絡はなし。GPSをチェックするも自宅から微動だにせず。俺が城野さんと飲んでたってのに知らん顔かよ。

 会わなくなってそろそろ一カ月になるがあの人はなにを考えてるんだろうか。

 まだ怒ってる? 俺に呆れた? 諦めた? もうどうでもよくなった? 他に好きな奴ができたとか?

 それならそれでどうぞご勝手にって感じなんだが俺が振られたっぽくなるのが嫌だ。「僕が悪かった。あなたに会えなくて寂しかった」と言ってくるのを俺が振ってやりたいのに。

 今頃なにしてんだろうな。もう日付変わってるから寝てるよな。どうでもいいや、あんな人のことなんか。

 窓の外に視線を流す。飲みのあいだ頭の隅にずっとあって気になっていた城野さんの言葉。アリサちゃんのあれが本当に売名行為だったとしたら。城野さんに自虐気味に言ったが俺なんかと撮られてもたいして話題にならない。小東の一件もあるから売名どころかイメージダウンになる可能性だってある。でもなんか引っかかる。

 本当は奏斗を狙ってきたんじゃないだろうか。登場からしておかしかった。偶然を装ってはいたけど、「古賀さんの声が聞こえたから」と俺たちの個室にわざわざ顔を出して、古賀さんも「せっかくだし一緒に」だなんて、招き入れるだろうか。

 アリサちゃんサイドと古賀さんの間で話がついていたとしたら。アリサちゃん側は奏斗をご所望し、古賀さんは自分の番組の看板アイドルを守るために直前になって話をかえて俺を差し出したのだとしたら?

 今になって思えば疑わしい言動はあった。食事が終わって店を出ようとしたとき、古賀さんは奏斗をそばに置きたがった。少しでも奏斗が離れると呼び付けて適当なことを言い訳していた。トイレに行くから先に出てて、と古賀さんに言われ俺たちは外で待っていたが、奏斗は古賀さんの荷物を持たされて店内にいた。

 疑えばきりがない。意味のない行動にも意味を見い出してしまう。本当にただ偶然俺とアリサちゃんが撮られただけだったのか、奏斗を守るために古賀さんが俺を売ったのか、真相はわからない。考えるだけ無駄。

 だけど、普段あまり食事に誘われない俺が珍しく誘われた日に写真を撮られたのは、偶然にしては出来過ぎてる気がする。

 俺なんていくらでも替わりが利く。人気番組の軌道に乗った「That’s NAUGHTY!」のアシスタント役ももう必要がない。古賀さんは俺を切り捨てるつもりなのかもしれない。

 腹の底がズンと重くなった。ため息をついてシートに深く身を沈める。

 中田さんの誘いを断って参加したのに結果がこれか。手の中のスマホが無言のまま俺を責めている。

 ◇ ◇ ◇

 テレビを見て「やっぱりか」と思った。予想はしてたけどやっぱりショックだった。所詮俺はこの程度だよなって、自分自身への落胆が酷い。

 先週の「That’s NAUGHTY!」は二時間スペシャルでNAUGHTYのメンバーだけで絆を深めるために温泉旅行だったから俺がいなくても納得はしていたが、その後もさっぱり収録に呼ばれないと思っていたら、今日の放送では俺のポジションに中堅芸人さんが収まって番組が始まった。

 違和感を薄めるためかセットが変わり、演者の立ち位置も微妙に違う。新コーナーも始まって2、3カ月もすれば誰も俺のことなんか思い出しもしないだろう。

 体中から力が抜けてソファで茫然とした。時間が経って少し立ち直り、マネージャーに電話で確認したら「スタジオ収録の予定はありませんが、ロケではまた参加して欲しいとお話がありました」遠回しなクビ宣告だ。

「雑誌の記事のことを気にされてるみたいで」

 とマネは言う。俺が悪いってことね。でもこれで俺は古賀さんに売られたんだって確信した。どうだっていい。仕事がひとつ減ったくらいなんだ。俺はもっとどん底を知ってる。

 とは言え、この仕事1つ減ったことが影響するのがこの業界だ。デタラメな雑誌記事、それを受けての事実上の番組降板、真偽は二の次で印象が重要視される芸能界で、いま勢いのある番組を降ろされたのはとても痛い。他に影響しないといいけど。



消えた初恋 4


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