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アイヲシル(13/14)

2020.10.21.Wed.
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 あれから四日が経ったが、そのあいだ木村から連絡は一切なかった。怒っているのだから当然か。それとも俺に呆れて話もしたくないのか。もしくは女上司と過ごす時間が楽しくて俺のことは忘れているのか。こんな状況になっても、黒坂という上司のことを思うと胸が黒く焼け付いた。

 明日木村が帰ってくる。どんな顔でなにを話せばいいのかと不安になる。今回のことで俺に愛想を尽かしたかもしれない。やっぱり女がいいと再確認したかもしれない。

 帰って来た木村はどんな顔と態度で俺と接するのだろう。想像するのが少し怖い。

 最近食欲もなく睡眠も十分にとれていなかったせいで、職場の先生たちから顔色が悪いと心配された。風邪気味で、と誤魔化す。

 授業や部活で阿賀見を見ると、昔はもっと単純だったような気がする、と胸が痛くなった。学生の頃に戻りたいなんて馬鹿なことを願うほどにネガティブになっている。

 家に帰っても何もする気がせず、食欲もまったく感じないので、服を着替えて布団に入った。

 隣に木村はいない。また少し泣いた。

 不意に玄関から物音。

「有!」

 静かな部屋に大声が響く。木村の声。嘘だ。帰国は明日のはず。ベッドから身を起こし、物音が聞こえてくる扉を見つめた。足音が近づいて来て、勢いよく寝室の戸が開き、パッと部屋の明かりがついた。

「ゆ……! おまえ、泣いてんの?」

 俺の顔を見た途端、木村の険しい顔が戸惑ったものにかわった。大股でベッドに近づいて来て辛そうに目を細める。本物だ。本物の木村が目の前にいる。

「ごめん」

 ぎゅっと抱きしめられた。走ってきたのか木村の息は荒い。

「おまえを泣かせることはしないってサンジャイと約束したのに。ごめん」

 先輩といつそんな約束をしたのかと頭の隅で思いながら木村の背中に腕をまわした。止まっていた涙がまた溢れてくる。避けられなかっただけでこんなに嬉しくて安心してしまう。

「連絡しなくてごめん。俺の方が頭冷やさなくちゃいけなかったから」
「いい、そんなこと。どうして、今日……帰ってくるのは明日だって」
「あぁ、おまえが心配だったからむりやり早く繰り上げて帰って来た。ねぇ、女がどうのこうのって、おまえはなにをそんなに心配してたの」

 ベッドに腰掛けた木村に泣き顔を覗きこまれた。

 言うのを躊躇って何度か瞬きする。目蓋に押し出されて零れ落ちた涙を木村の指が拭った。自分があやされる子供になったような気分だ。

「一緒に……、出張に一緒に行った黒坂さんて上司、女なんだろ」
「うん、そうだけど。まさかそれで怒ってたの?」
「上司が女だなんて聞いてない。出張に二人で行くことも聞いてない」
「ちょっと待って、俺があの人と何かあると思ってる? それは100%ないね。絶対ない。まずあの人俺よりだいぶ年上だよ、確か49歳だったかな」

 そんなに年が離れていたのか。電話の声は若く聞こえたが。

「その年齢でも綺麗な人は綺麗だろ」
「あの人と一晩過ごせってのは俺にとっては罰ゲームだよ。見た目云々より、あの性格が無理。口を開けば人の悪口か噂話してんだよ。仕事もろくにしないでさ。飲みに行ってもそんな話ばっかだからみんなから敬遠されてるし、仕事もたいして出来るわけでもないし。俺が今までどれだけ迷惑被ってきたか。部長もそれをわかってるから俺を評価してくれてる。それがなかったら我慢出来ない。そんな人だよ、過ちなんて絶対犯さない、その気にもならない」

 木村は本当に嫌そうに顔を歪めた。クソ上司呼ばわりしていたわけが少しわかった。

「でも、あの人はおまえに好意を持ってるんじゃないのか」
「あの人、男なら誰でもいいって人だから。俺以外にも個人的に食事に誘われた男の社員はたくさんいるよ。みんな断ってるけど」

