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アイヲシル(5/14)

2020.10.13.Tue.


  俺の勤める高校の制服は、かつて俺たちが通った住大高校の制服に似ている。男子は紺のブレザー、グレーのスラックスにネクタイ着用。なんだか懐かしく眺めてしまう。

 いまは2年生が修学旅行に出かけているので、校内の生徒数は簡単にいうと3分の2。1年生の英語を受け持つ俺にはあまり影響はないが、陸上部の顧問が引率で一緒に出ているので、今は副顧問の俺が部を見ている。

 その陸上部に所属している阿賀見という生徒は、昔の木村を見ているような錯覚を俺におこさせる。

 眉目秀麗、頭脳明晰、背も高くて性格も明るく、クラスのムードメーカー的存在。明るい茶髪に耳にピアス。学校の指定色は黒か紺なのに、一人白のニットセーターを着てくる。注意をするがきかない。人懐っこい陽だまりのような笑顔で「俺、白が好きなんだもん」と悪びれた様子もなく言うので、つい教師陣も見逃してしまう。木村にどことなく似ているから、という理由を差し引いても目を引く存在だった。

 いまも授業中だと言うのに、阿賀見は窓際の席で机につっぷし居眠り中。俺は阿賀見の席まで静かに移動し、教科書でパンと頭を叩いた。教室からクスクスと笑い声。

「なに」

 阿賀見はゆっくりした動作で寝ぼけた顔をあげた。

「授業中。寝るなら休み時間に」
「いいじゃん、朝練で疲れてんだから。先生だって見てただろ」
「あぁ、見ていたよ。頑張っていたな。でも、夕べは遅くまで遊んでいたから寝不足だと言っているのも聞いたよ」
「カラオケ行ったらOLさんにナンパされちゃってさ。朝まで奢りで遊び倒しちゃった」

 話し方や行動まで木村に似ている。

「遊びもほどほどに。少し眠って頭もすっきりしただろう。この続きを読んでくれるか」

 閉じたままの教科書を開き、指差す。阿賀見は立ち上がって、スラスラ英文を読んでいく。そうやって一通りなんでもこなしてしまうところも似ている。

「素晴らしい。座って。もう時間だな」

 腕時計を確認する。授業が終わる時間だった。

「宿題のプリントを受け取ったら休憩」

 前から順番にプリントを配った。受け取った者から席を立つ。チャイムが鳴った。俺も荷物をまとめた。顔を上げたとき阿賀見と目があった。意味深な笑みを浮かべ俺を見ている。引っかかったが、気にせず教室を出た。

~ ~ ~

 昼休みに女子生徒からの質問に答えたあと、遅刻気味で次のクラスへ移動し、今日最後の授業を終わらせた。六時限目は職員室で事務仕事を済ませ、グラウンドへ。すでに陸上部員たちは着替えてストレッチを始めている。

 いつもの練習メニューをこなす生徒を眺めながら、俺に話しかけてきてくる女子部員の相手をした。女の子というのは昔からかわらず積極的で話好きだ。

「先生って恋人いるの?」

 といまもまったく部活動に関係ないことを聞いてくる。

 毎度この話題には返事に困る。俺には木村がいるが、付き合っている奴がいるとは言えない。言えば「どんな人? かわいい? きれい? 見たい! 写真持ってきて!」という展開になることは過去に経験済みだ。

「きみに心配してもらう必要はないよ」
「先生っていくつだったっけ? 25? 26? 早く彼女作んなきゃヤバイじゃん。和田先生みたいになるよ」

 和田先生は陸上部の顧問。四十代前半。独身。早く結婚しろと生徒から言われるたびに「おまえたちのせいでデートする時間もないんだ」と言い返し「デートする相手もいないくせに」とからかわれている。生徒想いのいい先生だ。

「先生ってどんな人が好きなの?」
「一緒にいて安心できる人」
「そういうんじゃなくってさぁ、もっと具体的に。芸能人で言うとどんな人?」

 女子高生は何かとテレビを基準にしたがる。

「性格までは知らないから」
「じゃなくて、顔よ、顔!」

 最近テレビを見ないからわからない、とはぐらかし、「さ、練習に戻って」と彼女を遠ざけた。

 練習が終わった夕方。日が落ちるのが早くなり、あたりは暗くなっている。用具の片づけを手伝って、俺も職員室に戻ろうとしたとき、阿賀見に呼び止められた。

「先生、話あるんだけど」

 ジャージの上着をはおり、前のファスナーをあげながら阿賀見が近づいてくる。

「話? なんの?」

 担任でもない俺にいったいなんだろう。授業のことだろうか。

「恋の相談」

 言って阿賀見はニコリと笑った。俺の苦手な分野だ。

「僕に? もっと他に適任がいると思うけど」
「知ってる。さっき女子と話してんの聞いてたもん。先生って見たまんまオクテそうだもんな。一緒にいて安心できる人がタイプなんて、どんなだよって思ってた」

 うるさい、ほっておけ。

「だったらなおさら僕じゃなくて他の人に相談したらどうだ。脇坂先生あたりがいいんじゃないのか」

 俺と同じ年の脇坂先生は人当たりもよく生徒から、特に女生徒から人気がある二枚目だ。

「あー、俺、あいつ嫌い。なんかチャラついててさ。あんなヤリチンに俺の繊細な心の機微は理解出来ない」

 顔を顰め、首を振る。好き嫌いをはっきり態度にあらわすところも木村に似ている。思わず顔が綻んだ。こいつは本当に昔の木村を思い出させる。こいつも大人になった時にそんな態度や口調をあらためる日がくるのだろうか。目を細めて阿賀見を見ていたら、

「先生って、たまに俺のことそうやって見てるよね」

 と言った。

「えっ?」
「すっげえ優しい目でさ、俺のこと、じっと見てるよね。今日だって授業の時にさ。あれ、なんで?」

 そんな目で見ていたか? 指摘されて顔が熱くなる。確かに阿賀見を見るときはいつも昔の木村とだぶらせているような気がする。仕事をしながら、プライベートの顔が出ていたのかもしれない。

「出来の悪い生徒ほど可愛いというからな」
「ひでぇなぁ。俺、出来は悪くないほうだと思ってんだけど」

 確かに成績も優秀だし、素行も悪いわけではない。

「年上だろうと教師だろうと、言葉使いを改めないからな、きみは」
「なにそれ、敬語使ったほうがいい?」

 首をかしげて俺を見てくる。少し考え、俺は首を横に振った。

「いや、阿賀見らしくていいんじゃないか」

 正確には、木村らしくなくなってしまうのは嫌だな、そう思って阿賀見を甘やかしてしまった俺は教師失格だろう。

「服を着替えてから職員室に来なさい。もう遅いからあまり時間は取れないけど話くらいなら聞くよ」
「いや、俺このまま帰るし。一緒に職員室行く」

 と阿賀見は俺について来た。



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