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大人のスーツ(8/12)

2020.10.04.Sun.


「あの子と初めて会ったのは3年位まえかな」

 俺にインスタントコーヒーを渡した後、向かいの椅子に腰をおろして樋口は言った。

「僕が初めて日本で開いた個展に来てくれたんだ。一人でじっくり時間をかけて、一枚一枚丁寧に写真を見てくれた育夫に僕はとても好感を持って声をかけたのがきっかけ。まだ高校生で、自分がゲイかもしれないって悩んでいる時期で、それを確かめるつもりで個展に来たと話してくれた。あの頃の育夫は危なっかしくてね。男を好きになることに罪悪感を持っているようで、焦燥した顔つきで、どうしたらいいのかわからないって言うんだ。僕にはもう今の彼がいたんだけど放っておけなくてホテルに呼んであの子と寝た。弁解するわけじゃないけど、育夫と寝たのはあとにも先にもその一度きり」

 樋口はコーヒーを一口飲み、ふぅと息を吐き出す。

「僕は自分に正直に生きたいと思ってるんだ。だから自分がゲイだと公表しているし、誇りも持ってる。本当の自分がわからないと言う育夫の悩みをはっきりさせてやるつもりであの子を抱いた。そのあと僕はアメリカに戻ったんだけど、半年くらいたって、僕のHP用のアドレスに育夫からメールが来た。僕の写真のファンだと言ってくれた。次に日本で個展を開くときには是非手伝わせてくれって。次に再会したのはその一年後。その頃にはもう今の関係が出来てたよ。お互い知らん顔。まわりにはバレバレなのにね」

 と力なく笑った。

「実は僕も育夫が好きなんだ。あの子が男を連れて僕のところへ来るたび心がざわつく。ただの友人だと知ってほっと胸をなでおろす。自分にはちゃんと恋人がいるくせに、あの子を繋ぎとめておきたいなんて思ってしまう。育夫が遊びと割り切れるような子なら、日本の恋人として僕も彼との関係を楽しめるんだけど、あの子はそうじゃないからね。だから早く育夫には恋人を作って欲しいんだ。これは本心。育夫には幸せになって欲しい。僕はあの子を選べないからね」

 樋口はサングラスを外し、手で顔をこすった。

「この話、勇樹にもしたんだ。彼も君と同じように、いきなり核心をついてきたよ。あいつをどうするつもりなんだって、その気がないならもてあそぶなって言われた。育夫はいい友達を二人も持ってる。僕は安心だ」
「俺は別に友達ってわけじゃ。ただ、二人がはっきりしないからムカついたんです」

 あははっ、と樋口は声をあげて笑った。

「君は本当にはっきり言うねぇ。まわりの人にカミングアウトはしてるの?」

 俺は首を横に振り「止められてる」と答えた。

「俺が良くても、あいつが耐えらんないだろうって、白樫さんとサンジャイが言うんだ」
「まだ理解されてないからね。今は懸命な判断だと思うよ」
「樋口さんはいつしたの」
「僕は高校の時。好きだった奴に、一世一代の告白をしたらこっぴどく振られて、おまけに学校中に言いふらされた。死にたくなったよ。でも開き直って自分はゲイだって胸張って生きてくことにした。だってまだセックスしたことなかったんだもん。一度は経験してからじゃないと死に切れないでしょ。それが自殺を思いとどまった理由。なんて」

 白い歯を見せて樋口は笑う。本気なのか冗談なのかわからず、俺は曖昧に笑い返した。

「学校なんて狭い世界に閉じこもってるとまわりが見えなくなるんだ。些細なことが人を死に追いやることもある。何気ないことに救われることもある。僕の写真で誰かを救えたなら、シャッターを切り続ける僕の本懐は遂げられたと言えるね」

