OVERDOSE (8/9)
2020.09.25.Fri.
<1→2→3→4→5→6→7>
年が開けた。店を一週間休みにし、家にこもってぐうたら過ごした。店をオープンしてからほとんど休みなしで働いてきたのだ、正月くらいいいだろう。
しかし五日目になると退屈で死にそうになり、営業再開を待ってジムで汗を流した。
寒い夜。まっすぐ帰る気もしない。陣内の顔が浮かんだ。きっと忙しくて会えないだろう。
そんなことを考える自分に顔を顰める。連絡ひとつ寄越さない薄情な男のことをいつまで女々しく思い出しているんだ俺は。
酒を買って家に戻った。一人で飲んで酔っ払って眠った。陣内の夢を見た気がする。
~ ~ ~
仕事をし、買い物に出かけ、たまにジムに行く。こんな繰り返しで日が経ち、春になった。
その間に陣内から一度電話があった。そのうち髪を切りにそっちに行く、という内容だったが、いまだに来ていない。俺も期待せずに待つ。
今日は朝から一人、予約が入っていた。カラーリングとカット。客の要望を聞いてカットしている時だった。突然インターフォンが鳴った。今日はこのあと予約は入っていない。客に断りを入れ、誰だろうと玄関の戸を開けた。驚いたことに陣内が立っていた。
「悪いな、北野さん、邪魔するよ」
呆気に取られる俺を押しのけ中に入って来る。陣内は白い三角帯で腕を吊っていた。
「客がいたのか。わけはあとで説明する」
そう言って寝室に入り戸を閉めた。いったい何があったんだ。久し振りに顔を見たと思ったら腕に包帯を巻いていてひどく動揺した。
気持ちを切り替え、客の施術を済ませて帰した。急いで寝室へ向かう。
陣内は三角帯を外し、ベッドに座ってテレビを見ていた。戸口に立つ俺を見てバツの悪そうな顔で笑う。
「悪かったな、急に押しかけて」
「そんなことよりその腕、どうした」
右手の肘から上、白い包帯が肩まで巻かれている。
「ちょっと撃たれた。かすっただけだからたいしたことはない」
撃たれただって?
「う、撃たれたって、誰に」
「なに、知り合いのやくざ同士の抗争にちょっと巻き込まれただけだ」
ちょっと巻き込まれただけって笑って言うことじゃない。普通22、3歳の青年が出くわす場面じゃないだろう。こいつ、どんな危ない付き合いをしているんだ。
俺は血の気が引いていくのを感じた。何も言えずに黙って立っている俺を見て陣内が薄く笑う。
「俺が怖いか」
「馬鹿言うな、君を怖いと思うわけないだろ。突然やって来て撃たれたなんて平気な顔して言うお前に頭に来てるだけだ!」
陣内に背を向け口を押さえた。その手が震えている。少しずれていたらこいつは死んでいたかもしれない。俺の知らない場所で、知らない間に。今回はたまたま運が良かっただけ……そう思うと恐ろしさから体が震えてきた。
背後で陣内が立ち上がった気配がした。足音が近づいて来る。俺の肩に陣内の手が置かれた。大きく、熱い。
「震えてるな」
「死んでたかもしれないんだぞ」
「心配してくれるのか」
「当たり前だろ」
「俺は運がいいんだ。弾は俺を避けて通る。だから俺は死なねえよ」
馬鹿なことを言う。でも、本当にそうであって欲しいと思う。
「右手が使いにくくて色々不便なんだ。しばらく頼むぜ、北野さん」
「え、頼むって?」
陣内の言葉に驚いて振りかえった。
「しばらく世話になる」
「ど、どうして俺が。世話をしたがる女も、君を慕う男の子も、たくさんいるだろう」
「こんな情けない姿見せられねえよ。あんたには一度気を失うまでボコボコにされてるからな」
と悪戯っぽく笑う。俺には情けない姿を見せてもいいというのか。急にやって来て驚いたが、俺を頼ってくれたことは嬉しかった。
「ずいぶん前に、君には迷惑をかけたからね、喜んで世話をさせてもらうよ。撃たれたのはいつ?」
「一昨日」
「一昨日? つい最近じゃないか。 まだ痛むんじゃないか?」
「それほどでもない。それより北野さん、何か甘いものないか」
やってきて早々に甘い物を欲しがるなんて甘党の陣内らしい。呆れつつ、これから陣内に必要な身の回りのものを考えた。
