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大人のスーツ(6/12)

2020.10.02.Fri.


  12月になりクリスマスが近づいてきた頃、セミナーの誰かが独り身を集めてクリスマスパーティをやろうと言い出した。それに俺も誘われ、とりあえず参加することにした。一人で過ごすよりはいいだろう。

 そして迎えたイブの夜、集まった十人強で居酒屋の座敷に上がりこみ、鍋をつつきながら酒を飲んで騒いだ。

「木村君に彼女がいないなんて意外」

 あちこちで酔っ払いが出来上がった頃、いつの間にか俺の隣に女の子が座っていた。

「もてそうだから、絶対付き合ってる子がいると思ってたのに」
「そうでもないよ」

 付き合ってる奴はいるけど、彼女はいない。それに白樫の忠告もあって俺は一ノ瀬とのことは誰にも言っていない。

「私、他のクラスの子に聞いたんだけど、木村君って男の子と付き合ってたって本当?」

 同じ高校だった奴から聞いたんだろう。俺は曖昧に笑って首を振った。

「ふざけてそう言ってた頃もあっただけ。ただの友達だよ」

 ぬるくなったビールを飲んだ。まずくて飲めたものじゃない。

「だよね。木村君がほんとにホモだったらどうしようって思ってたんだぁ」

 正座していた足を崩し、俺のほうへ体を傾けてきた。腕がぶつかる。

「木村君てさぁ、どういう子が好みなの」
「別に誰でも。興味をもったらそれがタイプかな」

 今までがそうだった。特にこれと言って決まった共通項はない。

「節操ないね。誰でもありなんだ?」
「まぁね」
「じゃあさ、あたしとかはどう?」

 畳に手をついて、こちらに顔を近付けてくる。この子、俺に気があるのかな。そう思いながら観察する。

 丸顔で可愛い顔をしている。食事をして酒もずいぶん飲んでいるはずなのに、唇のグロスは健在で濡れ光っている。ゆっくり瞬きする大きな目は一途に俺を見つめてくる。大きな胸が際立つ薄手のセーター。短いスカート。一ノ瀬に本気になる前なら迷わず餌に食いついていた。

「そうだなぁ」

 言いながら、彼女の肩までの髪を触った。

「俺、髪の長い子がいいかな」
「誰でもいいんじゃないの? 髪なんて伸ばせば長くなるよ」
「今の俺の気分は髪の長い子なんだ」

 彼女の顔から笑みが消えた。唇を尖らせ、俺を睨んでくる。

「やっぱり男がいいんじゃないの?」
「胸のでかい子、苦手なんだ。押しつぶされそうでさ」
「ロリコン!」

 彼女は赤い顔でそう吐き捨てると別の席へ移動した。ロリコンときたか。

「飲んでる?」

 今度は眼鏡をかけた男が横に座った。今回の飲み会の発起人、井上だった。

「さっきの子、ほんとは男がいるらしいけど、木村が来るって知って参加した子なんだ。おまえ目当てだったんだよ。ロリコン呼ばわりされて災難だったな」
「まったく」

 井上は俺のコップにビールを注いでくれた。

「でもさぁ、俺も意外だったよ。絶対おまえは女いると思ってたからさ、一応誘ってはみたけど、まさか来るとは思わなかった」

 来ちゃいけないのか俺は。

「まさか一ノ瀬って奴と、ほんとは続いてんの?」

 井上は声を潜めて言った。一ノ瀬の名前を知っているということは同じ高校出身ということか。

「続いてるよ、っても友達としてだけど。俺もあいつも男だもん。それ以上にはなりえないでしょ」

 言いながら妙に心が痛んだ。なんだか一ノ瀬を否定しているようで心苦しい。どうして好きなのに好きだと言えないんだろう、言っちゃいけないんだろう。俺にはわからない。俺が一ノ瀬を好きになることで誰に迷惑がかかるんだ。誰に俺たちを咎める権利があるんだ。

「そうだよな、男同士ってありえないよな。さぁさぁ、飲めよ。今日は女の方が少ないから気に入った子いたら早く声かけたほうがいいぞ」

 井上は俺の肩をポンと叩いて、また別の奴のところへ行った。

 疲労感から溜息が出た。1人よりマシだと思って参加したが、結局相手を見つけるための合コンのような飲み会だった。退屈でつまらない。この前サンジャイたちと一緒に行ったゲイバーで飲んだときのほうが楽しかった。

 ポケットから携帯電話を出して時間を見る。22時過ぎ。オレゴンは朝の5時過ぎか。逡巡し、立ち上がった。

「どこ行くんだ?」

 背中にかかった声に「トイレ」と答え座敷を出た。静かな廊下で一ノ瀬に電話する。

『どうした?』

 意外に早く一ノ瀬が電話に出た。

「ごめん、こんな時間に。寝てたよね」
『いいよ、俺もなんとなく目が覚めたから』
「どうして? 怖い夢でも見た?」
『子供じゃないんだ。それよりどうした? 何かあったのか?』
「声が……、急に、聞きたくなって」

 一ノ瀬の声を聞いたら、さっきまでなんともなかったのに胸が詰まって泣きそうになった。

「一ノ瀬、俺ね、おまえが好きだよ。ほんとに好きだよ。どうしようもない位、おまえのことしか考えられないんだ。笑っちゃうだろ」

 笑おうとしたら吐息しか出てこなかった。こんなんじゃまた一ノ瀬を困らせてしまう。

『笑ったりしない。俺も同じだから』

 一ノ瀬に励まされてばかりだ。情けない。

「俺が好き?」
『好きだよ』
「名前呼んで」
『論、君が好きだよ』

 目を瞑って俺は頷いた。

「ありがとう。こんな時間にほんとにごめん。もう切るよ。おやすみ」
『うん、おやすみ。またな』

 またな。一ノ瀬の言葉に俺がこんなに元気付けられてるなんて、あいつはきっと知らない。携帯をポケットに捻じ込み、座敷に戻った。



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