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OVERDOSE (5/9)

2020.09.22.Tue.


 夏になった。

 ようやくジムで陣内をつかまえることができた。俺より先にジムに来ていた陣内は少し痩せたように見える。よほど忙しいようだ。やってきた俺を見つけ「よ、北野さん」とグローブをはめた手をあげた。

「店のほうはどうだ?」
「おかげでなんとかやってるよ。君にはあらためて礼がしたいんだ、このあと飯に行かないか」
「礼を言われるようなことはしてねえよ。俺がしたのは人を紹介しただけだからな。今も客が絶えないってことは、あんたの腕が良かったってことだろ。今度俺の髪も切ってもらおうかな」
「君ならいつでも」

 陣内はいつもの人懐っこい笑みを浮かべた。その笑顔が今日はやけに眩しく見えた。

 練習が終わった20時、陣内とシャワー室で一緒になった。

「北野さん、出身どこだ?」

 シャワーを浴びながら陣内が言う。

「東京だけど?」
「なんだ。色が白いからさ、上のほうなのかと思った」

 気にしていることを。俺は日にあたっても赤くなるだけでなかなか焼けない。 陣内はもうすでに日焼けして小麦色。

 俺は細身の綺麗系な男が好きだが、陣内を見ているとガチ系が好きな男の気持ちが少しわかるような気がする。

 今日はなぜかチラチラ陣内を目で追ってしまう。慌てて視線を正面に戻しシャワーを浴びた。ありえない。こいつは全然俺のタイプなんかじゃない。

 先に着替えをすませ、ジムのベンチに座って会社帰りにやって来た練習生と世間話をしながら、陣内が更衣室から出てくるのを待った。

 更衣室から出てきた陣内を見て驚いた。今日は珍しくスーツ姿だった。 ダークスーツに身を包んだ陣内はどうみても21歳には見えず、また堅気の会社員にも見えなかった。圧倒される色気を放って、本人はその自覚なしに俺に笑いかけてくる。

「今日は昼間に人と会ってたからこんな格好なんだよ。久し振りにネクタイなんて結んだぜ」

 スーツのポケットからネクタイの端が垂れているのが見えた。一度それを締めた姿を見てみたい。きっと似合うだろう。

 ワイシャツが胸の筋肉に押し上げられ、上二つのボタンを外した隙間からは地肌が見える。思わず目を奪われた。

「行こうか」

 陣内が俺の肩を抱いて歩き出した。普段通りの接触なのにドキリとする。こいつのボディタッチは誰彼構わず日常茶飯事だ。深い意味なんてない。年下の、しかもタイプでもない男にときめいたなんて認めたくない。

 スーツの陣内と並ぶと、ラフなTシャツ姿の俺はかなり浮いて見えることだろう。しかも頭は金髪。目はブルー。変な組み合わせだ。

「俺、しばらくジムには顔出せそうにないんだ」

 道を歩きながら陣内が言った。

「どうして」
「仕事が忙しくなってきてな、暇がないんだよ。だから今日、会長のおっさんにしばらく休むって言って来た」
「そんな」

 言葉に詰まった。陣内に会えなくなる、そう思うと寂しさが込み上げてきた。電話してもなかなか会うことが出来ないのに、これじゃますます疎遠になる。

「のし上がるためだ、仕方ねえよ。どこだって中間管理職が一番仕事がきついだろ、それと同じだ」

 いったいどんな仕事をしているんだ。咽喉まででかかった言葉を飲みこんだ。今まで陣内が自分の仕事について何かを明言したことはない。聞いてもはぐらかされるような気がした。

「いつでもジムに顔だせよ」
「ああ、あんたに負けたままじゃ癪だしな。いつかリベンジに行くよ」

  今のこいつとやりあったら俺でも勝てるかわからない。重くて威力のあるパンチ、タフなスタミナ、それに今までの練習でガード、フットワークなどの基礎もしっかり身について、 同じ階級の練習生の中ではこいつが一番強い。

「俺は店にいるから、カットして欲しくなったら来いよ」
「そうするよ。あ、悪い」

 携帯の着信音。陣内はポケットから携帯を取り出し、電話に出た。

「陣内です……はい……ええ。だったら俺から言ってみましょう、あいつには貸しがありますから。……わかりました、では今すぐそちらに向かいます」

 通話を切って携帯をポケットに仕舞う。俺に向きなおった陣内が口を開く前に、

「用事が出来たみたいだな、俺のことはいいから行っておいで」

 言われる前に先に言った。

「悪いな、北野さん、埋め合わせはきっとするから」

 言いながら足早に去って行く。その後ろ姿を見ながら溜息をついた。今日も駄目だったか。ここのところ本当に忙しいようだ。

  その足で新宿二丁目に向かった。馴染みの店で一杯やる。

 俺は少し苛々していた。ようやく今日、多忙な陣内をつかまえて礼が出来ると思っていたのに土壇場でどこかへ行ってしまった。口調からして仕事相手なのだろうがまったくタイミングが悪い。