「ちょうど午後は暇だから買い物に行って来るよ。他に必要なものも揃えなくちゃならないし。ジン、留守番頼む。誰か来ても出なくていいから」
少し心配だったが陣内を一人残して買い物へ出かけた。車に乗り込みエンジンをかける。ステアリングを握る手に力が入らない。
陣内がどんな仕事をしているのか、どんな人間と付き合いがあるのか俺は知らない、知りたくもない。陣内のほうも、俺には具体的な話は何もしてこない。する必要がないと思っているのか故意にしないのかはわからないが、聞いてしまったら最後、陣内とこうして付き合って行く事が出来なくなるような気がする。だから何も聞かないほうがいい。
ぐっと手を握り締めてから車を出した。俺はあいつを失うのが怖い。
その日、陣内は寝室にこもってずっとテレビのニュース番組を見ていた。時々電話をかけた 。早口にまくしたてるように話したり、別の誰かには丁寧な口調で話したり、いろんな顔を使い分けていた。
食事のあとに、陣内は医者から処方された薬を数種類飲んだ。そのあと風呂に入る、というのを止め、タオルで体を拭いてやった。体温が高い。
「熱があるんじゃないか」
「どってことない」
と取り合わない。つくづくタフな男だ。
夜、ベッドで一緒に眠った。ダブルベッドではやはり狭い。疲れていたのか陣内はすぐに眠った。
俺はなかなか寝つけそうになかった。俺のすぐ隣には下着一枚の陣内が無防備な寝顔を晒している。近くに寄ると陣内の体臭がかすかに香る。いかにも雄らしい匂いだ。頭が痺れたような感覚になる。
陣内はどういうつもりで俺と同じベッドで寝ているんだろう。俺がゲイだということを忘れたのだろうか。陣内のことはタイプじゃないと言ったから俺が手出ししないと安心しているのか。
寝顔を見ているとだんだん恨めしくなってきた。
~ ~ ~
陣内がやってきて一週間が経った。
抉られ、火傷を負ったようにただれていた傷口は相変わらず膿んでいたが、周辺の組織は再生を始めていて一安心というところだった。
手も動かせるようになり、熱も下がった陣内は部屋にこもっていられなくなったのか外に出かける日もあった。今日は朝から出かけ、夕方、酒を買って帰ってきた。
「あんた、ビーフィーター好きだろ」
と、テーブルにビーフィータージンを置いた。他にアイス、ピーナッツチョコ、シュークリーム。甘いものばかりで見ていてげんなりする。
陣内はその中からアイスを選んで食べ始めた。食べながら、夕食を作る俺の手許を覗き込む。
「北野さん、料理上手いよな」
と嬉しいことを言う。誰かに作って食べさせることなんてなかったから不安だったが、陣内は本当に旨そうに食べてくれるので作り甲斐がある。今日は陣内のリクエストで天ぷらだ。初めてだったが見よう見まねでなんとかなるもんだ。
揚がったさつまいもを陣内が摘まみ食いした。
「あつっ」
「馬鹿、熱いに決まってるだろ」
笑って陣内を見た。熱そうに、ちびちび食べている陣内を見てはっとなる。撃たれた右手は包帯を外し大きい絆創膏を貼っただけ。不自由な様子はまったくない。もう傷はなんともないのだろうか。顔から笑みが引っ込んだ。もうすぐ陣内はこの部屋を出て行くだろう。それも近いうちに。
「舌、火傷した」
陣内はアイスを口に入れて舌を冷やした。子供のような一面。腕には銃創があるのに、そのギャップが不思議な感じだ。
「俺にも一口」
口を開けて待つ。陣内が俺の口にアイスを入れた。俺の苦手な甘いバニラ味。舐めていたら陣内にキスしたくなってきた。
「あんた、甘いの苦手じゃなかったか」
「バニラアイスだけは別なんだ」
嘘をついて前に向きなおった。唇を舐める。 陣内に見られているだけで勃ってしまいそうだった。体が熱い。そばに陣内がいるだけで呼吸が乱れる。
「飯の前にシャワー浴びてきたら」
「そうするか」
アイスを食べ終わった陣内は風呂場へ消えた。俺は料理をいったん中断し、寝室で自慰に耽った。陣内とセックスしたい。この日はっきりそう自覚した。
