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右手左手(2/4)

2020.10.26.Mon.
<1>

 有が小学四年生になると同時に、爺さんが有をボーイスカウトに入隊させた。

「こいつは根性がない。いつも上の兄共を頼って甘えているせいだ。一人で生きて行く強さも知恵もない。ボーイスカウトに入れて自立心を養わせる」

 という理由らしい。爺さんの言うことにも一理ある。確かに俺たちは何かと有を構いすぎるところがある。両親の記憶をほとんど持たない弟が不憫に思えるせいだろう。ボーイスカウトに入り、新しい世界、新しい人間関係を築くのは有にとってはいいことだ。俺はそう思っていたが兄貴はそうじゃないようだった。

「爺さんは何を考えているんだ。あいつは人見知りがひどいんだ。新しい環境に入れられたら楽しむ前にストレスでやられちまう。あの西洋かぶれは、イギリスでボーイスカウトに親切にされたことが忘れられないだけだろ。自分の理想を孫に押し付けるな」

 腹立たしそうに声を荒げ、爺さんがいる居間のほうを睨み付けた。

 爺さんは若い頃、しょっちゅう外国へ行っていたそうで、その話を俺たちは何度も聞かされた。イギリスに行った時、大きな鞄を持ってキョロキョロしていたら男の子が近づいて来て「どうしたんですか?」と声をかけてきたそうだ。宿泊するホテルの場所を探していると言うと、少年がそこまで案内してくれた。どうしてこんな親切をしてくれるのかと聞くと、人の役に立つことをしなさいとボーイスカウトで教えられたからだと少年は言った。爺さんはいたく感動し、年を取った今でもそれを忘れられないでいる。爺さんが有をボーイスカウトに入れると言い出したのは、この出会いがあるからに他ならない。

「でも新しい友達が出来るのは有にとってもいいことだよ」

 俺が言うと兄貴に睨まれた。

「爺さんの味方をするのか」
「そうじゃないよ、兄貴、有は確かに俺たちに甘えすぎるところがある。甘やかす俺たちが一番いけないんだろうけど、自分の世界を広げるのは有にとっていい事だよ」

 おまえたちも外国へ行って視野を広げろ、日本という狭い島国だけで人生を終わらせるな、それが爺さんの口癖だ。有にとってボーイスカウトは視野を広げ、自立心を育てるいい機会だ。

 兄貴は不服らしく険しい顔をしていたがそれ以上なにも言わなかった。動機はどうあれ、今回ばかりは爺さんのやることに反対する理由がないと悟ったのだろう。過保護を自覚している兄貴には苦渋の決断だったろう。

 ボーイスカウトのことを有に伝えると、意外にケロリとした顔で「わかった」と言った。それでも心配だったので、初日は俺と兄貴の二人で有を集合場所まで送った。

 心配性の兄貴は、有が入った隊の一人をつかまえ、弟のことをくれぐれも頼む、目を離さずに見てやってくれ、と頼み込んでいた。小/学生に頭をさげる兄貴を見ているのは少し恥ずかしかった。戻ってきた兄貴にそれを言ったら「あいつがいじめられでもしたらいけないだろ」真面目な顔で反論された。

 帰りも一緒に迎えに行った。俺たちを見つけた有が駆け寄ってきた。

「どうだった?」

 俺の腰にしがみつく有に声をかける。有は少し疲れた顔をしていたが、笑って「楽しかった」と答えた。俺たちの心配は杞憂だったようだ。

 有の送り迎えは俺と兄貴、交代でやった。そのために兄貴はできるだけ日曜のバイトを休むようにした。そのくせ有にはきつく当たる。爺さんが見ていない間くらい素直に優しくしてやればいいのにそれをしない。徹底した頑固さで有に厳しくし、そのあと自己嫌悪して落ち込んでいた。

 有はボーイスカウトの活動を楽しんでいるようだった。家にいても、気難しく、折檻を与えてくる爺さんに怯えて過ごさなければいけないから、外で同じ年齢の子たちと駆け回っているほうが楽しいのだろう。内気だった有がだんだん活発になっていくのは兄として嬉しい光景だった。はじめは反対していた兄貴も今では入れてよかったと言うようになった。

 一年が経ったある日曜日、その日はバイトが休みで兄貴も家にいた。部屋で俺は読書、兄貴は勉強をしているときだった。家の電話が鳴った。ばあちゃんが出て、血相変えて部屋にやってきた。

「有が怪我したって! 迎えに来て欲しいんだって!」

 最後まで聞かずに兄貴が家を飛び出した。俺はばあちゃんと家で待った。二時間以上経ってから兄貴が電話をしてきた。

『礼、悪いけど、有の保険証とお金、俺の着替えを持って病院まで来てくれ』
「病院って……、有、大丈夫なの?」
『足を数針縫ったくらいでたいした事はない。有も今は落ち着いてるから安心しろ』

