FC2ブログ

接点t(4/6)

2020.11.21.Sat.


 ホテルを出たあと静馬にファミレスでご飯をご馳走になった。その時兄貴から電話がかかってきてかなりびびった。思わず静馬の顔を見る。首を傾げる静馬にスマホの画面を見せると「ああ」と納得した顔でにやりと笑った。

 通話ボタンを押して耳にあてる。

「……なに?」
『なにじゃねえよ、お前いまどこいんだ。バイトもう終わってんだろ。母さん心配してんぞ』
「もう帰るよ」
『どこいんだって訊いてんだよ』

 怒りを押し殺した兄貴の声。何度も聞いたことがあるから、爆発寸前の苛立ちを抑え込んでいる時の声だとすぐわかった。

「ファミレス。友達と飯食ってて」
『遅くなんなら連絡しろ馬鹿』

 吐き捨てる声。いつもなら身がすくむが、今日はなぜか冷静でいられる。目の前に兄貴がいないから? 静馬がそばにいるから? 静馬とセックスしたあとだから?

 そうだ、俺は今日、兄貴の彼氏を寝取ってやったんだ。あの馬鹿、そうとも知らずに俺の心配なんかしてやがる。

「食べ終わったら帰るよ、母さんにもそう言っといて」
『自分で言え』

 通話が切れた。なにも知らない兄貴が可笑しかった。肩を揺すって笑っていたら、静馬が頬杖をついて楽しげに俺を見ていた。

「なんだかんだ言って兄弟仲いいじゃん」
「どこが」
「心配して電話してきてくれたんでしょ。仲良いじゃん」
「母さんに言われて仕方なくだよ」
「俺なら放っておくけどね」
「兄弟いるの?」
「ひとりっこ。だから薫と大介が羨ましい」
「俺はひとりっこがいい。あんな兄貴、いらないよ」
「じゃあ俺にちょうだい」
「だめ」

 俺の即答に静馬はきょとんと瞬きする。

「兄貴はあげない。俺をあげる」

 あはは、と静馬は笑った。

 食事を済ませて店を出た。駅まで歩きながらくだらない話をした。兄貴と違って偉そうじゃないし、知識をひけらかしたり俺を馬鹿にしたりしない。年上なのにそれを感じさせない。一緒にいて楽しい人だった。まだ別れたくない。もっと長く一緒にいたい。だから静馬が家まで送ってあげるという言葉に甘えた。

 一緒に電車に乗り、最寄り駅で降りた。改札を抜けた先になんと兄貴がいた。ぴたっと足が止まる。全身から血の気が引ていく。

「薫じゃん。大介くん迎えに来たの? やっさしー」

 立ち止まる俺を置いて静馬は兄貴のほうへ近づいて行く。険しい顔で兄貴が俺を睨んでいる。冷や汗が止まらない。

「なんで大介と静馬が一緒にいんだよ」
「偶然会ってね。ご飯食べてきた」

 平然と静馬が答える。兄貴は静馬をちらっと見たあと、「おい、帰るぞ」と俺に声をかけた。逃げだしたくなったがなんの解決にもならないし、逃げたところですぐ兄貴に捕まってしまう。余計怒らせるだけだからおとなしく兄貴の言葉に従った。自分の一歩が、死刑台へ続いているような気がする。

「大介くん、また今度いっしょに遊ぼうね」
「あ、はい」

 ファミレスでの威勢はどこへやら。叱られた犬のように耳を垂れ尻尾を巻いて俺はすごすご兄貴のあとに従った。もう静馬を振り返る余裕もない。

 駅の蛍光灯が遠くなる。線路沿いの道を大股の兄貴に置いて行かれないように必死について行く。踏切に捕まり兄貴は立ち止まった。その後ろに俺も立つ。

「大介」

 踏切の警報音に紛れて兄貴の声を聞き逃しそうになった。

「えっ」
「お前、あいつに何かされたか」
「なにかって」

 のどが狭く声を出しずらいと思った。心臓がでたらめに鳴り出す。背中を汗が流れるのがわかった。兄貴はなにか気付いているんだろうか。俺が部屋で兄貴のセックスを盗み聞きしてオナニーしていたと知っていたように俺が静馬とセックスしたことも勘づいているのだろうか。

 兄貴の彼氏を寝取ったことがバレたら。俺は間違いなく半殺しだ。

「あの変態に、なんもされてねえだろうな」
「……なにも! なにもされてないよ!」

 声が裏返った。嘘ついてるってまるわかりだ。ゆっくり兄貴が振り返る。その後ろをゴッと電車が走り抜ける。目を眇め、兄貴は俺をじっと見た。動悸が激しい。全身汗びっしょりだ。電車が通りすぎ警報音だけが反響している。それも前触れなく止まった。

「静馬に訊いてもいいんだぞ。あいつは口も緩いからな」

 遮断機があがったのに兄貴は前に進まない。いまここで俺の嘘を暴くまで動かないつもりだ。

 静馬は秘密を守ってくれる人なんかじゃないだろう。兄貴に訊かれたら全部ペラペラ喋るに決まってる。いま白状するのと、静馬に喋らせるのと、どちらが兄貴を怒らせないだろう。

 大きな溜息が聞こえた。

「静馬に電話する」
「待って!」

 咄嗟に止めたが次の言葉が出てこない。喋れっこないのだ。黙って待つ兄貴が不気味で俯いた。

「あいつと寝たな」

 ここが外で遅い時間だから兄貴は怒鳴らないで静かな声で言うんだろう。それが余計俺を縮み上がらせた。

「怒らねえから正直に言え」

 それ絶対あとで怒るやつじゃん。

「あいつに誘われたんだろ? バイト帰り、待ち伏せされたか?」

 はっと顔をあげた。静馬は駅にいた。待ち合わせをブッチされたと言っていたけど、あれは最初から俺を待っていたのか?