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年が開けた。店を一週間休みにし、家にこもってぐうたら過ごした。店をオープンしてからほとんど休みなしで働いてきたのだ、正月くらいいいだろう。
しかし五日目になると退屈で死にそうになり、営業再開を待ってジムで汗を流した。
寒い夜。まっすぐ帰る気もしない。陣内の顔が浮かんだ。きっと忙しくて会えないだろう。
そんなことを考える自分に顔を顰める。連絡ひとつ寄越さない薄情な男のことをいつまで女々しく思い出しているんだ俺は。
酒を買って家に戻った。一人で飲んで酔っ払って眠った。陣内の夢を見た気がする。
~ ~ ~
仕事をし、買い物に出かけ、たまにジムに行く。こんな繰り返しで日が経ち、春になった。
その間に陣内から一度電話があった。そのうち髪を切りにそっちに行く、という内容だったが、いまだに来ていない。俺も期待せずに待つ。
今日は朝から一人、予約が入っていた。カラーリングとカット。客の要望を聞いてカットしている時だった。突然インターフォンが鳴った。今日はこのあと予約は入っていない。客に断りを入れ、誰だろうと玄関の戸を開けた。驚いたことに陣内が立っていた。
「悪いな、北野さん、邪魔するよ」
呆気に取られる俺を押しのけ中に入って来る。陣内は白い三角帯で腕を吊っていた。
「客がいたのか。わけはあとで説明する」
そう言って寝室に入り戸を閉めた。いったい何があったんだ。久し振りに顔を見たと思ったら腕に包帯を巻いていてひどく動揺した。
気持ちを切り替え、客の施術を済ませて帰した。急いで寝室へ向かう。
陣内は三角帯を外し、ベッドに座ってテレビを見ていた。戸口に立つ俺を見てバツの悪そうな顔で笑う。
「悪かったな、急に押しかけて」
「そんなことよりその腕、どうした」
右手の肘から上、白い包帯が肩まで巻かれている。
「ちょっと撃たれた。かすっただけだからたいしたことはない」
撃たれただって?
「う、撃たれたって、誰に」
「なに、知り合いのやくざ同士の抗争にちょっと巻き込まれただけだ」
ちょっと巻き込まれただけって笑って言うことじゃない。普通22、3歳の青年が出くわす場面じゃないだろう。こいつ、どんな危ない付き合いをしているんだ。
俺は血の気が引いていくのを感じた。何も言えずに黙って立っている俺を見て陣内が薄く笑う。
「俺が怖いか」
「馬鹿言うな、君を怖いと思うわけないだろ。突然やって来て撃たれたなんて平気な顔して言うお前に頭に来てるだけだ!」
陣内に背を向け口を押さえた。その手が震えている。少しずれていたらこいつは死んでいたかもしれない。俺の知らない場所で、知らない間に。今回はたまたま運が良かっただけ……そう思うと恐ろしさから体が震えてきた。
背後で陣内が立ち上がった気配がした。足音が近づいて来る。俺の肩に陣内の手が置かれた。大きく、熱い。
「震えてるな」
「死んでたかもしれないんだぞ」
「心配してくれるのか」
「当たり前だろ」
「俺は運がいいんだ。弾は俺を避けて通る。だから俺は死なねえよ」
馬鹿なことを言う。でも、本当にそうであって欲しいと思う。
「右手が使いにくくて色々不便なんだ。しばらく頼むぜ、北野さん」
「え、頼むって?」
陣内の言葉に驚いて振りかえった。
「しばらく世話になる」
「ど、どうして俺が。世話をしたがる女も、君を慕う男の子も、たくさんいるだろう」
「こんな情けない姿見せられねえよ。あんたには一度気を失うまでボコボコにされてるからな」
と悪戯っぽく笑う。俺には情けない姿を見せてもいいというのか。急にやって来て驚いたが、俺を頼ってくれたことは嬉しかった。
「ずいぶん前に、君には迷惑をかけたからね、喜んで世話をさせてもらうよ。撃たれたのはいつ?」
「一昨日」
「一昨日? つい最近じゃないか。 まだ痛むんじゃないか?」
「それほどでもない。それより北野さん、何か甘いものないか」
やってきて早々に甘い物を欲しがるなんて甘党の陣内らしい。呆れつつ、これから陣内に必要な身の回りのものを考えた。
