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アイヲシル(1/14)

2020.10.09.Fri.
<「ピーキー」→「毒入り林檎」→「未成年のネクタイ」→「言えない言葉」→「Question」→「Answer」→「OVERDOSE(番外編)」→「大人のスーツ」>

  木村から出迎えは不要だと言われていた。帰国したその足で一度社に寄らねばならないかららしい。それは帰宅する時間も大幅に遅くなることを意味している。

 木村が都内にある総合商社に就職し、海外営業部で働き出して早4年。仕事にも慣れて、まわりを見るゆとりももてるようになり、いまは仕事が楽しいのだと言っていたが、毎月出張であちこち飛び回り、夜遅くまで接待や付き合いで酒を飲み、たまに早く帰って来たと思ってもたまった事務仕事をいまのうちに片付ける、と日付がかわった深夜までパソコンに向かっているので、そばでそれを見ている俺は体を壊すのではないかと気が気じゃない。

 大学三年の履修登録で、木村は国際ビジネスに役立つゼミを選択し、就職に有利な資格は取れるものなら片っ端から取って行った。二年までの木村とは見違える変わりようで俺はずいぶん面食らったものだが、木村がやる気を出して一生懸命勉強に励む姿は見ていて嬉しかった。

 英語を教えて欲しいと頼まれ、俺はもっている知識を全て木村に差し出した。それでも足らずに、木村は交換留学生と友達になり、あっという間に日常会話が出来るまでになっていた。その記憶力は目を見張るほどで、ビジネス英語なら俺を上回る語彙を習得した。それに加え、木村は耳が良いのかほぼネイティブな英語を話すことが出来た。

「一ノ瀬と同じ。俺も外国に興味があるから」

 そう言う木村に、いつか一緒に海外旅行をしようと夢が膨らんだが、木村が就職するとそれを実現する時間がなかなか持てないというのがわかった。商社マンというのは本当に忙しいようだ。

 今日だってドイツ出張から五日振りに帰って来たのに会社に寄って仕事をしなくてはならない。ゆっくり休む暇がない。

 今日はカレーを作ろうと思っていたが、きっとまた一人の食卓なんだと思うと、スーパーで惣菜でも買って手抜きをしたくなってくる。だがそんなことをしたと木村に知られるとなにを言われるかわかったものじゃない。

 俺は重い腰をあげて買い物に行くことにした。外は雨でも降ってきそうな曇り空。ますます俺を憂鬱にさせた。

~ ~ ~

 木村と一緒に暮らし出したのは、俺が修士課程に進んだ二年後、私立高校の専任教員に採用された年からだ。

 言い出したのは木村だった。

 場所は瀬川さんの店。ここは就活で忙しくなったころ木村はバイトをやめていたが、それ以降も俺を誘ってちょくちょく顔を出していた。

 高校生の頃、俺はこの人に嫉妬を感じていた。木村は好き嫌いがはっきり態度にでる。瀬川さんへの木村の態度はほかの誰とも違い素直で従順だった。そんな人は初めてだった。だから俺はつまらない嫉妬をもってしまい、木村と喧嘩をした。木村を信じていればしないで済んだ喧嘩だった。それをきっかけに俺は木村を信じる強さをもてた。

 だから木村が瀬川さんと話をしていても、あまり人に見せない優しい笑みを瀬川さんに向けても、もう心は騒がなくなった。

 瀬川さんは俺と木村を分け隔てなく接してくれるので、俺のくだらない感情でこの人を苦手に思いたくなかったというのもある。

 その日も、木村と一緒に来た俺を瀬川さんは笑顔で迎えてくれ、ドリンクをサービスしてくれた。

「一ノ瀬の就職も決まったことだしさ、二人で一緒に暮らさない?」

 テーブルに身を乗り出して木村が切り出した。

 いきなりのことで俺は何も言えなかった。木村の勤務先、俺の勤務先、部屋を借りるにしてもその場所は? 兄にはなんて言う? 一瞬で色んなことが頭をよぎった。

「でも……」

 俺の口から出たのは否定的な言葉だった。それを予想していたのか、木村はいつもの自信たっぷりな笑みを浮かべたまま、

「実はもう物件見つけてんだよね」

 とポケットから折りたたんだ紙を一枚取り出し、テーブルの上に広げて俺の前によこしてきた。

「2LDK。二人で住むにはいい間取りだと思うんだけど。最上階の角部屋、しかも南向き。ここの洋室を寝室にして、もう一個の部屋は仕事部屋にするってのはどう? 俺も仕事が忙しいし、一ノ瀬も働き出したらますます会える時間減っちゃうでしょ。そうなったら俺、寂しくて死んじゃうよ」

 と俺の手を握ってくる。咄嗟に周囲に視線を走らせた。誰も俺たちを見てはいない。

「でも……」

 展開が急すぎて俺はまた否定的な言葉を口にしていた。それも予測していた木村は俺より一枚も二枚も上手ということになる。

「実はもう契約しちゃったんだよね」

 ニヤリと笑う。俺は絶句して木村の顔を見た。

「勝手に決めてごめんね、こうでもしなきゃ一緒に住んでくれないと思って」

 握った俺の手を指で撫でる。優しい手つき。好かれているのだと自信をもてる。大事にされているのだと実感できる。

「わかった。でも兄に相談しないと」
「うん。俺も一緒に行く」

 はじめからそれも予定に入っていたように、木村はさらっと言った。

「俺、一ノ瀬の兄さんに会ったことないしさ。挨拶がてら? 一緒に住むなら顔見せておいたほうがいいでしょ」

 確かにその通りだ。別に木村を会わせたくないわけでもないし、俺は「わかった」と返事をした。

 そして次の日曜、木村が家にやってくることになった。



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コメント
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お返事
はるりん様

コメントありがとうございます!
今日更新の話で一ノ瀬のお兄ちゃん登場。ただ弟思いのブラコンなので案外チョロいですw
番外編の「右手左手」が一ノ瀬兄弟の話でちょうど今日更新のところも次男目線で書いているので、更新したら読んでもらえると嬉しいです^^まだちょっと先ですがi-201
これからもよろしくお願いします!

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