 俺の様子でわかったらしく、兄貴は前髪をかきあげながら大きく息を吐いた。

「やっぱりか。お前のこと色々聞かれると思ったら……あいつほんとイカれてんな」

 独り言みたいに呟く。

「どこまでやった?」

 兄貴の目が俺を射貫く。嘘も言い訳も通用しないときの目だ。

「ど……え、と……」
「まさか掘られてねえだろうな」

 ブンブン首を横に振った。ピクリと兄貴のこめかみが痙攣したのが見えた。

「あいつにハメたのか」

 否定も肯定もできずに俯く。

「どうせあいつの口車に乗せられたんだろ。簡単に食われやがって。突っ込める穴ならなんでもいいのか。節操ってもんがねえな。これだから童貞はよ」
「なっ、それを言うなら兄ちゃんだって……!」
「俺がなんだよ」
「男と付き合うとか……、ホモになったのかよ」
「付き合ってねえよ、気持ち悪いこと言うな。男とヤッたからってホモにはならねえよ。あいつは色々都合がいいんだよ。いつでも好きな時にヤレるし、金かかんねえし、中出ししても孕まねえしな」

 平然と言い放つ兄貴に少し安堵した。静馬のことが好きで付き合っているわけじゃないらしい。いわゆるセフレというやつ? だとしたら俺が寝取ったところで兄貴にはダメージはない。ちょっとのお叱りで済みそうだ。

 俺はどうかしてた。兄貴のものに手を出して無事で済むわけないのに。兄貴の言う通り、静馬の口車に乗せられてしまったんだ。

「くっそ、最悪だ」

 顔を歪めながら兄貴が俺を見る。

「お前と穴兄弟かよ」

 心底嫌そうに吐き捨てる。俺もそれに気付かされて思わず顔を顰めた。寝取るってことはつまりそういうことなのに、なにかひとつ兄貴より優位に立てるものを見つけてすっかり浮かれていた。

 その優位に立てると思ったことすら、意味がなかった。兄貴のお下がりの公衆便所に精液を出しただけ。冷静になればなるほど、自己嫌悪が強くなる。

 また警報機が鳴りだした。遮断機がおりるまえに踏切を渡った。

「もう静馬には会うなよ」

 前を向いたまま兄貴が言った。

「会わないよ」
「連絡先教えてないだろうな」
「教えてない」
「待ち伏せされても無視しろよ」
「わかってるよ」

 都合のいい公衆便所なのにずいぶん警戒している。そんなに俺を近づけたくないって、やっぱり付き合ってるんじゃないのか? あの変態くそビッチと。

「あ」

 俺の声に兄貴が振り返る。

「なんだ」
「あの人、3Pしたいって言ってた。兄ちゃんと俺の三人で」

 兄貴の足が止まる。怖いくらいの真顔で俺を見ている。

「あのイカレビッチの言うことなんか真に受けんな」
「あの人ほんとにヤバいよ。兄ちゃんも付き合い考えた方がいいよ」
「お前が口出しすんな」

 普段の様子に戻って兄貴はまた歩き出した。もうすぐ家だった。

 俺には静馬に会うなと命令するくせに、自分はイカレビッチとまだ関係を続ける気らしい。ずるい、と思った。俺が誰と会おうが、兄貴に指図されるいわれなんてないはずだ。

 家の前について面倒臭そうな溜息混じりに兄貴が門を開ける。俺は立ち止まり兄貴の背中を睨みつけた。脱童貞をしてちょっと成長したから? 俺は兄貴に反抗したくなった。少なくともこのまま家の中には入りたくなかった。

「俺、あの人のこと好きかも」

 深く考えず、思いついた言葉を言った。鍵を開ける手を止め、兄貴が俺の目の前に戻ってきた。

「頭ヤラれたのか?」

 と人差し指で自分のこめかみを叩く。

「あの人が会いに来たらまたホテル行くかも」
「さっきの会話はなんだったんだよ、時間の無駄かよ。手間かけさせんな」
「いらないなら、俺にあの人くれよ」

 いきなり胸倉を掴まれた。殴られる! 咄嗟に目を閉じ歯を食いしばった。衝撃を予想したのに、唇になにかが押しつけられただけだった。ぬりりとした感触に目を開けたら、目の前に兄貴の顔があった。押しつけられたのは兄貴の唇。舌が俺の唇を割って中に入ってくる。驚いた隙に舌の侵入を許してしまった。

 掬いあげるように俺を舌を絡め取り、強い力で吸いこまれた。クチュクチュ音を立てながら吸われたり、甘噛みされたり、奥まできたと思ったら歯列をなぞり、口蓋を舐めてまた舌をなぶる。静馬としたキスとは違って乱暴な噛みつくようなキスだった。

 兄貴とキスだって?!

 我に返って胸を押し返した。空いた隙間から空気を吸いこむ。

「なっ……にしてん、だよっ」

 俺の目を見つめながら兄貴が離れていく。

「今度そんなふざけたこと言ってみろ、ぶち犯すぞ」

 俺の口元の涎を親指で拭うと、兄貴はくるりと背を向け家の中に入って行った。玄関の明かりが点いたのが、扉から漏れる光でわかった。さらに「お帰り」という母さんの声も聞こえた。

「大介は一緒じゃないの?」
「もう入ってくる」

 いつも通りの兄貴の声。実の弟にあんなキスをしておいてなに平然と受け答えしてるんだ。俺はまだ中に入れないっていうのに。勃起したちんこ、どうしてくれるんだよ。



ごほうび

関連記事
スポンサーサイト
[PR]

コメント

管理者にだけ表示を許可する