FC2ブログ

OVERDOSE (4/9)

2020.09.21.Mon.


「俺に任せろよ」

  陣内がジムに通うようになってから一年がたったある日、俺が自分の店を持ちたいという話をしたら陣内が簡単なことのようにそう言った。

「どこかに押さえてる物件あるのか」

  練習終わりの更衣室、ロッカーに片手をつき、もう一方の手は腰にあてながら、着替えをする俺を見て陣内が言う。

「ないよそんなもの。まだ金も用意出来ていないのに」
「期限なし、無利息無担保で貸してくれるとこ紹介するぜ」
「どうせ危ないとこなんだろ、遠慮するよ」
「大丈夫だって、俺の名前出せば下手なことはしない奴らだから」

 それが怖いって言うんだ。

「そうだな、一等地でなければたたいて手に入れられる土地があるけど……」

 顎に手をあて、何か考え込む。

「ジン、いいから。俺は俺で考えてるんだよ」
「どう考えてるんだ?」
「ここから一駅離れたところに古いマンションがあって、そこは構造上に問題がない程度ならどんなふうにリフォームしてもいいってところでね。そこの部屋を俺の好きに手直しして、一人で店をやりたいと思ってるんだ。あまり人と一緒にはやりたくないからな」
「そんなとこ流行んねえぞ」
「構わない。俺一人でやるんだし、一日二、三人の客が来ればいい」
「欲がないのか、ただの怠け者なんだか」

 陣内が呆れたように言う。

「俺の場合は後者だな」

 俺は笑った。

「そういう物件があるってのは聞いたことがあるよ。オーナーと面識はないけど、中に入ってる奴らなら一人くらいは知り合いがいるかもしれねえな」

 また顎に手をあて考え込む。まだ二十歳そこそこの陣内の頭の中には何百もの人間の情報が詰め込まれている。今も頭のキーボードを叩いて条件に合う人物を検索照会しているのだろう。

「俺、金はそんなにないけど人との繋がりはあるから」

 いつか陣内が言っていた。時として、金より人脈が物を言うことをこの男は知っているのだ。

 こんなやり取りを忘れた一ヵ月後、ジムで一緒になった陣内が練習を終えた俺を呼びとめた。

「北野さん、このあとちょっと付き合えよ」
「また酒か」
「違うよ、見せたいものがある」

 陣内の運転で向かった先は、先日俺が陣内に話したマンションだった。驚く俺の顔を見て陣内は片頬をあげ、にっと笑った。黙ってエレベーターに乗り込み、11階のボタンを押す。

「どういうことだ」
「ま、一度見てからのお楽しみってことで」

 11階でエレベーターが止まった。人気のない、人の住んでいる気配もない廊下を歩いて突き当たりの部屋の前で立ち止まる。ポケットから鍵を取り出し、扉を開けた。ぎぃと嫌な音。陣内が部屋の明かりをつけた。明るくなった室内。入って正面にカット台が二台、その後ろにシャンプー台、壁一面の大きな鏡が見えた。

「これって」
「居抜き物件なんだけど、いらないものは処分すればいいし、内装は好きにかえればいい。出費は最小限でおさえられるんじゃねえかな」

 陣内はポケットから両手を出して広げ、「どう?」と俺に笑いかける。

「この部屋の権利書付きで400万まで値切った。ペンキの塗り替えと鍵の取替えくらいならタダ同然でやってくれる知り合いがいる。行政書士にもつてがあるから、登記関係も任せてくれていい。ここをどうするかはあんた次第だ」

 高校を中退して17歳で専門学校に入った。それから美容理容業界でずっとやってきた俺にとってはこれ以上ないくらい魅力的な話。300万の貯金がある。今後の準備金であと300万借金したとしても返していけない額じゃない。そんな計算を頭の中で始めてしまう。

「前にも言ったけど、300万までなら俺の知り合いに頼んで無利息で金を貸すことが出来る。しかも記録に残さずに、な」

 まるで俺の頭の中を読んだかのように陣内が付け足す。こいつは魔術師か何かか。

「一晩、考えさせて欲しい」

 本当は九割方、心は決まっていた。

 それから半年後の秋、俺は自分の店をオープンさせた。店の内装を自分好みにかえ、客間として使っていたらしい奥の部屋を寝室にかえた。

 古いマンションの11階という辺鄙な場所、当分客はこないだろうと思っていたが、陣内の紹介だという客が毎日やって来た。他に前の美容院の客が数人俺について店に通ってくれた。

 美容師としての腕前はあるつもりだ。陣内の知り合いという客を満足させて帰し、そいつらの紹介だという客がやってくるようになってようやく軌道に乗り始めたと思えた。

 300万金を借りたが、実際使ったのは200万ちょっと。オープンまでにかかった費用のほとんどを、陣内がツテやコネを使って値切り倒してくれたおかげだった。あいつだけは一生無料で施術してやろう。感謝してもしきれない。

 年があけて初春、久し振りにジムに顔を出した。今は店のことで手一杯でなかなかジムに行くことも出来なかった。陣内に会えることを期待していたが陣内には会えなかった。

 陣内はこちらから電話して食事に誘っても都合が合わないことが多い。いつも先約が入っている。実際、俺より忙しい毎日を過ごしているのではないだろうか。どちらにしてもタフな男だ。

 いつか店で会ったヒシという男が、鉄雄という友達を連れてやって来た。鉄雄は物静かな男で、体は細身、顔も悪くない。俺のタイプだったがヒシの知り合いなので手を出すことはやめておいた。



非BL
関連記事
スポンサーサイト
[PR]

コメント

管理者にだけ表示を許可する