「ちょうど午後は暇だから買い物に行って来るよ。他に必要なものも揃えなくちゃならないし。ジン、留守番頼む。誰か来ても出なくていいから」
少し心配だったが陣内を一人残して買い物へ出かけた。車に乗り込みエンジンをかける。ステアリングを握る手に力が入らない。
陣内がどんな仕事をしているのか、どんな人間と付き合いがあるのか俺は知らない、知りたくもない。陣内のほうも、俺には具体的な話は何もしてこない。する必要がないと思っているのか故意にしないのかはわからないが、聞いてしまったら最後、陣内とこうして付き合って行く事が出来なくなるような気がする。だから何も聞かないほうがいい。
ぐっと手を握り締めてから車を出した。俺はあいつを失うのが怖い。
その日、陣内は寝室にこもってずっとテレビのニュース番組を見ていた。時々電話をかけた 。早口にまくしたてるように話したり、別の誰かには丁寧な口調で話したり、いろんな顔を使い分けていた。
食事のあとに、陣内は医者から処方された薬を数種類飲んだ。そのあと風呂に入る、というのを止め、タオルで体を拭いてやった。体温が高い。
「熱があるんじゃないか」
「どってことない」
と取り合わない。つくづくタフな男だ。
夜、ベッドで一緒に眠った。ダブルベッドではやはり狭い。疲れていたのか陣内はすぐに眠った。
俺はなかなか寝つけそうになかった。俺のすぐ隣には下着一枚の陣内が無防備な寝顔を晒している。近くに寄ると陣内の体臭がかすかに香る。いかにも雄らしい匂いだ。頭が痺れたような感覚になる。
陣内はどういうつもりで俺と同じベッドで寝ているんだろう。俺がゲイだということを忘れたのだろうか。陣内のことはタイプじゃないと言ったから俺が手出ししないと安心しているのか。
寝顔を見ているとだんだん恨めしくなってきた。
~ ~ ~
陣内がやってきて一週間が経った。
抉られ、火傷を負ったようにただれていた傷口は相変わらず膿んでいたが、周辺の組織は再生を始めていて一安心というところだった。
手も動かせるようになり、熱も下がった陣内は部屋にこもっていられなくなったのか外に出かける日もあった。今日は朝から出かけ、夕方、酒を買って帰ってきた。
「あんた、ビーフィーター好きだろ」
と、テーブルにビーフィータージンを置いた。他にアイス、ピーナッツチョコ、シュークリーム。甘いものばかりで見ていてげんなりする。
陣内はその中からアイスを選んで食べ始めた。食べながら、夕食を作る俺の手許を覗き込む。
「北野さん、料理上手いよな」
と嬉しいことを言う。誰かに作って食べさせることなんてなかったから不安だったが、陣内は本当に旨そうに食べてくれるので作り甲斐がある。今日は陣内のリクエストで天ぷらだ。初めてだったが見よう見まねでなんとかなるもんだ。
揚がったさつまいもを陣内が摘まみ食いした。
「あつっ」
「馬鹿、熱いに決まってるだろ」
笑って陣内を見た。熱そうに、ちびちび食べている陣内を見てはっとなる。撃たれた右手は包帯を外し大きい絆創膏を貼っただけ。不自由な様子はまったくない。もう傷はなんともないのだろうか。顔から笑みが引っ込んだ。もうすぐ陣内はこの部屋を出て行くだろう。それも近いうちに。
「舌、火傷した」
陣内はアイスを口に入れて舌を冷やした。子供のような一面。腕には銃創があるのに、そのギャップが不思議な感じだ。
「俺にも一口」
口を開けて待つ。陣内が俺の口にアイスを入れた。俺の苦手な甘いバニラ味。舐めていたら陣内にキスしたくなってきた。
「あんた、甘いの苦手じゃなかったか」
「バニラアイスだけは別なんだ」
嘘をついて前に向きなおった。唇を舐める。 陣内に見られているだけで勃ってしまいそうだった。体が熱い。そばに陣内がいるだけで呼吸が乱れる。
「飯の前にシャワー浴びてきたら」
「そうするか」
アイスを食べ終わった陣内は風呂場へ消えた。俺は料理をいったん中断し、寝室で自慰に耽った。陣内とセックスしたい。この日はっきりそう自覚した。
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