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OVERDOSE (3/9)

2020.09.20.Sun.


 注文を聞いてきた店員にジン・トニックを頼んだ。陣内はチョコレートパフェ。メニューを見たがそんなものは書いていない。陣内専用のメニューというわけか。その大きな体に似合わず甘い物が好きらしい。運ばれてきたパフェに食いつく陣内を見ていたら胸焼けしそうだった。俺は甘いものは苦手だ。

「陣内さん、こんばんはっす」

 個室に高校生くらいの男が入って来て陣内に頭をさげた。170センチ、60キロ少し、ライトウェルター級くらいか。どこか愛嬌のある顔で笑っている。

「よぉ、ヒシ、久し振りだな。鉄雄も一緒か」
「いえ、今日は俺一人です。陣内さん、最近何してるんです? この店にもどこにもあまり顔出してないそうじゃないすか」
「あぁ、ボクシング始めたんだよ。言ってなかったか?」
「聞いてませんよ」
「ま、座れや」

 頭をさげて、ヒシと呼ばれた男は陣内の隣に座った。その目には尊敬と憧憬の色が浮かんでいる。

「半年くらい前かな、ジムに通い出したんだよ。なかなかいいぞ。お前も人殴ってばっかいねえで、たまにはサンドバック相手にぶっ倒れるまで殴ってみろ」
「俺はいいですよ。煙草、吸っていいですか」

 とポケットから煙草を出しながら陣内に断りを入れる。目を見張るほどきっちりと出来上がった上下関係だ。

  陣内はヒシの手から煙草を取り上げ、後ろに放り投げた。

「あっ」

 驚いてヒシが声をあげる。

「今日は吸うな、この人が煙草嫌いなんだ」

 親指で俺のことを指す。ヒシはたったいま気付いたように俺を見た。訝しげに、

「誰ですか」
「北野さんだ。同じジムの人だ。 失礼のないようにしろよ」
「あ、はい。北野さんて綺麗な顔してますね。金髪に青い目なんて、ガイジンさんかと思っちゃいましたよ」

 イヌの嗅覚で俺の順位を自分より上だと位置づけた途端、見え透いたおべんちゃらを使ってきた。

「おい、滅多なこと言うなよ、こんななりして俺より強いんだからな」
「え、この人が陣内さんより強いって、まさか冗談でしょう」

  自分のボスと敬う男が、女顔で細い手足の俺より強いというのは冗談だろうと、ヒシは俺を見て苦笑いを浮かべた。陣内が否定しないのでだんだん真顔になっていく。

「ほんとっすか」
「あぁ、本当だ。 俺が10分もたなかった。この人は強いぞ。下手なこと言ったらお前なんか1分でダウンだ」
「へぇ、この人がねぇ」

 改めて感心し、俺の頭からつま先までヒシの視線が二往復した。この外見で何度もこういう目で見られてきた。もう慣れてはいるが、気分のいいものではない。ヒシから目を逸らした。

「ま、飲んでくださいよ。ぜんぜん減ってないじゃないですか」

 ヒシは勝手にまた酒を注文した。陣内に向けるそれには遠く及ばないが、ヒシの俺を見る目にも尊敬の色が見てとれた。ボスには従う。その素直な理屈で今日初めて会った俺のことを認めたらしい。

 どんどん酒が追加された。陣内とヒシは底なしで浴びるように飲む。それでも意識はしっかりしていて、くだらない冗談の合間に声を潜め真剣な話をしたりしていた。俺も弱いほうではないが二人の飲み方にはついていけない。しこたま飲まされ、すっかり酔っ払ってしまった。