 だんだん黒坂という女性像が見えて来た。

「黒坂さんが女だってことを言わなかったのは謝る。今回の出張が黒坂さんと二人ってことも黙っててごめん。なんとなく言わなくてもいいかなって思ってた。隠すつもりじゃなかったけど……やっぱり有を心配させたくないって思ってたのかもしれない。それは謝る、ごめん」

 目元に優しくキスされた。

「嫉妬して不安になってあんなこと言ったんだ? 別れたいなんて本心じゃないよね」
「ん」

 頷いて木村に抱きついた。温かい頬、首筋。木村の匂い。また胸が苦しくなった。

「おまえが別れるなんて言い出したとき目の前が真っ暗になったよ。よりによってアメリカなんて離れた場所にいるときにさ。めちゃくちゃ頭にきたから、自分でも何言い出すかわかんなくて電話切ったけど……切ってから後悔した。仕事終わって帰って来た時におまえが家にいなかったらどうしようってすごく焦ったし不安だった。せっかく俺の夢が実現しそうって時だったのにさ」
「夢?」
「うん。俺ね、入社した時から海外赴任の希望出してんの」

 海外赴任。今までのように日本から通うのではなく、そこに住むということだ。

 こいつは自分の夢を叶えることに夢中で、俺のことは何も考えてない。一週間や二週間の出張とはわけが違う。何年と言う単位、離れ離れになるというのに、どうしてこいつはそんなに嬉しそうに語るんだ。カッとなって枕を木村に叩きつけた。

「馬鹿! さっさと行けよ! やっぱり俺と別れたかったんじゃないか!」
「待てって、話聞け」

 冷静に木村は俺から枕を取り上げた。

「まさか俺が一人で行くと思ってんの?」

 苦笑を浮かべて木村が言う。

「俺がおまえを残して一人で行くと本気で思ってんの? そんなことするわけないだろ。おまえが嫌だって言ってもむりやり連れて行くつもりだよ。このために大学生の時から頑張って来たんだから」
「俺も……?」

 一緒に連れて行くと言うのか。それを入社する前から考えていたのか。就職先を商社に決めた時からそれを夢にしていたと言うのか。

「そりゃさ、こっちの仕事を辞めさせることになるからそれは申し訳ないと思うけど、向こうでもどこでも教師の仕事はできるだろ。英語を活かして通訳とか翻訳の仕事もあるだろうし。そのための協力は全力でするつもりだよ」

 やっぱりこいつは俺のことなんて何も考えてない。俺の意思はそこにはない。俺が行かないと嫌がったらどするつもりなんだろう。

 そんなふうに考え行動するするのは、あんまり昔の木村らしくて、今度は別の涙が出た。木村を信じずに疑って暗く落ち込んでいた自分が恥ずかしくなる。俺は寂しさから過去のことばかり思い出していたが、木村は未来を見ていた。

「そんな大事なこと……どうしてもっと早くに言わないんだ」
「だってさ、これってプロポーズみたいなもんだろ、一人前になってから言いたかったんだよ」

 と、恥ずかしそうに頭を掻く。プロポーズという言葉に俺まで緊張した。

 木村が俺の手を握る。

「まだ決まったわけじゃないし、何年も先になるかもしれないけど、海外赴任が決まったら俺について来てくれる?」

 真摯な目が俺を見つめてくる。木村と離れ離れになるなんて考えられない。もしこの先、木村に捨てられる日がくるとしても、それまでは一緒にいたい。振られる前に別れてしまうだなんて、馬鹿な選択はもうしない。

 俺も目を見つめ返して頷いた。木村の顔に笑みが広がる。

「一生はなさないから」



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コメント
ドバァーーーっっ!!

・゜・(つД`)・゜・
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お返事
そめお様

ありがとうございます!( ;∀;)
完結に向けて個人的に頑張ってみました。如何だったでしょうか。
恋愛ものは、死ぬまで一緒に添い遂げて欲しいって思っちゃう派です。


ピダム様

読みが鋭いです!木村はああ言いきっちゃったけど、パートナーの仕事とか交友関係とかそのへんまったく配慮してないしどうなのよと思わないでもないですが(今更)木村はきっと亭主関白でグイグイ引っ張って行くタイプなんですね。何があっても守ると、その覚悟の上での発言なのだと思いたいです。
今日で本編は終わりになりますが、どうか楽しんで頂けますように(-人-)

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