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旦那さん(1/2)

2014.05.27.Tue.
「立橋、今日飲みに行くわよ」

 小泉部長が俺を誘うのはこれで何度目だろう。まわりの連中もまただよという呆れと同情の目を向けてくる。
 この女上司は部長にまで出世しただけあって、我の強さと強引さが図抜けていて、おまけに性欲も強いときている。自分が気に入った部下をこうして飲みに誘っては酔ったところでホテルへ連れ込むのが手口だった。
 男社会でバリバリのキャリアウーマンとして働く気苦労やストレスには同情するが、若い男で発散するのは勘弁してほしい。しかも部長は結婚して家庭があるというのに。

「いやぁ、今日はちょっと用事が」
「あんた、この前もそう言って私の誘い断ってたじゃない。今日は許さないわよ。とことん飲む。飲んであんたの内面、全部さらけ出してもらから」

 俺は私生活が謎な男として社で通っているらしい。ただ単にゲイだってことを隠しているだけなのに。
 だから四十過ぎの女の体に興味がないだけじゃなく、女そのものに興味がもてない俺には、部長の誘いは苦痛でしかない。断り続ける俺にプライドを傷つけられたのか、部長がムキになって誘ってくるので本当に困っている。
 もうこれは一度付き合うしかないのかもしれない。

「わかりました」

 溜息つきつつ、俺は頷いた。


 会社を出てタクシーに乗り込む。部長は当然のように俺にしなだれかかり、腕を絡ませ胸を押し付けてきた。これ完全にモラハラ、セクハラだよなぁ。
 運転手がバックミラー越しにチラチラ見ている気がして、とにかく落ち着かない。
 タクシーは住宅街へ入っていった。

「どこで飲むんですか」

 飲める店など見当たらない。

「私の家で飲むのよ。終電気にせず飲めるでしょ。明日休みなんだから、あなたも泊まって行きなさい。あなた、私を怖がっているふうだったから、私の主人といっしょなら安心でしょ」
「えっ、旦那さんに悪いですよ」
「いいのよ。私が外で酔いつぶれるより家のなかで潰れたほうが介抱もしやすいでしょ。それにあの人は主夫なんだから、妻が連れてきた部下の相手をするのも仕事のうちよ」

 なんとなくみんな聞きづらくてその話題を避けていたが、確か部長に子供はいなかったはずだ。だから仕事一筋に打ち込んできたのだとも。まさか旦那さんが主夫をしているとは知らなかった。たしかに男をかしずかせるのが大好きな部長は家事をやりたがらなそうだ。
 マンションの前にタクシーが停まり、俺たちはタクシーをおりた。家の前だと言うのに、部長は俺と腕を組んだままオートロックを解除し、エレベーターに乗り込む。

「まずくないですか、これ」
「あの人は気にしないの」

 7階でおりて、奥のドアの前で立ち止まると、部長はインターフォンを鳴らした。少しして扉が内側から開けられた。

「お帰り」

 細身の優しそうな男の人が出てきた。

「ただいま、今日は部下の立橋を連れてきたの」
「こんばんは、立橋さん。どうぞ」

 旦那さんはニコニコと俺をなかへ迎え入れる。腕組んでるのが見えてないのかな。
 掃除の行き届いた部屋は家具もインテリアも趣味が良くて、どちらかというとケバい部長とは正反対の穏やかで落ち着いた印象だった。旦那さんのセンスなのかもしれない。
 ソファに座らされ、部長は俺の横に体をぴったりくっつけて座った。誤解される、と俺が逃げれば追いかけてくる。なにを考えているんだ、この人は。

 最初におしぼりとビールを持ってきた旦那さんはカウンターキッチンの向こうで忙しく動いている。

「俺も手伝いに」
「馬鹿。あんたは私と飲むのよ」

 腰をあげかけたら、腕を掴んで引き戻された。コップになみなみとビールをそそがれる。こりゃあはやく部長をつぶしておいとましたほうがよさそうだと判断した俺は、部長のコップにもビールを注いだ。少し減るとすぐさま注ぎ足し、わざとペースをあげさせた。
 その間に、旦那さんはつまみになるものを次々テーブルへ並べていく。「お口にあうといいんだけど」ときっと今晩の夕食に出すはずだった煮物なんかも出してくれて、一人暮らしの俺には嬉しい家庭料理を振る舞ってくれた。
 こんな旦那さんがいるのに、部長はなにが不満で会社の男に手を出すんだろう。

「料理はうまいし、優しくていい旦那さんですね」

 キッチンの旦那さんを見ながら俺が褒めると、部長は不機嫌そうに眉を寄せた。

「つまんない人よ。優しいだけでぜんぜん刺激的じゃない。セックスも淡白ですぐ終わっちゃうの。私が男と腕組んで帰って来たって文句ひとつ言わないでしょ」

 あれは旦那さんを嫉妬させるためだったのか。それに俺を利用するのだけは勘弁してほしい。もし旦那さんがキレて殴られでもしたらどうするつもりだ。

「じゃあどうして結婚したんですか」
「優しかったから」

 部長は頬を膨らませた。

「結婚するにはいい人だと思ったの。私は仕事辞めたくなかったし、家事もしたくなかったし、主夫をやってくれるには理想的な人だったのよ。まさかこんなにつまらない夫婦生活になるなんて想像もしていなかったけど」