 とカメラのシャッターボタンを押す真似をした。

「今度は彼と一緒に話をしたいな。また個展を開いたら、そのときには来てくれる?」

 椅子から立ち上がり樋口が言う。俺も立ち上がった。

「俺もあいつにあなたの写真を見せてやりたいと思う。だから、今度は一緒に見に来ますよ」
「オレゴンの写真、見つかったら来年の頭にでも送るから」

 と右手を差し出してきた。それを握り返す。いろんな人の人生を切り抜いてきた、柔らかで暖かな優しい手。

「育夫をよろしく」

 そう言う樋口に笑みを返した。

~ ~ ~

 年があけた。

 去年の初詣は一ノ瀬と行った。大晦日から俺の部屋でずっと一緒にいて、日付のかわる一時間前に家を出た。電車に乗って神社に行き、そこで除夜の鐘を聞きながらおみくじをひいた。

 どこに行っても人がたくさんいる神社を出て、二人でブラブラ散歩しながら話をした。この頃にはもう一ノ瀬は留学しようと決めていたんだろうな。

「木村は将来何をしたいんだ?」

 そんなことを俺に聞いてきた。俺はまともに受け取らずに「一ノ瀬がいて、三食昼寝付きならなんでもいい」とふざけて答えていたっけ。今思い出すと恥ずかしいくらい馬鹿な答えだ。

 正直、その時俺の頭の中にはやらしい事しかなかった。ひと気のない道をわざと選んで歩いて、誰もいない場所に来て一ノ瀬の手を握った。一ノ瀬は驚いてあたりを見渡し、誰もいないとわかると、俺の手をかすかに握り返してきた。

 曲がり角の手前で一ノ瀬を引き止めてキスした。怒られるから、触れるだけのやつ。

 恥ずかしさから俯く一ノ瀬の耳に「家、帰ろっか」と囁くと、一ノ瀬も黙って頷いた。

 部屋に戻ってから、体に触るだけの初心な行為に夢中になって、気付いたら窓の外が明るくなってきていた。

 ついでだからとまた外に出て日の出を見た。

「来年も一緒に見ような」

 俺の言葉に、一ノ瀬はただ静かに笑っていた。次の年、一緒に見られないかもしれないとわかっていたから、何も言えなかったのだと今だから気付く。

 今年は大学の奴らに初詣に誘われたが断った。鉄雄さんからも、知り合いのカウントダウンパーティがあるからどうかと誘われていたが遠慮した。

 一人で新年を向かえ、日の出を見た。昇る朝日を見ていると、誰もいない隣が寂しく感じる。一ノ瀬は今、どうしているだろう。今すぐ電話して声を聞きたいところだが、いつまでも甘えたことを言う自分にはそろそろ卒業しなきゃいけない頃だ。あいつは一人で頑張っているのに、俺はずっとあいつに励まされ支えられ続けてきた。

 弱さでなく強さを。甘えでなく自立心を。子供の時代はもう終わった。大人になる。それが今年の俺の目標だ。



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コメント
ロン!!
頑張れっ!!
お返事
そめお様

コメント見た瞬間に「グリフィンドールに10点」と校長の声が聞こえましたw
このあとちゃんと頑張るロンの姿を最後まで見届けてやって欲しいなと思います。あんまり成長はしてないかもしれないですがw一ノ瀬はけっこうデレてると思います(個人の感想です)
ロンは、やるときゃやる男なんです!
だからハーマイオニーもロンに惚れたのよー

あれ?
そっちの話でしたっけ?

一ノ瀬も、すっかりロンにメロメロですしね。
他のひとがロンって呼ぶのを嫌がる一ノ瀬見たいですね。
実は独占欲ちゃんとあるのよ、みたいな。

あと、10万打!!
おめでとうございます(*´▽`*)
110万打!!
ひと桁入力を間違えると大違い💦💦
大変失礼しました💦💦
お返事
そめお様

わーォ!いつもありがとうございます!嬉しい!!
ロンはハーマイオニーみたいなしっかりした子の尻に敷かれるのがお似合いなんですよね~!
(しかも双子兄から可愛いいじくられるってもう…!)違うか。

デレた一ノ瀬には私が一番びっくりしているかもしれません。
おまっ、性格かわってないか?とw
一ノ瀬は今回もまた嫉妬して喧嘩したり、懐古主義拗らせたりと、恋愛初心者らしい恋愛をしております。我慢して爆発する面倒臭いタイプです。ぜひ楽しみにしていただきたいです笑
本当にいつもありがとうございます(*^^*)

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