アイヲシル(4/14)
2020.10.12.Mon.
<1→2→3>
あれからもう二年が経つ。俺も教師の仕事に少しずつ慣れ始めてきたが、まだまだわからないことや戸惑うことも多い。
俺より着実に仕事で成果を残していく木村に取り残されたような寂しさと焦りを感じてしまう。
そんな思いを振り切るように車のハンドルを切った。車の免許は去年取った。自分はもうすでに持っているくせに、俺が免許を取るつもりだと言うと必要ないと反対された。
「俺がおまえを乗せてやりたいの。おまえが俺以外の誰かを車に乗せてやるようなことがあるのも嫌だ」
というのが反対する理由らしい。
だがいまは免許を取っておいて良かったと思う。たまに酔っ払いを迎えに行くことがあるからだ。はじめは俺が車を運転することにいい顔をしなかった木村だったが、何度か俺の世話になると文句を言わなくなった。
それでも休みの日は木村が運転をし、俺にハンドルを握らせなかった。そこは妙にこだわっている。
いつも利用しているスーパーについた。じゃがいもとたまねぎは家にあるので、足らない材料を買って家に戻った。
俺は料理が苦手だ。何事も「やりすぎる」か「足らない」のだ。炒めれば炒めすぎて焦がしてしまうし、煮物を作れば味が薄いか濃すぎる。料理の本を見ながら作っても、木村の味には遠く及ばない。
木村は料理がうまい。瀬川さんの店で料理もしていたからだろう。
物覚えもよく手先も器用。落ち込むとわかっていても、つい自分の不器用さと比べて気持ちが沈む。
カレーは木村が「うまい」と言ってくれたので、俺もある程度自信をもって作ることができるメニューだ。とは言え、材料を切って煮込み、カレールーを入れて混ぜるだけという簡単さ。失敗のしようもない。
それでもおかわりをしてくれるのはやはり嬉しい。だから今夜はカレーを作って待っていようと思ったのに、木村は仕事だと言う。
一人の食卓だが仕方がない。
味気ない食事を済ませ、風呂に入ってしばらくテレビを見たあと布団に潜り込んだ。
秋の気配が深まる夜。隣の温もりが恋しく感じる季節。木村はいつ帰ってくるのかと、隣のあいたスペースを見る。時刻はもう午前一時。せめてメールのひとつでも欲しい。溜息をついてスタンドの明かりを消した。
そのタイミングで玄関から物音。耳をそばだてる。
扉が開き、鍵をしめる音。靴を脱いでリビングに入って来た。溜息をつきながら荷物を床におろす。歩いて洗面所へ。そこで手を洗い、うがいをしている。ゴソゴソと何か探す物音。その後、コンセントを差し込む音。携帯電話を充電しているようだ。足音が近づいてきて、寝室の戸がそっと開いた。俺は目をつぶり、寝た振りをする。
「ゆう?」
最近、木村は俺のことを下の名前で呼ぶ。俺に甘えてくるときや、帰りの遅くなった日なんかに。
「寝た?」
五日振りに聞く声。少し擦れている。
中に入って来た木村がベッドに腰をおろした。狸寝入りを続ける俺の頭を撫で、額にキスしてくる。酒臭い。やっぱり飲んで来たのか。
「ただいま。遅くなってごめんね」
そう囁いて立ち上がる。部屋から出て行こうとする木村の腕を咄嗟に掴む。木村が振りかえった。
「起こしちゃった? ごめんね」
またベッドに座り、俺にキスをしてくる。
「酒臭い。遅い。メールくらいしろ」
「ごめんごめん、俺だってはやく有に会いたかったんだけどさ、上司に掴まってむりやり付き合わされたんだよ。怒ってる?」
「怒ってなんかない。体を壊さないか心配なだけだ」
「俺は丈夫だから。このあとエッチもできるよ。する?」
「馬鹿なこと言ってないで早く寝ろ」
はいはい、と木村が立ち上がる。
「じゃ、軽くシャワー浴びてくる。もう遅いから先に寝てて」
と部屋を出て行った。いつもこんな調子で俺の前で「疲れた」とは言わない。以前、雑誌で「商社マンの平均寿命は67歳」と読んだことがある。木村の働き振りを見ていたらそれも納得で、今はまだ若いからと油断して欲しくない。
シャワーから戻った木村は、俺を抱き枕にして、一瞬で眠りに落ちた。
