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宇宙人の恋(2/4)

2020.11.02.Mon.
<1>

「最近、藍田くんの話聞かないけど、元気?」

 サークルの部室に顔を出したら、先に来ていた金吾が雑誌から顔をあげて言った。

「開口一番なんで藍田なんだ」
「いや、そのまんま。最近藍田くんの話聞かないなーって思ってる時に井上が来たから。喧嘩した?」
「新しい彼氏ができたらしい」
「大丈夫? 俺の勝手なイメージだけど、藍田くんて男見る目ないじゃん?」
「確かに」

 苦笑しつつ鞄をテーブルに下ろした。金吾は大学のサークルで知りあった創作仲間だ。大学の外でも会うようになり、そこに藍田が合流する日もあった。藍田は例のあっけらかんとした感じのまま、自分がゲイであることを初対面の金吾にも打ち明けた。最初こそ驚いた様子の金吾だったが、「前立腺オナニーにはまってた時があるんだけど、気持ちいいよね前立腺」と妙な話題で二人はすぐ打ち解けた。

 三人で飯に行ったときに藍田から恋愛の相談を受けることが度々あったので金吾も藍田がどういう恋愛をしてきたのかは知っている。

「久し振りに三人でご飯行こうよ。井上、藍田くんに連絡してよ」

 藍田とは二ヶ月近く会っていない。彼氏との時間を邪魔するのも悪いし、俺も原稿が完成しないから会いに行く用事もなく連絡さえしなかった。

「来るかわからないぞ」
「いいからいいから」

 金吾にせがまれ、「今日一緒に晩飯行かないか? 金吾が会いたがってる」と藍田にメールを送った。久し振りだからか、その指先が緊張した。

 返事を待つ間、金吾に原稿を読んでもらった。藍田に「頭大丈夫?」と心配された宇宙人の話を手直ししたものだ。読み終わった金吾は「結局二股ってこと?」と俺に原稿を返して言った。

「どうしてそうなる」
「モアイ像とセックスできないから地球の人間にマスかくのを手伝わせて、気持ち良くなったから寝るって二股以外のなんなんだよ」
「モアイ像への愛の純度を高めたつもりなんだが」
「不純度があがってるじゃん。初稿の一人でマスかいてたときのほうがよっぽど純度高めじゃん。生身の女が現れたらあっけなく陥落してるじゃん。男と人間の女の愛がテーマならいいけど、お前は男とモアイ像との愛がテーマのつもりなんだろ。これじゃ逆だろ」
「モアイ像とは決して結ばれることはないんだ。だいたい、ただの岩だしな」
「捨て鉢だな。高松さんのこと、諦めるつもりかよ」
「どうして高松さんが出てくるんだ」
「頭のなか宇宙の井上が立て続けに恋愛もの書いてくるって、高松さんの影響しかないじゃんよ。卒論どうですか、今度部室に顔出してくださいってメール送ってみたら? お前が行動しないと相手には何も伝わらないぞ」
「忙しいのに邪魔したくないし、高松さんとどうこうなりたいわけじゃない」
「のわりに、書いてる内容はエロじゃん」
「エロじゃない」

 原稿を鞄に仕舞った。四年生の高松さんはいままさに卒論制作真っ最中で部室に顔を出す暇もないらしい。知的で穏やかで目立つタイプではないが話をするととても楽しい女性だ。誰もが彼女に好感を持つ。恋心があることは認めるがそれだけだ。素敵な女性には誰だって好意を抱くものだろう。単なる憧れだ。

 ちょうどいいタイミングで俺のスマホがメールを受信した。

「藍田だ」

 メールを開く。金吾も画面を覗きこんできた。

『連絡ありがとう。でも今日はちょっと無理かな。いまバイト忙しくてさ。返事できないと思うから、悪いんだけどしばらくメールしてこないで。ほんとごめん』

 金吾と顔を見合わせた。

「これ、嫌な予感しない?」
「する」
「藍田くんのバイトってホテルだったよな。いまって繁忙期だっけ?」
「違う」

 顔を合わせたまま俺も金吾も黙り込む。

「念のため様子見に行ったほうがよくない?」

 頷いてから、合鍵を返したことを思い出した。途端に胸騒ぎがして、すごく不安な気持ちになった。

 ※ ※ ※

 バイトが終わる時間を待って藍田の部屋を訪ねてみた。明かりはついているのに電話をかけても繋がらない。合鍵がないのでチャイムを鳴らした。中から人の動く気配。しばらくして『何の用?』とインターフォンから藍田の声が聞こえた。

「開けてくれ」
「いまちょっと……あの、無理かな。風呂あがりで裸だから」
「お前の裸なんか今更だ。とりあえず開けてくれ。顔を見たら帰る」
「……ちょっと待って」

 しばらくして扉が開いた。チェーンをかけたまま、わずかな隙間から藍田が顔を覗かせる。なにかに怯えたような目で俺を見て力なく笑う。風呂上りだと言ったが服を着ているし、髪の毛も濡れていない。

「なんだよもう、急に。今日断ったから怒ってんの? 俺だって色々予定あんだから仕方ないっしょ。もう顔見たしいいだろ」

 閉めようとする扉を掴んで阻止した。藍田の怯えがはっきり俺に伝わってきた。

「なにがあった、藍田」
「なにもないよ」

 動揺して目が泳いでいる。あきらかに様子がおかしい。真顔に戻ったと思ったらいきなりビクンと肩を跳ねあがらせ、藍田は部屋の奥へ駆け戻った。かすかに聞こえた着信音がすぐ途切れ、藍田の話し声が聞こえてきた。

