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付かず離れず(1/2)

2020.10.23.Fri.
※サンジャイ視点

 一ノ瀬が留学を終え日本に帰ってきたので飲み会をすることになった。誘ってきたのは意外にも木村からだった。

 木村は一年下の後輩で、高校の時、何かと俺を目の敵にして突っかかってきた。小学校から付き合いのある俺を一ノ瀬が慕っているのが気に食わないようようだった。

 正直、俺も最初は木村が気に入らなかった。小/学生の時、ボーイスカウトに入隊した一ノ瀬を心配して、一ノ瀬の兄貴が、「弟のことをよろしく頼む」と俺に言ってきて以来、俺は何かと一ノ瀬を目にかけ、気遣ってきた。兄弟のいない俺にとって一ノ瀬は弟のようなもので、だから見た目のチャラついた木村が一ノ瀬に付きまとっていると知った時は、いつでも一ノ瀬を庇えるうよう臨戦体勢に入っていたのだ。

 だが、一ノ瀬と一緒に体育館に現れた木村に軽くボールを触らせたら少し見る目がかわった。木村はバスケがうまかった。真面目にコツコツ練習しなきゃ習得できないレベル、それ以上だった。練習試合に出させてみると予想を上回る活躍を見せ、二年の層が弱いバスケ部に欲しいと思うようになった。

 何度か勧誘のため木村と話をしたことがある。あいつは露骨に俺への嫌悪をあらわした。こちらが照れるほど一ノ瀬への愛情を隠さないし、呆れて笑えて来るほど俺への嫉妬を剥き出しにした。

 とりあえず一ノ瀬に対しては本気のようだし、無理強いをするようにも見えなかったから俺は臨戦体勢を解いた。

 それ以来、遠巻きに二人を見守ってきたが、どうやら二人がうまくいったらしいと気付くと少し寂しい気がしたものだ。一ノ瀬は堅く、真面目な性格をしていてそのせいで友達も少ない。人付き合いのうまくない一ノ瀬が、俺にだけ見せる親しみのこもった笑みを、これからはあいつにも見せるのだと思うと、今度は俺が少し木村に嫉妬した。

 一ノ瀬は兄弟揃ってブラコンだが、俺も人のことは言えないようだ。血のつながりがないぶん、俺の方が重症なのかもしれない。

 今回の飲み会には、育夫も一緒にということだったので、二人で木村のバイト先の店に向かった。

 店にはもう、木村と一ノ瀬が待っていて、先に一杯やっていた。一ノ瀬ももう、酒を飲む年なのか、と親戚のおじさんみたいなことを思う。

「白樫さん、どうも」

 椅子から立ち上がって一ノ瀬が言う。育夫も同じ小学校出身。二人は俺を介して、何度か顔を合わしたことがある程度。育夫も「久し振り。留学は楽しかった?」と挨拶をした。

 カウンターの向こうにいる木村が「二人は何飲む?」と聞いてきた。

 こいつが酒を作るらしい。木村の隣には少し年上の、物静かな雰囲気の男が立っていた。この人が木村が昔から世話になっている瀬川という人だろう。俺は瀬川に軽く頭をさげた。瀬川も会釈を返してきた。

 店の奥には短い金髪の男がいた。一重で残忍そうな細い目でこちらを見てニヤニヤと笑っている。今日は貸切だと聞いているから、こいつも二人の知り合いということか。あまり一ノ瀬と関わらせたくないタイプだ。

 俺たちの自己紹介のあと、瀬川と金髪も簡単に紹介された。ここの店長は瀬川、金髪は菱沼。二人とも、木村が中学の頃からの知り合いなのだそうだ。

「ま、困ったことがあったら俺に言えよ」

 菱沼が俺と育夫に名刺を渡してきた。名刺と言っても、ケイタイの番号とアドレスが書かれてあるだけ。職業不定の胡散臭い奴だった。一ノ瀬はこの男を苦手に思っているらしい。菱沼を見る顔つきが、ほんのわずかに緊張している。一ノ瀬は一ノ瀬なりに、自分の人付き合いの輪を広げようとしているのかもしれない。俺が心配するのは余計なお世話なのかもしれなかった。