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あれからもう二年が経つ。俺も教師の仕事に少しずつ慣れ始めてきたが、まだまだわからないことや戸惑うことも多い。
俺より着実に仕事で成果を残していく木村に取り残されたような寂しさと焦りを感じてしまう。
そんな思いを振り切るように車のハンドルを切った。車の免許は去年取った。自分はもうすでに持っているくせに、俺が免許を取るつもりだと言うと必要ないと反対された。
「俺がおまえを乗せてやりたいの。おまえが俺以外の誰かを車に乗せてやるようなことがあるのも嫌だ」
というのが反対する理由らしい。
だがいまは免許を取っておいて良かったと思う。たまに酔っ払いを迎えに行くことがあるからだ。はじめは俺が車を運転することにいい顔をしなかった木村だったが、何度か俺の世話になると文句を言わなくなった。
それでも休みの日は木村が運転をし、俺にハンドルを握らせなかった。そこは妙にこだわっている。
いつも利用しているスーパーについた。じゃがいもとたまねぎは家にあるので、足らない材料を買って家に戻った。
俺は料理が苦手だ。何事も「やりすぎる」か「足らない」のだ。炒めれば炒めすぎて焦がしてしまうし、煮物を作れば味が薄いか濃すぎる。料理の本を見ながら作っても、木村の味には遠く及ばない。
木村は料理がうまい。瀬川さんの店で料理もしていたからだろう。
物覚えもよく手先も器用。落ち込むとわかっていても、つい自分の不器用さと比べて気持ちが沈む。
カレーは木村が「うまい」と言ってくれたので、俺もある程度自信をもって作ることができるメニューだ。とは言え、材料を切って煮込み、カレールーを入れて混ぜるだけという簡単さ。失敗のしようもない。
それでもおかわりをしてくれるのはやはり嬉しい。だから今夜はカレーを作って待っていようと思ったのに、木村は仕事だと言う。
一人の食卓だが仕方がない。
味気ない食事を済ませ、風呂に入ってしばらくテレビを見たあと布団に潜り込んだ。
秋の気配が深まる夜。隣の温もりが恋しく感じる季節。木村はいつ帰ってくるのかと、隣のあいたスペースを見る。時刻はもう午前一時。せめてメールのひとつでも欲しい。溜息をついてスタンドの明かりを消した。
そのタイミングで玄関から物音。耳をそばだてる。
扉が開き、鍵をしめる音。靴を脱いでリビングに入って来た。溜息をつきながら荷物を床におろす。歩いて洗面所へ。そこで手を洗い、うがいをしている。ゴソゴソと何か探す物音。その後、コンセントを差し込む音。携帯電話を充電しているようだ。足音が近づいてきて、寝室の戸がそっと開いた。俺は目をつぶり、寝た振りをする。
「ゆう?」
最近、木村は俺のことを下の名前で呼ぶ。俺に甘えてくるときや、帰りの遅くなった日なんかに。
「寝た?」
五日振りに聞く声。少し擦れている。
中に入って来た木村がベッドに腰をおろした。狸寝入りを続ける俺の頭を撫で、額にキスしてくる。酒臭い。やっぱり飲んで来たのか。
「ただいま。遅くなってごめんね」
そう囁いて立ち上がる。部屋から出て行こうとする木村の腕を咄嗟に掴む。木村が振りかえった。
「起こしちゃった? ごめんね」
またベッドに座り、俺にキスをしてくる。
「酒臭い。遅い。メールくらいしろ」
「ごめんごめん、俺だってはやく有に会いたかったんだけどさ、上司に掴まってむりやり付き合わされたんだよ。怒ってる?」
「怒ってなんかない。体を壊さないか心配なだけだ」
「俺は丈夫だから。このあとエッチもできるよ。する?」
「馬鹿なこと言ってないで早く寝ろ」
はいはい、と木村が立ち上がる。
「じゃ、軽くシャワー浴びてくる。もう遅いから先に寝てて」
と部屋を出て行った。いつもこんな調子で俺の前で「疲れた」とは言わない。以前、雑誌で「商社マンの平均寿命は67歳」と読んだことがある。木村の働き振りを見ていたらそれも納得で、今はまだ若いからと油断して欲しくない。
シャワーから戻った木村は、俺を抱き枕にして、一瞬で眠りに落ちた。
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