「亮くん、ごめん。ちょっとトイレに行ってて……ほんとだよ、もう家にいるよ。誰もいないってば。ほんとに俺一人……誰も家に入れてないってば。仕事終わってすぐ帰ってきたもん……」

 新しい彼氏からの電話らしい。本来嬉しいはずの電話なのに、藍田の声は何かを言い訳するような、懇願するような口調に聞こえる。

「そんなことできないよ……そんなの亮くんに悪いし……違うっ、嫌じゃない、一緒に暮らすのが嫌なんじゃなくて亮くんに悪いから……ほんとだってば。怒んないでよ、俺だって亮くんだけだよ、亮くんだけいてくれれば他の誰もいらないから……どうしたら信じてくれる? だから仕事は……仕事仲間だよ、好きになんないよ、色目なんか使ってない…………仕事辞めたら信じてくれるの? 亮くんがそんなに不安なら俺、仕事辞めるよ、それでいい?」

 頭に血が上る、というのはこういう感覚なのだろう。激しい怒りに頭のなかが一瞬で湯だったように熱くなった。目の前のチェーンを引きちぎって藍田からスマホを奪い取り、相手の男にふざけるなと怒鳴ってやりたい。

 相手の声なんか聞こえなくても亮という男が藍田になにを要求しているのかはだいたいわかる。嫉妬深く、藍田の行動に制限をかけ、束縛しているのだ。今日会えなかったのも男に禁止されているから、仕事が終わればまっすぐ帰宅し男からの電話にはすぐ出るよう言いつけられ、それでも藍田を信用しない男は仕事を辞めろとまで迫っている。

 とても見逃せるものじゃなかった。

 金吾の言う通り、本当に藍田は男を見る目がない。

 しばらくして部屋の中から声が聞こえなくなった。暗い顔の藍田が奥からやってきて、俺を見ると疲れた笑みを見せた。

「まだいたの? もう帰んなよ」
「合鍵は男に渡したのか?」
「渡してるけど」
「だったら今すぐ荷物をまとめて出て来い。俺の家に行くぞ」
「なっ、駄目だよ、亮くんに怒られる」
「そんな男とは別れろ。お前もわかってるはずだ」

 藍田は目を伏せた。既婚者に捨てられた時だってこんな顔はしなかった。あの時は怒りと復讐心でむしろ元気すぎて暴走したくらいだ。おとなしく家に閉じこもっているなんて藍田らしくない。学校でゲイがバレた時だってさっさと高校生活に見切りをつけて中退の道を選び、親から働くよう仄めかされたことも「いままで育ててくれただけで感謝してるし」と恨み言ひとつ言わなかった。そんな藍田が誰かの言いなりになって自分を犠牲にするなんて間違っている。

「でも亮くんは俺のことすごく好きだって言ってくれるんだ」
「好きならお前から自由を奪ってもいいのか」
「……別に俺、不自由だと思ってないし」
「そんな顔をしてるくせにか」

 ぐ、と泣きそうに顔を歪める。

「いいからここを開けろ。チェーン引きちぎるぞ」
「文系のもやし野郎には無理だって」

 泣き笑いの顔で言うと藍田は一旦扉を閉めてチェーンを外した。ゆっくり開く扉がじれったい。藍田は一歩下がった場所に立っていた。叱られた子供のような佇まいだ。髪をぐしゃぐしゃと掻き乱してやった。

「荷物まとめろ。行くぞ」

 部屋の奥へ進む。背中から「お節介野郎」と小さな声が聞こえた。

 ※ ※ ※

 藍田を家に連れ帰ることにして、電車を待つ駅のホームから金吾にも報告のメールを送っておいた。

 藍田はまた不安になったようで「亮くんに怒られる。やっぱり俺帰るよ」なんて言い出した。ちょっとやそっとじゃ亮からの呪縛は解けないらしい。

「俺ほんと大丈夫だから。亮くんにも嫌なことは嫌だってはっきり言うし。だから今日は帰るよ」
「駄目だ。そんなこと言ったらお前の彼氏は逆上してなにをするかわからないだろ。なおさら帰せない」
「ほんと大丈夫だって……井上に迷惑もかけらんないし」
「お前を一人にはしておけない」

 怯えと迷いが混在する目がじっと俺を見る。自殺を心配して藍田の家まで様子を見に行った高校の頃を思い出した。

「またあの時みたいにキスすれば俺と来てくれるか?」

 藍田も思い出したのか、ふっと笑う。

「ここで? できるの?」
「できる。すればいいのか?」

 藍田の両腕を掴んで顔を近づけた。驚いた様子で藍田は顔を背けて、「キスだけじゃ嫌だ」と呟く。

「おいまさか」
「一回も二回も同じじゃん。もちろん嫌ならいいよ。好きな子いるんだし、無理しなくていいよ」

 どこかいじけたように言う。これも一種の自傷行為なのだろう。好きでもない男と寝て亮のことは考えないようにしたいのだ。

「わかった。お前の言う通り一回も二回もかわらないしな」
「えっ、本気かよ」
「別に減るもんでもない」

 藍田の腕を掴んで改札を出た。来る途中に見たビジネスホテルへ引き返した。



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コメント
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お返事
はるりん様

藍田くんは本命以外は割と誰でも良いという人なのでダメンズと付き合いがちですw
ダメンズにはまる人って、創作上ではなんかかわいげがあるなーと思います。
ダメンズにもダメンズの良さが。ダメな奴ほど痛い目見せたい、みたいな。BLは捨てるとこなしです!エコ!
今回は井上くんが体はって目を覚まさせますのでぜひ読んでやってください!^^

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