 一ノ瀬帰国の乾杯をする。一ノ瀬は照れて恥じ入っていたが、その顔はとても明るく幸せそうだった。一ノ瀬にこんな顔をさせることが出来たのは俺じゃなく木村だったんだと思うと、やはり少し寂しく感じた。

「一ノ瀬の笑った顔って、あんまり見たことなかったな」

 隣の育夫が意外そうに呟いた。学校にいるとき一ノ瀬は気を抜いたりしないから、よほど親しくならないと笑顔を見せることはない。

「昔はよく笑ってたんだけどな」

 引っ込み思案でおとなしい子供ではあったが、小/学生の頃は子供らしく無邪気に笑っていた。それが減ってきたのは、厳しい祖父と、同じように一ノ瀬に辛く当たる一番上の兄貴の行き過ぎた躾のせいだ。それだけは一ノ瀬の兄貴に対し俺は今でも不満に思っている。

「木村に一ノ瀬を取られちゃったみたいな気がして、もしかして寂しいとか思ってる?」

 育夫が俺をからかう。黙る俺を見て「ほんとに?」と目を見開いた。

「妹を嫁に取られた兄貴ってこんな感じなのかな。なんか、複雑な気分」
「呆れた……昔からあの子を構いすぎたせいだよ。一ノ瀬離れの時期なんじゃない」

 俺の感傷を鼻で笑い飛ばすと育夫は離れて行った。一ノ瀬に話しかけ、笑い声をあげる。一ノ瀬のそばには木村が立っていた。一ノ瀬を見る木村の目はこの上なく優しい。あんな目で一ノ瀬を見ていたら、二人の事を知らない奴でもすぐその関係に気付くだろう。あの馬鹿は育夫の忠告をちゃんと聞いているのか。同性愛はまだ広く理解を得られていない。一ノ瀬が心無い奴らから迫害を受けるのは俺が我慢ならない。あとでちょっと木村に言っておくべきだろうか。

 一ノ瀬の空になったグラスを木村がとりあげカウンターに移動した。手際よくおかわりを作ると一ノ瀬の隣へ移動した。一ノ瀬の耳に口を寄せ何か囁く。一ノ瀬は頬を染めながら頷いた。

 俺の視線に気付いた木村がこちらにやってきた。

「何か言いたそうな顔してんな」
「さっき一ノ瀬に何を言ってたんだ?」
「あぁ、あいつ酒に弱いからあまり飲み過ぎるなって言ったんだよ」

 酔っ払った一ノ瀬なんて俺は見た事がない。俺の方が一ノ瀬との付き合いは長いが、こいつの方が密な時間を過ごしているのだと思い知る。

「あまり人前でイチャイチャするなよ」
「わかってるって。今ここには俺たちのこと知ってる人しかいねえもん」
「あの二人も知っているのか」

 カウンター越しに話しこんでいる瀬川と菱沼を見る。木村はあっさり頷いた。

「あんたたちからの忠告も忘れてないよ。俺も一ノ瀬のために色々我慢してんだから」
「あれで?」
「うるせえ」

 木村はまた一ノ瀬のもとへ戻って行った。一ノ瀬の肩を抱いて座席に誘導するとその隣に腰をおろす。育夫も向かいに座った。一人でいるのも飽きて、俺も育夫の隣に座った。

 一ノ瀬からオレゴンでの留学生活を聞きながら酒を飲んだ。たまにカウンター席の菱沼が話に割り込んできた。自分勝手に話をすると話の途中でまたカウンターに戻っていく。話し方も酒の飲み方も落ち着きがない自由人。瀬川も木村もなれているようで適当にあしらっている。

 三時間近く経った頃、店の扉が開き、客が二人入ってきた。

「陣内さん、お久し振りです」

 瀬川が客に会釈する。ガタイのいい男が手をあげ、「よ、鉄雄、ヒシ」と低い声で言った。その後ろから金髪で長身の男が入ってきた。そいつはこちらに顔を向け、

「やぁ、ロン、一ノ瀬」

 と朗らかに笑った。この2人とも面識があるようだ。

「てめえ、何しに来たんだよ」

 邪魔くさそうに言って木村が顔を顰める。俺に対する態度とは少し違って警戒心を抱いているような印象を受けた。その証拠に、金髪の男を見た瞬間、木村は一ノ瀬を隠すように体勢を変えた。