「マティーニ、おかわり」

 三十代後半のマスターが苦笑いでマティーニを作る。

「今日はずいぶんイラついてるみたい。何かあったんですか」

 グラスにオリーブを入れて俺の前に差し出す。それを一気にあおった。

「べつにイラついてなんか」
「そうですか。俺にはとても不機嫌そうに見えますよ」
「マスターの今の彼氏って確か、結構ガタイ良かったですよね」
「ええ、クライミングが趣味の人だから、体は鍛えてますよ」
「やっぱりいいの?」
「俺はあの体のために随分粘って彼を落としましたから」
「体だけ?」
「はは、もちろん心も好きですよ。まさか北野君、今度はそういう系なんですか? 好み、かわったんですね」
「違いますよ」

  否定した。頭に陣内の顔が浮かんだのを慌てて追い払う。

「ちょっと興味があって聞いただけですよ」
「筋肉に覆われた体って、一度知ったら癖になりますよ。あの時だって、俺の体を軽々持ち上げて色々体位をかえますからね。逞しい男の体ってのはそれだけで興奮します」
「俺にはよくわかんないな」
「北野さんはイケメンが好きですもんね」

 曖昧に笑って、俺は店内に視線を走らせた。

 今日は誰か拾って帰るつもりで来たがなかなか好みの男がいない。いてもすでに相手がいたりして条件に合うのが見つからない。

 そうなると余計に苛々するものだ。とにかく今日は誰でもいいからやりたい。

「お勘定」

 立ち上がり、金を払って店を出た。その足で久し振りにハッテンバへ向かった。

 20分ほど歩いたビルの地下一階。受付を済ませ、ロッカーに荷物を入れ、シャワールームへ。 そこに先客が一人。筋肉質な体にはっとした。 無意識に陣内の体と比べる。陣内はもっと実用的な筋肉のつき方をしている。この男は見せるための筋肉だ。こいつを相手にしているところを想像してみたが途中で萎えた。やっぱりこういうタイプは俺の好みじゃない。目を合わせず、さっさとシャワーを浴びて出た。

 ミックスルームへ移り、ソファに座った。壁のスクリーンに映し出されるビデオを見ながら客を物色する。

 数人がチラチラと俺を見てくる。一人が俺のところへやってきた。タイプじゃない。薄く笑い首を振る。男は諦めてどこかへ行った。

 二十代前半の男に目が行った。整った顔立ち、無駄な肉もなく綺麗な体。気に入った。立ち上がって彼の肩に手を置いた。俺を見上げ、彼も立ち上がる。

「個室行く?」
「うん」

 甘えるように腕をからませてくる。彼をつれて個室へ入った。

「ウケだよね?」
「そうだよ。あなたがタチだなんて思わなかった」

 そう言う彼の体にキスした。小さい備え付けのテーブルに置いてあるローションを手に取り、それを彼のものに垂らす。手で扱いてやると身をくねって大袈裟に喘いだ。

 もしこれが陣内だったら?

 まったく想像出来なかった。

 自分のものにゴムをつけ、彼の中に入った。 体を動かし、キスをする。彼が自分で前を触るのを許さず、手を掴んだ。

「いかせて」

 懇願するのを無視して腰を動かした。 入れたまま果てた。彼の体の上で呼吸を整えてから中から出た。外したゴムをゴミ箱に捨て、彼に覆いかぶさった。キスしながら彼もいかせてやった。可愛い声で啼く。もう一度聞きたくて口に咥えた。

「そんなすぐには無理だよ」

 甘えた声で言う。 シックスナインで口淫にふけったあと、また彼の中に身を埋めた。

「ね、彼氏いるの?」

 彼が聞いてきた。

「いないよ」
「僕なんて駄目かな」
「ごめんね、俺、誰とでもОKだけど、誰か一人に決めるつもりはないんだ」
「僕、あなたが好き」
「ありがとう」
「もっとして」

 キスして舌を絡めあう。腰をひいて、彼の顔に出した。彼は口をあけてそれを受けた。

「もし僕のこと気に入ったら連絡して」

 別れ際に彼から携帯の番号とアドレスをもらった。

 彼に言った通り、一人に決める気はない。ましてハッテンバで出会った男を彼氏にするなんて絶対ない。どうせ浮気するに決まっている。

 すっきりした気分で家に帰った。服を脱いでベッドに寝転がる。すぐ、眠ることが出来た。



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