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OVERDOSE (1/9)

2020.09.18.Fri.
<「ピーキー」→「毒入り林檎」→「未成年のネクタイ」→「言えない言葉」→「Question」→「Answer」>

※本命とはキス止まり

 携帯で時間を見た。夜中の二時過ぎ。インターフォンが連続して何度も鳴っている。

「うるさいな」

 ベッドから身を起こし、前髪をかきあげた。夢の中にいたのをむりやり起こされまだ頭がぼうっとしている。ベッドの上で意識を落ち着かせている間もインターフォンはけたたましくなり続けている。あれを押している人物は、中の人間が寝ていようが起きていようがお構いなしで、ボタンを押せば必ず自分のために扉が開くと信じて疑わないのだろう。こんな事をする奴は俺の知り合いでは一人しかいない。

「うるさいって、まったくもう」

 寝室から出てリビング兼仕事場の美容室の明かりをつけた。玄関の鍵を開けた途端、扉が勢い良く開いた。

「やばいんだって」

 にやついた顔で言って中に入ってくる。180以上ある身長、今は体重75キログラムぐらいのスーパーミドル級。

 勝手に中に入り、ソファにどっかと座る。

「まじでやばいんだよ」

 と俺の顔を見て言う。俺は溜息をつきながら、

「ジン、何がやばいんだ」

 仕方なく、聞いてやった。

 陣内。こいつはいつも突然やってくる。この前もやくざに撃たれ、退院した足で急にここへやってきた。驚く俺へ臆面もなく「しばらく頼む」と言ってベッドを占領し、その間俺が、何から何までこいつの面倒をみてやったのだ。

 ところがこいつは、傷がまだ完治する前に「煙草吸ってくる」と禁煙を言い渡している俺の部屋から出て行ったきり帰ってこなかった。それから2ヵ月後の今日、こんな時間にやってきて寝ていた俺を叩き起こしたのだ。

 確か今年23歳になるはずだが、もう少し常識というものをわきまえられないだろうか。怒りを通り越し、呆れて溜息しか出てこない。

「これ」

  言って陣内はレンタルビデオショップの袋を差し出した。受け取り中身を確認する。スプラッター系のホラー映画。

「俺こういうの苦手なんだよ。頼むから北野さん、一緒に見てくれないか」

 大きな両手をこすり合わせ俺に頭をさげる。でかい図体して情けない姿だ。お前のことを慕っている奴らが見たら泣くぞ。

「苦手なら借りなきゃいいだろ」
「むしょうに見たくなるんだよ。怖いもの見たさっていうか、スリルを楽しむっていうか」
「はいはい、テレビもデッキも寝室にしかないよ」
「知ってるよ、酒とツマミ用意して寝ながら見ようぜ」

 俺がOKしたと見ると、陣内はとたんに笑顔になり、冷蔵庫から酒とチーズ、ピーナッツチョコを持って、さっきまで俺が寝ていた寝室に入って行った。

 俺は明日も予約が入っていて仕事があるというのに。こいつはいつも人の事を考えないで自分を押し付けてくる。まったくいい迷惑だ。

 煙草を吸いに行くと出て行って2ヶ月、また急に俺の前にあらわれたと思ったらこれだ。まったく悪びれた様子がない。自由奔放。まるで子供だ。初めて会った時からこいつは何もかわっていない。

※ ※ ※

 今から3年前。俺が通っているボクシングジムに陣内があらわれた。夕日をバックに180cmの陣内が、にやついた顔で戸口に立っていた。マネージャーの板倉が気付き、訪問客に声をかけた。

「なんだ、見学か」
「いや、入会希望」

 白い歯を見せて笑う。全身から漂う自信。たまに、自分の腕っ節をためしたくてやってくる勘違いした奴がいる。こいつもその一人、スタッフ含め、みんながそう思った。

「あぁ、そうか。どうしよう、まずは見学する? それとも入会受付しようか?」

 そう言う板倉を素通りして、そいつはジムの中に入ってきた。

「そうだなぁ、先に試合してから考えようかな。ここで一番強いのって誰?」

 腰に両手をあて、首を傾げて目だけでジムの面々を見渡すこの男に、誰も何も言えなかった。こいつの馬鹿みたいな申し出にみんなが呆気に取られたのだ。こいつは道場破りにでも来たつもりか?

