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アイヲシル(2/14)

2020.10.10.Sat.
<1>

 俺には兄が二人いる。一番上が29歳、真ん中が27歳。

 話があるから、と休日、一番上の兄を家に呼びとめた。小さい頃に両親を事故で亡くして以来、親代わりにいろいろ尽くしてくれた人だ。小さい頃は仲が良くて一番上の兄を「開兄ちゃん」、二番目の兄を「礼兄ちゃん」と呼んでいたが、いつからか一番上の兄だけ「兄さん」にかわった。

 今日は礼兄ちゃんは朝から出かけていない。まず先に長兄に報告が先だと思っていたから、礼兄ちゃんには帰ってきてから報告するつもりだった。

 去年の夏の終わりに祖父が他界し、俺たち兄弟だけになった家。昔は祖父がいるからと寄りつかなかった居間に、俺は兄と二人で向き合い、無言で木村が来るのを待っていた。柱にかかった振り子時計の音が嫌に大きく聞こえる。

 兄は胡坐を組んでテーブルのうえに広げた新聞を読んでいた。時折奥歯を食いしばっているのが頬の筋肉の動きでわかる。気付くと見かけるようになった兄の癖だ。

 29歳だが、実際は30代後半に見えてしまうのは、今まで俺と礼兄ちゃんの親代わりになって苦労してきたからなのだと思う。

 兄はいつでも自分のことは後まわしにして俺たち兄弟のことを優先してくれた。言葉少なく厳しい兄だが、その深い愛情はいつも感じていた。心から感謝している。

「今日はすみません、休みなのに」

 つい兄に謝っていた。

「いや。どうせ暇だ」

 新聞から顔をあげずに言う。兄は厳格な人だ。もう何年も笑顔を見ていない。

「もうすぐ来ると思うので」

 と言った時、チャイムが鳴った。

「僕が行きます」

 立ち上がり、玄関へ向かった。手土産をもった木村を招き入れる。さすがに緊張した面持ち。中に案内し、兄の正面に二人並んで座った。

「紹介します、高校の時からの友人で木村といいます」

 新聞を畳んでテーブルの隅に置き、兄は顔をあげて木村を見た。

「弟の有がいつも世話になっているようで」

 と兄は小さく頭をさげた。

「いえ、どちらかと言うと、僕がいつも甘えて一ノ瀬君を困らせています」

 木村のこんな言葉遣いや、やけに大人びた態度を見るのは初めてだ。内心驚きつつ、俺より先に社会人として働く木村を垣間見た気がして感心してその横顔を見つめた。

「今までご挨拶が遅れてすみませんでした。面識のない自分が出席するのは控えたほうが良いという知人の助言のせいにするつもりではないのですが、お祖父さんのお葬式にも伺わず、そのことも重ねてお詫びします」

 これが本当に、目上の者にも平気でタメ口をきいていた木村だろうか。今度は驚きの目で見てしまった。

「いや、祖父の葬儀は身内だけでとり行ったから、君が気にすることではない」

 兄の口元に小さな笑みが見えた。木村の態度に好感をもったのだろう。

「有、お茶を」
「あ、はい」

 立ち上がり、台所に行ってお湯を沸かした。隣の部屋からは二人の話し声が聞こえてくる。お茶を持って戻ると、兄から「木村君からケーキを頂いた」と木村が持って来た手土産を渡された。

