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OVERDOSE (2/9)

2020.09.19.Sat.
<1>

 陣内がジムに来てから半年が経った。 あり余る力を発散させたいという言葉通り、プロになるのが目的というわけでもなく、体作りのためというわけでもなく、一週間に1、2度来てはただひたすら練習メニューをこなし、終わったらへとへとの体で帰っていく、ということを毎回繰り返していた。

 最初の態度はひどいものだったが、いったん落ち着くと会長には敬語を使ったし、トレーナーにも礼をつくした態度で接していた。初日のあれはあいつなりのパフォーマンスだったのかもしれない。

 人懐っこい笑顔ですぐにみんなと打ち解け、元来面倒見のいい性格らしく、年下の連中は陣内を慕って相談をもちかけたりしていた。

 驚くのはこいつの顔の広さで、練習生の一人が安くていい車を探しているというと、一週間で条件以上の車を見つけてきたり、女に振られて落ち込む練習生をどこかのパーティに連れて行って女を紹介したり、また時には引っ越し業者を安く斡旋したり、割のいいバイトを紹介してやったりと、こいつに頼めば何でもどうにかなりそうなくらい、陣内はありとあらゆるつて、人脈を持っていた。

 まともな職についているようには見えない。堅気ではないのだろう。陣内の背後にどんな人間関係があるのか、聞くのが怖いくらいだった。それはみんなも同じようで、親しくはなっても一定の距離を保っていた。ジムの中でこいつは一人異質な存在だった。

 練習を終えた20時、俺が歩いて帰っていると後ろから陣内に呼びとめられた。

「北野さん、飯行かないか」

 いつもの人懐っこい笑みを浮かべて言う。今日は家で食べるつもりだったが断る理由もなく頷いた。二人並んで道を歩きながら他愛ない会話を交わす。

「陣内君はいくつなんだい」
「俺? 20歳だよ。北野さんは?」
「俺は22」
「22? もっと年上だと思ってた! なんだ俺と二つしか違わねえのか」

 騙されていたとでも言いたげな顔だ。俺は実年齢より年上に見られることが多い。

「北野さんはなんでボクシングやってるんだ? プロになる気もないんだろ?」
「俺の場合は強くなって自分を守るためさ」
「誰かに狙われてんのか」
「はは、違うよ。今はましだけど昔の俺は女顔でよくそのことでからかわれてね。それが嫌で男らしくなろうとボクシングを始めたんだ」
「あぁ、なんか想像出来るな。ちょっと昔の面影残ってるよ」

 それは暗に俺がまだ女顔だと言いたいのか。少しむっとしたが黙っておいた。

 赤信号で立ち止まった時、けたたましい車のクラクションが鳴り響いた。俺と陣内、そこにいたみんなが振りかえった。信号待ちをしている車の列、前から二台目の車、運転席に座る若い男が笑ってクラクションを鳴らしてるのが見えた。うるさいが気にせず前に向きなおる。

「うるさい奴だな」

 隣で陣内が呟く。ほっとけ、言おうと口を開いた時には陣内はいなくなっていた。後ろを見るとクラクションを鳴らしている車のドアをあけ、中を覗きこむ陣内がいた。何をする気だ。

「うるせえよ、お前」
「あぁ? おめえのほうがうるせえよ」

 助手席には派手な化粧をした女が乗っている。 笑いながら「うるせえ、ばーか」と陣内に言っているのが聞こえた。とても正常には見えない。なにかキメてハイになっている人間には関わらないのが一番。なのに陣内は、「耳障りなんだよ」笑顔で男の顔面を殴りつけた。不自然なまでに男の顔が後ろへのけぞる。女が目を見開く。

「うるさいって、な?」

 陣内の声のあと、女の悲鳴があがった。両手で鼻を押さえる男の指の間から血が零れ落ちる。その目には恐怖しかない。

 俺は呆然とそれを見ていたが、我に返って前を向いた。通行人が足を止め、みんな陣内を見ている。不穏な雰囲気に眉をひそめている。あれと知り合いだと思われたくない。信号がかわるのを待った。

「北野さん!」

 名前を呼ばれたが聞こえない振りをして無視した。

「北野さんって」

 しつこく呼ぶ。それでも無視していたらこちらに歩いてきた陣内に腕を掴まれた。

「店まで送ってくれるってさ」

 さっき暴力を振るったとは思えないいつも通りの顔で言う。こいつ、頭おかしいんじゃないか。今までどんな生活送ってきたんだ?

  腕を引っ張られ、車の後部座席に押しこまれた。助手席の女は泣きじゃくっている。運転席の男は止まらない鼻血を片手で押さえながら青い顔でハンドルを握り前を見ている。

「ほら、青になったぞ」

 陣内が運転席の座席を足で蹴った。短い悲鳴をあげ男が車を出す。

 俺は額に手をあて、溜息をついた。なんて無茶苦茶なことをするんだ。

「こいつが悪いことしたね。もうそのへんで止めておろしてくれていいよ」
「何言ってるんだよ。こいつが是非送らせて欲しいと俺に言ってきたんだ。北野さんは気にするな」

 とニタニタ笑う。寒気がした。こいつは笑って人を痛めつけることが出来るタイプの人間だ。切れたら最後、何をしでかすかわからない。危ない奴。俺は初めてこいつを怖いと思った。

 店の前で俺と陣内をおろすと、車は逃げるように猛スピードで走り去って行った。

 さっきまで感じていた空腹も消えうせてしまった。今からでも帰ろうか、そう思う俺の腕を掴んで陣内は店の中に入って行く。他人の気持ちなど、まったく意に介さない。

 地下一階のダーツバー。顔馴染みらしく、店員が笑顔で陣内に挨拶をする。迷うことなく奥の個室に陣内は入って行った。ソファに腰をおろし、俺の腕をひっぱって座るように促す。仕方なく隣に座った。直感でここが陣内の指定席なのだとわかった。

「なんでも好きなの頼んでくれよ」

 言ってポケットから煙草を取り出し、口にくわえた。俺の視線に気付くと煙草を差し出してくる。

「いや、いい」
「もしかして、煙草嫌いなのか?」
「ああ」
「しゃあねえ、今日は我慢するか」

 煙草を戻しテーブルに放り投げた。その時お絞りと灰皿を持ってきた店員が驚いたように俺を見た。陣内が誰かのために煙草をやめたのが信じられない様子だ。こいつはそんなに恐れられるようなすごい奴なのか? 確かにさっきのクラクション男とのやり取りで危ない奴だという片鱗を見た気はしたが、まだ二十歳の子供じゃないか。



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