「あっはは、面白いねぇ、君。プロと素人を対戦させられるわけないだろ」

 顔を引きつらせて板倉が笑う。

「なんでよ? 俺、体力余りまくってるから発散させるために来たんだ。ボコボコにされたって文句は言わねえよ。もっとも、出来たらの話だけどな」

 どこから沸いてくる自信なのかと思う。確かにガタイはいい。腕っ節も強いほうなのだろう。喧嘩でならしてきたのは想像出来るが、喧嘩とボクシングは違う。プロボクサーと対戦したら、こいつなんて一分ももたない。

「面白いじゃないか、好きにさせてやれ」

 いつの間にか二階の会長室から会長がおりて来ていた。元WBC世界バンタム級チャンピオン。42歳。従順なものよりはねっかえりが好きな会長はこいつを気に入ったようだ。

「お前、名前は」

 不躾な訪問者は、

「陣内だ」

 と答えた。

「誰かこいつに着替えを貸してやれ。 板倉、手伝ってやれ」

「会長、しかし」
「ボコボコにされても文句はねえと言うんだ。だったら遠慮なくボコボコにしてやろうじゃねえか。北野」

 名前を呼ばれ、俺は返事をした。

「お前、相手してやれ。遠慮はいらんぞ」

 俺は高校1年の時からボクシングをしている。プロになるつもりはないからライセンスは持っていないが、トレーナーにかわって新人を指導することもある。実力ならプロにも負けない。

 着替えを済ませた陣内が、リングに立つ俺を見て顔を顰めた。

「こんな優男とやるのか」
「対戦してから文句を言え。 うちで一、二を争う実力者だ」

 陣内は会長の言葉を鼻で笑い飛ばした。

「骨、折っちまったらすまねえな、先に謝っとくわ。俺きっと手加減とか出来ねえから」
「お気遣いどうも。俺も手加減なしでやらせてもらうよ」

 にやつく顔でリングへあがろうとする陣内を板倉が慌てて止める。

「こらまて、まだヘッドギアとマウスピースをつけてないだろ」
「そんなもんいらねえよ」
「馬鹿言うな。これは規則だ。つけるんだ」
「いらねえって言ってんだろうが、そんなみっともないもん」
「板倉、もういい、こいつがいらないというんだ、そのままでいい」

 腕を組んで会長が言う。板倉は困惑顔でヘッドギアを持ったまま立ちつくした。

「しかし、マウスピースくらいは……」
「いらねえって、早くゴングを鳴らせよ」

  リングにあがった陣内はファイティングポーズを取った。見よう見真似のシャドーボクシングをしている。

 会長が頷き、ゴングが鳴った。

 と同時に陣内が突っ込んで来た。様子見でガードをして陣内のパンチを受けた。重い。 俺より体重があるとは言え、こいつ、かなり喧嘩慣れしている。それとも本当はボクシングの経験があるのか。しかしその考えはすぐに消えた。足の運び方が完全に素人。こいつのパンチはただ人を殴って痛めつけるためだけのものだ。喧嘩で培われたセンス、威力、スピード、それだけでは俺に勝てない。

 陣内はひたすら打ちこんでくる。俺はかわし、ガードし、反撃に出る時を待った。

 少しして異変に気付いた。おかしい。腕が痛む。奴に殴られガードしていた腕。想像以上に骨に重たく響く。ラッキーパンチを食らったら、俺でもやばいかもしれない。少し余裕がなくなった。

