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大人のスーツ(9/12)

2020.10.05.Mon.


 年明け一発目の授業のあと、昼食をとっていると白樫が向かいの席に座った

「久し振り」

 とぎこちない顔で笑う。「どうも」と返事をし、その微妙な顔つきの意味を考えた。樋口との話を聞いたのかな。

「あの、樋口さんから君あてに写真を預かってるんだ」

 と鞄から取り出した封筒をテーブルの上を滑らせて寄越す。オレゴンの写真を探してみると言っていたが、本当に送ってきてくれたのか。封筒には写真とメモが一枚ずつ入っていた。

『一枚しか見つからなかった。冬に撮ったからあいにくの曇り空。場所はポートランド。この川の前で、あの女の子二人の写真を撮ったんだ。君の彼氏も通った事があるかもね』

 写真を見る。ここは公園なのだろうか。よくはわからないが、川だという水面が写真の中央に写っていて、その手前には木が数本並んで立っている。川の上を高速道路らしい橋梁が走っているのが見える。確かに残念な曇り空だ。

 一ノ瀬も見たことのある景色なのだろうか。考えると自然と口元に笑みが浮かんだ。

「ありがとう。樋口さんにも礼を言っておいてよ」
「うん、わかった。個展、行ったんだってね」
「まぁ、時間があったから」
「どうだった?」
「良かったと思う。今度一ノ瀬と一緒に行くって約束したよ」
「そ、か。あ……と」

 言いにくそうに指先で口元を触る。

「なに?」
「この前のこと、なんだけど。勇樹から聞いた。僕、あの日の帰りに泣いたって。君にもそれを見られたって」

 そんなことを気にして態度がおかしかったのか。白樫は顔を赤くして目を泳がせている。

「別に恥ずかしがることないんじゃない。酒飲んで酔ってたんだし。俺も酔ってて、あまりよく覚えてないし」
「でも驚いたんじゃない?」
「それなりに。あの人をすっぱり諦めるって選択肢はないの?」

 はっと白樫が顔をあげた。俺と目が合うとまた下を向く。その顔がみるみる赤くなっていった。

「い、今のところ、それは考えてない……っていうか、考えられないっていうか。自分でも未練たらしいってわかってるんだけど、初めて好きになった人だから、別に何か見返りを求めてるんじゃなくて、ただ、日本にいる時はそばにいられたらいいと……今は、そんな感じだから」

 ただそばに、か。

「わかるよ。俺も一ノ瀬のそばにいたいだけだもん。少し欲を言えば、誰よりもあいつのそばにいて、誰よりもあいつを好きでいて、誰よりもあいつから好かれて、いつでもどこでもあいつに好きだって言ってキスしたい」
「欲張りすぎだろ。僕へのあてつけ?」
「いや。俺もあんたには幸せになってもらいたいなぁと思い始めてるとこ」
「なにそれ?」

 樋口からそう聞いたとは言わないでいよう。樋口もそんなこと俺の口から言われたくないだろうし。

「俺もいつか樋口さんが撮ったあんたの写真を見たいってこと。あんたの、笑ってる写真をさ」

 白樫は眉をひそめた。

「何かあった? なんだか前と雰囲気が違うような気がするんだけど」
「そう? 年が開けたからだろ」

 晴れ晴れと笑う俺を見て、白樫は不思議そうに首を傾げた。



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