 なんて自分勝手な女だろう。俺は旦那さんが気の毒で仕方なくなってきた。
 空いた小皿を持って立ち上がった。

「やらせればいいわよ」

 という部長の声を無視して、キッチンへ運んだ。
 旦那さんは俺の手元を見て、「ありがとう」と微笑む。本当にいい人だ。あんなビッチには似つかわしくない。部長ではなく、俺にとって理想的な人だ。

「突然来てすみませんでした」
「いいえ、こちらこそ男の手料理で申し訳ない」
「とんでもない、とてもおいしかったです」
「本当ですか。うちのは僕の料理を褒めてくれないからお世辞でも嬉しい」
「お世辞なんかじゃありません。こんな旦那さんを持った部長が羨ましいです」

 俺の熱い視線に気づいた旦那さんが、戸惑ったように笑う。

「ちょっと!いつまでそこにいんのよ、こっちきて飲みなさいよ!」

 リビングから部長が声を張り上げる。呂律がまわっていない。酒に弱くて助かる。
 旦那さんに会釈してからリビングへ戻った。
 どんどん酒を飲ませて零時過ぎ、やっと部長が酔いつぶれた。


「すみません、手伝わせてしまって」
「お構いなく」

 旦那さんと一緒に部長を寝室へ運ぶ。シングルベッドが二つ。間にサイドテーブルが置いてある。
 寝室の戸を閉めるとなかから部長のいびきが聞こえてきた。

「弱いのに好きで困ってるんです。会社の皆さんにも迷惑をかけているんじゃありませんか?」

 この旦那さんはどこまで知っているんだろう。どこまで勘付いているんだろう。自分の妻が会社の男に手を出していることを。

「豪快な人ですからね」

 苦笑いで乗り切ってリビングへ戻った。二人でソファに腰掛け、ハァとため息をつく。

「タクシー呼びますね」
「部長に今日は泊まってけって言われたんです」
「彼女がそんなことを……申し訳ありません、ご迷惑だったでしょう」
「いいえ。旦那さんさえよければ、このソファで寝かせてもらえませんか」
「お客様をそんな。僕のベッドで寝て下さい」

 驚いて旦那さんの顔を見た。何を思ってそんなことを言うのだろう。妻を他の男と同じ部屋で寝かせるなんて。

「俺、男ですよ」
「わかってます」

 旦那さんは静かに微笑みながら首肯した。

「僕では彼女を満足させられないから」

 この人は全部わかっているんだ。わかった上で俺を招き入れ、料理を振る舞い、奥さんと同じ部屋をあてがおうとしているんだ。

「どうして平気なんですか」
「平気なんかじゃありません。出会ったときから僕より彼女のほうが稼いでいました。僕が仕事を辞めて主夫になるのも、二人の間では当然の流れでした。僕はただ彼女に頑張ってもらいたくて家のことを一生懸命やっていただけなんですが、彼女の目にはなよなよした男らしくない男に見えていたみたいで、軽蔑されてしまいました」
「そんなこと!旦那さんは立派で素晴らしい主夫ですよ!」
「ありがとうございます。でも妻には魅力にかける、去勢された男に見えたようです。妻の相手をしてくれていたのは、君だったんですね」
「あっ、違います、俺じゃないです! 俺は今回初めて誘われたんで」
「俺は……今回初めて……」

 旦那さんが呟く。失言に気付いて俺は顔を顰めた。

「いや、あの」
「そうですか…妻は他にも何人かの男と…」

 旦那さんの顔から血の気が失われていく。気の毒で見ていられなくて、気付くと俺は旦那さんを抱きしめていた。

「あ、あの、立橋くん……?」
「一目惚れでした!俺、旦那さんのこと、好きです!」
「ちょっ、あっ……!」

 旦那さんを押し倒した。その拍子にソファからずりおちて、二人とも床に落ちた。
 手をついた両手の間に、驚いた顔の旦那さんがいる。混乱しているすきにキスした。

「んっ、やめっ……んんっ」
「声、出さないで下さい。部長が起きちゃいますよ」

 ハッとして旦那さんは声を殺した。それだけじゃない、暴れれば部長に気付かれると思ったのか、抵抗もおとなしくなった。
 服の下に手を潜り込ませて乳首を摘まんだ。ピクッと反応を見せる。たくしあげ、直に吸い付いた。

「ふっ、んっ……ぁっ……!」
「感じやすい体ですね」

 膝で旦那さんの股間をグリグリ押すと、それだけでそこは熱く硬くなった。

「いっ、やッ!アッ……!」
「シッ、静かに」
「んんっ、いやっ、やめ……!」

 できるだけ声を押し殺して「やめて」と訴えてくる。
 長年主夫として生きてきたせいなのか、もともとの性格なのか、怒鳴ったり殴ってやめさせないのは、部長の言うとおり、男らしさに欠けるところだった。
 今の俺には好都合だ。


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コメント
「いいでしょ奥さん、旦那より満足させますよ」的なものが書きたかったんです。昼下がりの団地妻的な。なので流されやすい旦那になりました。

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