「ひょろっと背が高いだけで、たいしたことないじゃないか」

 陣内が笑って言う。もうゴングが鳴って二分は経つ。二分間打ちっぱなしでいられただけでもたいしたものだ。喧嘩と拳闘は違う。そろそろそれを教えてやる時だろう。

「もう、終わらせてやる」

 足を使って正面をさけ、こちらに向き直った陣内のがら空きの顎目掛けて右ストレート。勘がいいのか、ただのまぐれか、陣内は咄嗟にそれをかわした。目を光らせ、俺に殴りかかってくる。それをガードしてボディに一発。呻いて顔を顰めた。これをくらって崩れないのか。内心驚きつつ、顔面にパンチを入れた。思わず力が入ってしまった。焦点の合っていない陣内の目が見えた。ふらついて俺にもたれかかってくるのを抱きとめ突きはなした。ロープにバウンドし、こちらへ踏みこむ陣内の顔に右、左と連打した。

 ゴングが鳴った。ふらつく足で陣内がコーナーへ戻って行く。

「だから言っただろ、今からでもヘッドギアとマウスピースをつけろ」

 心配して言う板倉を無視し、陣内はうがいをして血で汚れた水を吐いた。俺を睨んでくる目には闘志。こいつには恐れというものがないのだろうか。

 ゴングが鳴った。第二ラウンド。素人相手に俺が手こずっていられない。終わらせるつもりで少し本気を出した。

 ヘッドギアをしていない陣内の額が切れ、リングに血が飛び散る。疲れて足がもつれているのに、まだ拳の威力は衰えない。今までどれだけ喧嘩をしてきたのかと思う。実践という場数で言えば、俺よりはるかに多いのだろう。

 傷の応急処置のため一時中断したあと、すぐに再開。俺はマットを鳴らし、前へ出た。連打。ガードをこじ開け的確に打つ。

「ストップ、そこまでだ!」

 会長の声と同時にゴングが鳴った。 俺は打つのをやめた。陣内が膝を折って前に倒れ込む。

「駄目だ、のびてる」

 板倉と二人がかりで陣内を担いでリングからおろし、ベンチに寝かせた。血で真っ赤に染まった顔を板倉が濡れたタオルで拭う。腫れて見られたもんじゃない。

「よく2ラウンドもったな」

 笑いながら会長は上に引き上げて行った。

~ ~ ~

 陣内が目を覚ました時、俺はちょうど練習を終え、シャワー室へ向かうところだった。ベンチの上で体を起こし、ぼんやりしている陣内の前に立つ。俺に気付いた陣内が顔をあげた。

「大丈夫かい」
「俺、気絶したのか」
「あぁ、ちょっとやりすぎた。悪かったね」
「あんた、細いのに強いんだな。名前は」
「北野」
「北野さん、あんたにボクシング教えてもらえるかな」
「俺はコーチじゃないよ」
「あんたに教えてもらいたい」
「ま、構わないけど」
「じゃ、よろしく」

 右手を差し出し、陣内が笑った。笑うと目が細くなって目尻がさがる。目つきが鋭い時は剣呑な光を帯びるが、こうして笑うと人懐っこさが滲み出てくる。さっきまでの挑戦的な態度はまったくない。一度自分が認めた人間には取り繕うことをしない性格なのだろう。

 差し出された右手を握り返し、俺も笑った。

「よろしく、陣内君」

 陣内。ジンか。俺の好きな酒と同じ名前だ。

「上で入会受付を済ませて来るといい。会長にもちゃんと挨拶しなきゃね」
「そうだな、ちょっくら行ってくるわ」

 膝に手をついて立ち上がる。ダウンしたのにもうしっかりした足取りで歩いている。足腰の強い奴だと感心する。

 シャワー室から出ると、陣内もシャワーを浴びに来たところだった。

「北野さん、帰るのか」
「あぁ、今日はもう練習は終わりだ」
「送って行こうか?」
「車で来てるのか?」
「いや、知り合いに迎えに来させる」

 それが日常的でこいつにとっては当たり前の事のように言う。いったい何をしている奴なんだ? 学生には見えない。

「家は近いし、遠慮するよ」

 更衣室で服を着てジムを出た。陣内のパンチをガードしていた腕がまだ痛む。あいつ、とてつもない破壊力を持っている。




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