「北野さん、お久し振りです」

 一ノ瀬のほうはまるで警戒心ゼロの笑顔で挨拶をしている。北野と呼ばれた男はこちらにやってきて一ノ瀬の肩に腕をまわし、引き寄せた。

「久し振りだね。しばらく見ない間に大人っぽくなっちゃって」

 一ノ瀬の前髪をかきあげ、そのまま頬に手を添える。いやに親密な態度だ。こんなのを見てあの木村が黙っているわけがない。案の定、

「おい、一ノ瀬に触んなよ」

 低い声で言いながら北野の腕を掴んだ。北野がニッと笑う。木村の反応を楽しんでいるように見える。おそらく木村をわざと怒らせるために一ノ瀬に親しげにしたのだろう。木村が警戒するのも納得の、性格に難のあるタイプらしい。

「悪いけど、今日は相手してやる暇がないんだ。今から出かけるんでね」

 北野は一ノ瀬から離れてカウンターの3人に合流した。木村は鋭く北野を睨んだまま一ノ瀬の肩を抱きしめる。

「どうして北野さんにあんな態度を取るんだ」

 一ノ瀬が咎めるように言う。北野の行動の裏に気付いていない。

「あいつが嫌いだから。それにあいつがお前に触ったから。あいつがお前に馴れ馴れしくするから」
「そんな理由で馬鹿じゃないか」
「馬鹿じゃない、俺には正気失うくらい深刻な理由だよ。誰にもお前に触れさせたくない」

 木村はいたって真面目だった。一ノ瀬の顔がみるみる赤くなっていく。それを見ていた俺と育夫も恥ずかしくなり、視線をテーブルの上に落とした。

「ロン、俺たち出かけるから、あとのこと頼んだぞ」

 カウンターの瀬川が声をかけてきた。いつの間にか黒いジャケットを羽織っている。陣内と呼ばれた男が先に店から出て行き、そのあとを北野、菱沼と続く。

「鉄雄さん、どこ行くの」
「ちょっとヤボ用。今日は帰らないと思うから、戸締りよろしくな」

 瀬川の暗い目が一瞬剣呑な光を帯びた。どう見ても堅気でない奴らのヤボ用なんて、きっとヤバイことに決まってるんだ。木村の知り合いとは言え、一ノ瀬に害をなさないか、俺は心配せずにいられない。

 木村が瀬川を見送るために店の外へ出て行った。その後姿を見る一ノ瀬はなんだか寂しそうだ。

「あいつら、大丈夫なのか」
「大丈夫って……?」

 俺に視線を戻し、一ノ瀬が首を傾げる。

「お前、変なことに巻き込まれたりしてないだろうな」
「そんなことありませんよ」

 一ノ瀬が笑って否定する。

「陣内さんて人は今日初めて見た人なので知りませんけど、他の3人はいい人ですよ」

 その陣内って奴が一番ヤバそうな雰囲気だったんだけど。イマイチ不安は拭えない。

 木村が戻ってきて「酒、作るよ」とカウンターに立った。一ノ瀬が「手伝う」と木村の隣に並ぶ。

「あの二人って実はけっこうお似合いだよね」

 俺の横で育夫がぽつっと呟いた。

「かもな」

 二人を見たまま頷く。木村がカクテルピンに刺したオリーブを一ノ瀬の口元に持って行く。一ノ瀬が口を開けそれを齧る。木村が何か言い、一ノ瀬の唇を親指で撫でた。恥ずかしそうに一ノ瀬は自分の口を拭う。そのこめかみに木村は素早くキスをした。とんでもないものを見た。慌てて前に向き直った。

 隣で育夫がクスクス笑っている。

「お前も見た?」

 小声で確認すると育夫が頷く。

「あんなふうに隠さずやられるとあてられちゃうよね。でもちょっと羨ましかったりして」
「お前も人前であんなことしたいのか?」
「そりゃあしたくないわけじゃないよ。まぁ、相手がいたらの話だけど」

 木村と一ノ瀬がグラスを持って戻ってきた。それを飲みながら話をして時間が過ぎて行く。終電も見送った俺たちは、店の2階に泊めてもらうことにした。機嫌よく酔っ払った育夫を抱え、急勾配な階段をあがり、ベッドにおろす。毛布に包まって、みんなで雑魚寝した。



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