 その言葉にひとまずホッとした。言われた物を持って急いで病院に向かう。待合室で二人を見つけた。有は椅子に座り、兄貴は腕を組んでそばの柱にもたれて立っていた。

「これ」

 と着替えを渡す。受け取る兄貴のシャツは血で赤く染まっていた。驚く俺に兄貴は苦笑いを浮かべた

「有を抱えて病院に行ったんだ。その時に血がついた」
「そんなに血が出たの?」
「木の枝で足を切ったらしい。出血は多いが、それほど深い傷じゃない」

 有に視線を移した。神妙な顔で俺たちを見ている。たいへんな騒ぎに罪悪感を感じているのかもしれない。

「しばらく外で遊べないな。兄ちゃんが遊んでやるからな」

 俺が笑うと、有も頷きながらニコッと笑った。

「痕は残るの?」
「縫ったところは残るだろうな」

 白い包帯が痛々しい。有を見る兄貴の顔が辛そうだった。

 病院から帰ると、爺さんが俺たちを居間へ呼びつけた。爺さんは有を心配するどころか逆に叱りつけた。

「どうせお前がぼんやりしていたせいだろう。まわりの人に迷惑をかけるなんてとんでもないことだ」

 包帯を巻いた足で有に正座をさせ、説教が始まった。兄貴が間に割って入った。

「邪魔だ、どけ!」

 爺さんが怒鳴る。

「僕がこいつに言って聞かせます」

 爺さんの剣幕にひるむことなく兄貴が冷静に言う。俺は有の横に座ったまま、兄貴の背中を見つめた。

「お前では駄目だ。お前らはすぐこいつを甘やかす。そんなことだからこいつはいつまで立っても半人前なんだ」
「僕が責任を持って一人前にします。来い、有」

 振り返った兄貴は有の腕を掴んで引っ張り立たせた。まごつく有の体を抱え、爺さんの制止を無視して居間を出て行く。俺も慌ててあとを追った。

 子供部屋に入ると、兄貴は有の体をそっとおろした。有が不安な顔で兄貴を見上げる。

「傷は痛むか」

 低い声で兄貴が問う。有は怯えたように小さく首を振った。兄貴は俺に向きなおると舌打ちし、顔を歪めた。

「これ以上なにを望むんだ、あの爺さんは」

 そう吐き捨てる兄貴の目は真っ赤だった。俺は兄貴が泣くのではないかと思った。兄貴は奥歯を噛みしめながら、深く呼吸し自分を落ち着かせようとしていた。

「傷が開いてないか見てやってくれ」

 俺は無言で頷いた。振り返った兄貴は、いつにも増して厳しい顔つきで有を見下ろした。

「傷が治るまでおとなしくしていろ。早く傷を治すんだ。わかったな」

 有は「うん」と小さな声で頷いた。

「うんじゃない、はいと返事しろと何度言ったらわかるんだ!」

 兄貴の怒鳴り声に有は体を震わせた。泣くのを必死に堪えながら「はい」と返事をする。俺はいたたまれない気持ちで二人を見守った。

「ボーイスカウトの委員の人たちに電話してくる。あとは任せた」

 自分の心も傷つけながら、兄貴は最後の一睨みを有に残し、部屋を出て行った。有の目には涙が溜まっていた。

「開兄ちゃんも怒りたくて怒ってるんじゃないんだよ。それだけはわかってあげような」

 肩を抱くと有が抱きついてきた。胸に顔を埋めてしゃくりあげる。その背中を手で撫でさすりながら、早く大人になりたいと強く思った。大人になって早くこの家を出て行きたい。俺より兄貴のほうがその思いは強いだろう。兄貴は大学には行かず、就職するつもりだった。爺さんもばあちゃんも進学を望んでいた。幸い、爺さんは人の金に手をつけない潔癖さを持っていたので、両親の生命保険はほとんど手付かずで残っている。進学する金はあった。それでも兄貴は就職を選んだ。もちろん早くこの家を出るためだ。

「俺も開兄ちゃんも、三人で仲良く暮らせるように頑張るからさ、有も頑張ろうな」

 泣きじゃくる有が俺の顔を見つめてくる。

「開兄ちゃん、俺の事嫌い?」
「嫌いじゃないよ」
「どうしてあんなに怒るの」
「有が大事だから怒るんだよ。開兄ちゃんだって本当は優しくしたいんだ」
「優しくない。前の開兄ちゃんがいい」

 また声をあげて泣き出した。首にしがみついてくる有を抱きしめ、落ち着くまで背中を撫でてやった。無力な俺には、そんなことしかしてやれない。



秘め婿(1)

邪馬台国BL!

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コメント
ロンちゃんの子供時代の話もヘビーでしたが、一ノ瀬くんもかなりハードな育ち方をしていたことにビックリ‼普通ならひねくれてしまいそうな感じですが、二人の兄たちの深い愛情が一ノ瀬くんをまっすぐに成長させたんですね!一ノ瀬くんはしっかりすることを求められた生い立ちだったから、甘えたことを言わないし自分で自分を律するタイプだけど、実は甘えたがりな部分もある…
ロンちゃんは本能的にそれを察しているんですかね?一ノ瀬くんの隣にいる人がロンちゃんで良かった。一ノ瀬くんを甘やかしたい、優しくしたい、そんなロンちゃんみたいな人で良かった。
お返事
ピダム様

あの真面目で肩苦しい性格は厳格なお家で育てられたに違いない、とうっすら思っていて、門限を早めに設定したときにほぼ今回のが出来上がりました。あとはもう文字におこすだけという作業だった記憶。なのでパパッとできた話でもあります。
木村もなかなか暗い過去だったんですが確かに一ノ瀬も負けてなかったですね。
登場人物全員良い人!っていうのもすっごい安心して読めるので大好きなんですけど、主役と絶対的にソリのあわないモブもいて欲しい、みたいな気持ちもあったりして、割と書きがち。一ノ瀬のお爺さんが完全に悪役でした。三人も子供引きとるって大変だとは思うんですけどね。年取ってからだとなお大変。
兄二人の尽力と愛情のおかげで一ノ瀬はまっすぐ育ちました。自立心は強いほうだったはずなんですが、木村と出会って支え合うことを知り、ちょっと(だいぶ?)変わった印象です。お似合いの2人なんじゃないかなと、末永く幸せでいてほしい親心。リクエスト頂いたので、いつか2人の話を書きたいです!ありがとうございます!^^

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