「マスター、テキーラ頼む」

 ヒシの声に絶句した。

「俺はもう飲めない」
「なに言ってるんですか。夜はまだこれからですよ」
「お前らおかしいんじゃないか。俺はもういいよ」
「そう言わずに、さ、どうぞ」

 テキーラの入ったグラスを俺に手渡す。視界がぼやけている気がする。

「俺を酔わせたこと、後悔するぞ」
「どういう意味だ、北野さん」

 楽しそうにニヤニヤ笑って陣内が言う。顔が少し赤いだけで口調もしっかりしている。憎たらしいほどに落ち着いた風情。俺より年下のくせに。

「俺は酔うとキス魔になるんだ。お前たちにもするかもしれないよ」
「ええー、それは勘弁してほしいなぁ」

 ヒシが大袈裟にソファの上でのけぞった。こっちだってお前らなんかごめんだ。お前ら二人とも俺のタイプじゃない。俺はスリムな綺麗系の男がいいんだ。

「だったら女呼ぶか。ヒシ、何人か用意しろよ」
「はい、わかりました」

 ヒシが携帯電話を取り出しながら立ち上がる。

「俺、女は相手出来ないんだ」

 酒に酔ってつい口が滑った。二人が俺を見る。

「インポか?」

 デリカシーのない陣内の発言に顔を顰めつつ首を振った。

「違うよ、 俺は女相手には勃たないだけだ。 ゲイだからな」
「ゲイ」

 二人が口を揃えて同じ言葉を呟いた。間抜け面に思わず吹き出してしまった。

「珍しいか? でも安心しろよ、お前ら二人とも俺のタイプじゃないから」
「おい、北野さん、冗談きついぜ。まじで言ってんのか」
「そうだよ、俺はゲイだよ。気持ち悪いか、ここから追い出すか」
「そんなことはしねえよ。ただ俺にはわからん世界だからなぁ。ゲイの知り合いはいねえし。あんたのために男揃えてやることはできないぜ」
「あはは、そんなこと期待してないよ。あいにく相手には困ってないしね」
「どうします、陣内さん」
「女呼ぶのはナシだ。今日は男だけで飲むぞ」
「はい」

 二人が気に入った。俺がゲイだと打ち明けても気持ち悪がらず、それどころか男を用意出来ないかと一瞬でも気をつかってくれたことが嬉しい。 いらないお節介ではあるが。

  一度懐に入れた人間は何があっても信用して見捨てない。陣内という男はそんな男なのだろう。こいつが周りの人間から慕われる本当の理由が今やっと理解できた気がした。

 そのあとの酒はうまかった。もう飲めないと思っていたが、浮かれて勧められるままに飲んでいた。

 陣内は酒のつまみにチョコを齧る。根っからの甘党のようだ。そのことをからかうと口を尖らせ「ほっとけ」と拗ねたように言う。意外に可愛い一面も併せ持っている。

 しこたま酒を飲み完全に酔っ払った俺は案の定、ヒシを捕まえキスをしてしまった。 前もって宣言していたせいか、ヒシは嫌がりながらも俺のキスを受けた。陣内はそれを見て馬鹿笑いしている。

「陣内、お前も来い」

 ソファに座る陣内の股の間に膝をつき、上に覆いかぶさった。両手で顔を挟み、唇を近づける。

「おいおい、北野さん、俺は勘弁してくれよ」

 口角を吊り上げ、北野が笑う。白い歯、薄い唇。何人の女を相手にしてきたのだろうか。男らしい顔つき、逞しい体。女が放っておくわけがない。

 肩に置いた手から、陣内の筋肉の隆起が伝わってくる。こいつは着痩せするタイプだ。重いパンチを出せるのも、この鎧のような筋肉のせいだ。

 顔を近づけ、唇を重ねた。舌を入れる。 酒とチョコの味。熱い舌を絡め取る。異常に興奮した。夢中で舌を吸っていた。薄目を開けると陣内と目が合った。陣内は目を閉じず、冷静な黒い目で俺を見ていた。一瞬で我に返り、陣内から離れた。

 途端に酔いがさめ、自分のしたことに顔から血の気が引いていく。作り笑いを浮かべて、

「悪い、だいぶ酔ってるみたいだ、水が飲みたいな」

 取り繕うように言ってソファに腰をおろし、手で顔を覆った。指の隙間から隣の陣内を窺い見る。陣内はマスターに水を頼み、かわらない表情でまた酒を飲んだ。俺がキスしたことに怒っている様子はなくてほっとする。

「眠くなってきたな。ヒシ、車を二台用意させろ」

 はい、と陣内に返事をし、ヒシは携帯を取り出してどこかに電話をかけた。

「北野さん、知り合いに送らせるから。今日はむりやり飲ませて悪かったな」
「いや、楽しかったよ。俺は歩いて帰れるから」

 立ち上がった俺の腕を掴んで引っ張り、また座らせる。握力も強い。

「客のあんたを歩いて帰せねえよ。俺の顔立てるつもりで送らせてやってくれ」

 俺はじっと陣内の顔を見つめた。これが二十歳の青年の顔だろうか。なんて威圧感。男の色気漂う瞳に吸い込まれそうになる。慌てて目を逸らした。こんながっちり系の男、俺のタイプじゃない。

「わかった、君の言う通りにして送ってもらうよ。明日は確実に二日酔いだな」

 マスターがもってきた水を飲んだ。陣内は静かに笑って俺を見る。その視線が妙に気まずかった。



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