 小皿にそれを取り、木村の前に置く。それを見届けてから、

「ところで、話というのは?」

 兄の眼がこちらに向いた。俺は木村の横に正座した。

「はい、実は、家を出ようと思っています」

 兄は一度瞬きしただけで何も言わない。

「それで、この木村と一緒に住もうと思っています」

 俺の顔から木村の顔へ兄の視線が移動した。

「ふん……」

 と小さく何度か頷く。

「まぁ、いいんじゃないか。おまえも子供じゃないんだ、自分の面倒は自分で見られるだろう」

 また俺の顔に視線が戻って来た。俺は兄の顔を見ながら、膝の上で手を強く握りしめた。胸がつかえたように苦しい。

「もう一つ、話しておきたいことがあります」

 兄が首を傾げた。相手の言葉を待つ時の昔からの癖だ。

「実は、僕と木村は」

 付き合っています、という肝心の言葉が出てこない。兄の反応が怖くて言えない。でも言わずに黙って家を出るのは違う気がする。

 俺たちのことを言おうと思ったのは衝動的だった。はじめから話そうと決めていたわけではない。いつか話さなくてはいけないだろうと思っていはいたが、今日、このタイミングで、とは考えてもいなかった。
 
 兄の顔を見ていたら様々なことを思い出した。期待に添いたい。失望されたくない。でも、隠し事だけはしたくない。

 だがいざ言い出してみると舌がもつれ、手が震えて来た。

「あの、」

 厳しい兄の反応を考えると怖くなり、言葉が続かなくなった。その時、

「一ノ瀬君とお付き合いさせてもらっています」

 横の木村が言葉の続きを言った。俺は息を呑んで木村を見た。木村は真摯に兄を見ている。

「それをわかった上で、もう一度お許しをもらいたいと思って今日は来ました。僕たちの交際を認めてもらえないでしょうか」

 初めからそのつもりで来たというのか。だから兄に挨拶をする、なんて言い出したのか。今日は何度も木村に驚かされている。

「僕は真剣です。遊びや気の迷いではありません。僕には一ノ瀬しか考えられないんです。申し訳ありません」

 木村は畳の上に手をついて頭をさげた。土下座をする木村を見て胸が熱くなる。俺も一緒に頭をさげた。

「すみません、俺も真剣です」

 畳についた手の指先が木村の指先にかすかに触れた。それがとても心強い。

 押しつぶされそうな沈黙。しばらくして

「二人とも顔をあげなさい」

 意外に平静な兄の声がかかった。体をおこすと、さっきと表情のかわらない兄の顔があった。腕を組み、考えごとをするように目を閉じる。長い息を吐き出したあと、目を開いた。

「すべてわかった上なんだろう?」

 と言う。

「わかった上で、それでも一緒に暮らすと言っているんだろう? だったら俺が許すも許さないもない。俺に謝る必要もない。二人の好きにするといい」

 俺と木村を交互に見て、目元を和らげた。

「よく打ち明けてくれたな。勇気がいっただろう」
「兄さんには、言わなきゃいけない気がしたんです」
「そうか……。礼にはもう言ったのか?」
「いいえ、まだ。帰ってきたら話します」
「まだか……、そうか」

 兄は眼を伏せ、もう一度「そうか」と噛み締めるように呟いた。

「一ノ瀬は僕が守ります。安心して下さい」

 木村の言葉に兄は目をあげ、

「これを誰かに守られるような男に育てた覚えはない」

 強い口調で言う。言われた木村も「すみません」と慌てて頭を下げていた。

「いや、しかし、いざというときには力になってやってくれ」

 何やら満足げな顔で兄はまた頷いた。そして思い出したように、

「有の料理には期待しないほうがいい。こいつは料理が下手で食材を無駄にするから」

 なんて言う。

「開兄ちゃんっ」
「ははっ」

 兄が声を出して笑うなんて何年ぶりだろう。心の底から凍りついて震えるほどに緊張していた体が、その笑顔を見てほっと力が抜けて行く。許してもらえた安堵と、認めてもらえた喜び。隣の木村を見ると、木村も俺を見て嬉しそうに笑っていた。木村が一緒にいてくれて良かった。


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コメント
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お返事
はるりん様

でしょwめっちゃチョロかったでしょw
一番上のお兄ちゃんは弟2人には早く独立して欲しいと思いつつ目の届くとろこにもいて欲しいと思う心配性なブラコンです。
身内へのカミングアウトも済んでもうあとはラブラブ同棲編!浮気?心移り?すれ違い?そんなのもちょこっとあり。ぜひ最後まで読んでもらいたいです!!^^


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