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OVERDOSE (9/9)

2020.09.26.Sat.

 陣内が俺の部屋に転がり込んできてから10日目。今日も食事のあと2人で酒を飲んだ。

 なぜか今日はどれだけ飲んでも酔うことができない。

 ソファに座る陣内が動くたび、Tシャツの袖から覗く太い腕や脚を横目に盗み見た。意識ははっきりしている。だが、アルコールがまわっているのも確かだ。ぜんぜんタイプじゃない男をツマミに酒が飲めるのだから。

「ピッチ早いぞ」

 陣内が笑いながら言う。いま陣内が飲んでいるのはオレンジブロッサム。ピーナッツチョコをつまみながら飲むのだからどんな舌をしているのかと思う。

「ぜんぜん酔ってなんかないんだよ」
「そのわりに顔が赤いぞ」
「酔いたいのに、酔えない」
「にしても飲みすぎだ」

 俺の手からグラスを取り上げた。俺が取り返そうとするとグラスを高く掲げる。その手に追い縋った。バランスを崩して陣内の足に手をつく。陣内が咽喉を鳴らして笑った。

「酔っ払い。もうやめておけ」

 陣内の足についた手をはなすことができない。体を伸ばして顔を近づけ、目を覗きこんだ。

「俺、酔ってると思う?」
「俺にはそう見える」
「じゃあ、キスしていいだろ」
「誘ってるのか?」

  陣内の目。からかうように俺を見ている。本気じゃない。

「あんたの顔見てるとまじで間違い犯しそうになる。俺から離れてたほうがいいぜ」

 そう言ってはなれて行ったのは陣内のほうだった。窓際に立って外の景色を見る。しばらくして、

「煙草、吸ってくる」

 と部屋から出て行った。それきり、陣内は戻ってこなかった。

※ ※ ※

 それから二ヶ月ぶりに姿をあらわした陣内は今、ベッドにうつ伏せになってホラー映画を見ている。

「来るぞ、来るぞ」

 手で顔を覆い隠し、指の隙間から画面を見ている。そんなに苦手なら借りてこなければいいのにと思うが、そんな陣内の動作はかわいくてつい顔が綻んだ。

 煙草を吸いに行くと出て行ったきり戻ってこなかったわけを陣内は一言も話さない。本当にただ煙草を吸って、そのついでにレンタルショップに寄ってきた、そんなふうに振舞う。陣内らしいと言えば、らしい。俺もそうされることが嬉しい。俺は人に振り回されてペースを乱されることが嫌いなのに、陣内だけは特別だった。

「この前、ヒシの知り合いって子が来たんだ」
「へえ」

 陣内はテレビ画面から目をはなさず、上の空の生返事を返してきた。隣に座る俺はそんな陣内を見つめた。

「バイって子でね、好きな子に手が出せないからって俺をそのかわりに扱うんだ。まだ高校生なのにいい根性してるだろ」
「相手してやったのか」

 テレビ画面を見ながら言う陣内の声はまったく変化がなく、平坦なものだった。

「ま、ね。ちょっと意地悪もしたけど。わりと好みだったから気に入ってる。振られたけどね」

 陣内が俺を見た。頬杖をついてニヤニヤ笑っている。

「なにを笑ってるんだ」
「俺にヤキモチ焼かせたいのか?」

 ニヤついた顔のまま言う。図星を指されてカッと顔が熱くなった。

「なに、馬鹿なこと」
「あんたが俺に惚れてるのは知ってる。そんな話したら俺が妬くとでも思ったのか? 期待を裏切って悪いけどそれはないな」
「誰がジンなんか」
「隠すなよ、北野さん」

 体を起こした陣内は、自信たっぷりの笑みを浮かべながら俺の顔を覗きこんだ。

「俺としたいんだろ。俺に抱かれたいって思ってる、違うか」
「そん、そんなこと思うもんか。第一俺はウケじゃない」
「キスしてやろうか?」

 そう言う陣内の唇に目がいった。思考が停止する。目が離せない。

「酔ってるんじゃないのか」
「どうしてほしい。俺の気がかわらないうちに言ったほうがいいぜ」

 息がかかるほど顔が近い。陣内の黒い目に引き寄せられるように顔を近づけた。軽く唇が触れる。陣内が俺の手を掴んだ。強い力。

「あんたがどこの誰と何をしようが俺は構わない。ただし、心は誰にもやるなよ、あんたは俺のものなんだから。この拳もいつか俺のために使ってもらう」
「あっ」

 ベッドに押し倒された。口を塞がれ、乱暴にキスされる。押し返そうとした手を掴まれ、ベッドに磔にされた。舌が入ってきて俺の口の中を犯す。頭がクラクラする。本気で抵抗なんて出来ない。体に力が入らない。これは俺が心の底で望んでいたことだ。

 口をはなして陣内が俺を見る。いつも通り、一切感情が揺れていない目。そんな冷静な目で俺を見ないでくれ。

「あんたは俺のものだ、いいな」
「君は俺のものになってくれるのか」

 喘ぐように言った俺の言葉を陣内は鼻で笑い飛ばした。

「あんたにやれるものは何もない。あんたが俺に全てを差し出すだけだ」

 陣内の人差し指が、俺の胸、心臓に突きたてられた。

 俺を利用するだけだと言いきる非道な陣内の言葉。それなのに抗うことが出来ない。それほどまでに自分は陣内に惹かれていたのかと自覚する。心もくれない、抱いてもくれないなんて、

「ずいぶん勝手なことを言うんだな。俺にはいい事なんてないじゃないか」
「俺とこうやって酒が飲めるぞ。たまにはキスくらいしてやる」

 なんて言い草だろう。怒りを通り越して笑えて来た。

「それは光栄なことだね」

 皮肉をこめて言う。

「さしあたって俺は何をすればいいのかな」
「とりあえず酒のおかわりを作ってくれ。そのあと一緒に映画を見る。明日は散髪をしてもらおう」

  陣内が俺の上から退いたので俺も体を起こして座りなおした。

 この男は全て自分の思い通りになると思っている。玄関のチャイムを鳴らせば扉が開くと思っているように、俺が陣内の言葉を呑むと信じて疑わない。

 そして悔しいがそれは当たっている。俺の心を知っていて、俺の願望も見透かした上で、あんな残酷で非情なことを言うのだ。 それなのに心臓がきりきりと締め付けられる。 言われなくても、俺の心はとっくに陣内のものだった。

 以前ロンに『プラトニックなんて考えられない』そう言った自分がまさかそんな恋に身を甘んじることになるなんて思いもしなかった。

 注文されたカクテルを作り陣内に渡した。陣内は再びうつ伏せになって映画を見た。グロいシーンに顔を歪める。もうさっきの俺とのやりとりを忘れてしまったかのようだ。

 何もくれないのに全てを差し出せという我儘で傲慢な男。そんな男に惚れてしまった以上、望むなら命だってくれてやる。


(初出2008年)
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