OVERDOSE (7/9)
2020.09.24.Thu.
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10月1日。鉄雄の店がオープンする日だ。鉄雄はわりと好みの男だし、陣内も来るかもしれないから出かけることにした。
濃紺のスカジャンを羽織ってきたが、夜になると急に冷え込んで肌寒い。鉄雄の店が駅から遠ければ帰っていたかもしれない。
扉をあけると喧騒と熱気が顔を撫でた。今日オープンの店の中は客でひしめきあっていた。みんな顔見知りなのだろう、笑いが溢れている。
店のカウンターに座るヒシが、戸口に立つ俺に気付いて手をあげた。
「北野さん、こっち!」
その声に急に店内が静かになった。みんなの視線が俺に集まる。なんだ?
店の一番奥の席に案内された。
「わざわざ来てもらってすみません」
鉄雄が小さく頭をさげる。
「開店おめでとう」
「ありがとうございます。まだ見習いですけどね」
そういえば店の名義は鉄雄の父親だとヒシが言っていたっけ。確かにまだ20歳そこそこの鉄雄が一人で店を開けるはずはない。
「それより、なんでみんな俺を見るのかな」
ひそひそと耳打ちしあって俺を見ている。あまり気分のいいものではない。
「そりゃあそうですよ」
ヒシが隣に座って言った。
「北野さんは、あの陣内さんを足に使った人ですからね」
「足?」
「このまえ陣内さんに迎えに来させたでしょう。俺らがそんなことしたらただじゃ済みませんよ。病院送りですもん」
あの酔った日のことか。俺は随分命知らずなことをしたんだな。ボスを足に使った俺をみんなは見ていたわけか。
「あの日は俺も酔っていたからね」
言い訳するように言った。
「それで、ジンは来てるのか?」
「ついさっき帰りました。忙しいらしくて、いたのは一時間くらいです」
と、鉄雄が言う。入れ違いか。つくづく俺とは相性が悪いらしい。
「北野さん、何か飲みますか」
「そうだな、じゃあ、ジンバックを頼むよ」
「わかりました」
次第に店に喧騒が戻っていく。ほっとした。あんなふうに注目されていたら酒が飲みにくくて仕方がない。陣内はいつもこの注目の中にいるのか。よく息が詰まらないものだ。あれは生まれついて人の上に立つ人間なのだろう。
「鉄雄、あんまり北野さんに酒飲ますなよ、この人酔うとキス魔になるからな」
ヒシの言葉を聞いて赤くなってしまった。そういえば、ヒシにもキスしたことがあったっけ。
この前酔って陣内に迎えに来てもらった時も、我慢出来ずに陣内にキスをした。きっと陣内は俺が酔っ払ってキスしただけだと思っているだろう。確かに酔ってはいたけれど、あれは確信を持ってしたキスだった。酒の力を借りたとは言え、ずいぶん大胆なことをしたものだ。陣内もよく怒らなかったなと今更ながら思う。
陣内を慕う連中が俺のまわりにやってきて話しかけてきた。陣内とはどういう知り合いなのかと聞かれ返答に困った。とりあえず同じジムに通っていたと話した。
ヒシが余計なことを言った。俺がジムにやってきた陣内をのしたことを話したのだ。あれはもうだいぶ前の話。今の陣内をKOできる自信はない。それでも話を聞いた連中はそれを真に受け、驚きと尊敬の目で見てくる。俺のガラじゃなくて面映ゆい。
俺が美容師だと知ると店に行ってもいいかと言う。断る理由もないからOKした。また陣内のおかげで客が増えた。
その後、陣内の武勇伝のような話を延々聞かされた。みんなが一度は陣内の世話になっているようだった。そして彼を心から尊敬し慕っているのが感じられた。陣内が褒められると俺まで嬉しかった。
清宮さんが好きすぎる
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10月1日。鉄雄の店がオープンする日だ。鉄雄はわりと好みの男だし、陣内も来るかもしれないから出かけることにした。
濃紺のスカジャンを羽織ってきたが、夜になると急に冷え込んで肌寒い。鉄雄の店が駅から遠ければ帰っていたかもしれない。
扉をあけると喧騒と熱気が顔を撫でた。今日オープンの店の中は客でひしめきあっていた。みんな顔見知りなのだろう、笑いが溢れている。
店のカウンターに座るヒシが、戸口に立つ俺に気付いて手をあげた。
「北野さん、こっち!」
その声に急に店内が静かになった。みんなの視線が俺に集まる。なんだ?
店の一番奥の席に案内された。
「わざわざ来てもらってすみません」
鉄雄が小さく頭をさげる。
「開店おめでとう」
「ありがとうございます。まだ見習いですけどね」
そういえば店の名義は鉄雄の父親だとヒシが言っていたっけ。確かにまだ20歳そこそこの鉄雄が一人で店を開けるはずはない。
「それより、なんでみんな俺を見るのかな」
ひそひそと耳打ちしあって俺を見ている。あまり気分のいいものではない。
「そりゃあそうですよ」
ヒシが隣に座って言った。
「北野さんは、あの陣内さんを足に使った人ですからね」
「足?」
「このまえ陣内さんに迎えに来させたでしょう。俺らがそんなことしたらただじゃ済みませんよ。病院送りですもん」
あの酔った日のことか。俺は随分命知らずなことをしたんだな。ボスを足に使った俺をみんなは見ていたわけか。
「あの日は俺も酔っていたからね」
言い訳するように言った。
「それで、ジンは来てるのか?」
「ついさっき帰りました。忙しいらしくて、いたのは一時間くらいです」
と、鉄雄が言う。入れ違いか。つくづく俺とは相性が悪いらしい。
「北野さん、何か飲みますか」
「そうだな、じゃあ、ジンバックを頼むよ」
「わかりました」
次第に店に喧騒が戻っていく。ほっとした。あんなふうに注目されていたら酒が飲みにくくて仕方がない。陣内はいつもこの注目の中にいるのか。よく息が詰まらないものだ。あれは生まれついて人の上に立つ人間なのだろう。
「鉄雄、あんまり北野さんに酒飲ますなよ、この人酔うとキス魔になるからな」
ヒシの言葉を聞いて赤くなってしまった。そういえば、ヒシにもキスしたことがあったっけ。
この前酔って陣内に迎えに来てもらった時も、我慢出来ずに陣内にキスをした。きっと陣内は俺が酔っ払ってキスしただけだと思っているだろう。確かに酔ってはいたけれど、あれは確信を持ってしたキスだった。酒の力を借りたとは言え、ずいぶん大胆なことをしたものだ。陣内もよく怒らなかったなと今更ながら思う。
陣内を慕う連中が俺のまわりにやってきて話しかけてきた。陣内とはどういう知り合いなのかと聞かれ返答に困った。とりあえず同じジムに通っていたと話した。
ヒシが余計なことを言った。俺がジムにやってきた陣内をのしたことを話したのだ。あれはもうだいぶ前の話。今の陣内をKOできる自信はない。それでも話を聞いた連中はそれを真に受け、驚きと尊敬の目で見てくる。俺のガラじゃなくて面映ゆい。
俺が美容師だと知ると店に行ってもいいかと言う。断る理由もないからOKした。また陣内のおかげで客が増えた。
その後、陣内の武勇伝のような話を延々聞かされた。みんなが一度は陣内の世話になっているようだった。そして彼を心から尊敬し慕っているのが感じられた。陣内が褒められると俺まで嬉しかった。
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