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大人のスーツ(4/12)

2020.09.30.Wed.


  トン、と肩を叩かれた。顔をあげると、一年の初めに俺に話しかけてきた白樫が立っていた。

「ここ、いい?」

 と他にたくさん席があいているのに向かいの席を指差す。

「いいけど」

 つい険しい顔つきで答えてしまった。この人を見るとどうしてもその背後にいるサンジャイを思い出す。

「そんな風に嫌そうな顔をされると座りにくいな」

 苦笑しながら白樫は腰をおろした。座りにくいならよそに行ってくれよ。

 白樫は腕時計を見て、

「もうすぐ勇樹が来るから、それまで話相手になってくれよ」

 と言う。

「サンジャイが来んのかよ」

 更に険しい顔つきになった俺を見て白樫が吹き出す。

「話は聞いていたけど本当に勇樹が嫌いなんだな。勇樹とあの子は何の関係もないんだぞ。それなのにそんなに嫉妬して馬鹿か、君は」
「ほっとけよ。あいつはなんだか気に食わねえんだよ。昔からの知り合いだかなんだか知らないけど、妙に一ノ瀬に信頼されてるし、一ノ瀬のことなら何でも知ってるような顔してやがるし」
「そんな顔はしてないだろ。ただの幼馴染みなんだから」
「幼馴染みって関係にもむかつく。俺の知らない一ノ瀬を知ってるのが許せない。あいつは俺だけのものなのに」
「僕からの忠告、ちゃんと理解してるのか?」

 白樫は溜息をついた。

「理解してる。あんたは俺と一ノ瀬のことを知ってるんだから隠すことねえだろ」
「ほんとにわかりやすい性格だなぁ。勇樹が心配するわけだよ」
「あんた、サンジャイとどういう関係? あいつと付き合ってんの?」
「まさか。勇樹はノンケだし、僕には今、好きな人がいる。僕と勇樹の関係もただの幼馴染みだ」
「あんたも小学校から一緒だったのか?」
「うん。君の一ノ瀬君とは学年が違ったからほとんど面識はないけど、勇樹からたまに話は聞いていたよ。小/学生の時ね、みんな勇樹って日本名で呼んでいたのに、彼だけがサンジャイって呼んでたんだ。勇樹はそれが妙に嬉しかったらしい」

 名前の呼び方ひとつでも聞いてて腹が立つ。俺の勘繰りだとしても、二人には特別な絆があるような気がして仕方がない。

「ところで君、年末は何か予定ある?」
「特にないけど」
「僕の知り合いが個展をひらくんだ。良かったら見に来ない?」
「なんで俺を誘うんだ」
「その人もゲイでね。世界中のゲイやビアンの写真を撮っているんだけど、セクシャリティ関係なく素晴らしい作品ばかりだから、一度どうかと思って。僕が手伝いに入ってる時なら無料で入れてあげるよ」
「別に興味ない」
「気が向いたらおいで。場所は吉祥寺。ここに地図が載ってるから」

 白樫は鞄から出したフライヤーを俺に渡してきた。地図と一緒に、白人男性二人がお互いを抱きしめ合う写真がプリントされている。なるほど、こういう写真を撮ってるわけか。

「あ、勇樹が来た」

 フライヤーから顔を上げると、大柄な男がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。あいつ、しばらく見ない間に更にでかくなっていやがる。

「珍しい組み合わせだな」

 何の断りもなく、空いている横の席に座った。

 年々、こいつの顔の彫りが深くなっている気がする。浅黒い肌、日本人離れした顔。成長するにつれ、インド人の血が濃くあらわれているようだ。

「彼を樋口さんの個展に誘ってたんだ」
「あぁ。こいつ、行かないって言っただろ」
「うん。どうしてわかったんだ?」
「そういうひねくれた奴だからな」

 とサンジャイは俺を見てニヤッと笑った。

「こいつを動かすにはコツがあるんだ。一ノ瀬の名前を出せばいい。あいつ、今アメリカに留学してるんだろう?」
「どうしてあんたがそれを知ってるんだ」
「たまにメールしてるからな。オレゴンにいるってことも知ってる。個展を開く樋口さんて人、オレゴンでも写真を撮ってきたらしい。今回の個展でそれを出すそうだ。もしかしたら、一ノ瀬があっちで作った新しい恋人と写ってたりしてな」
「おまえ……!」

 カッとなって立ち上がった。白樫も立ち上がり、俺を押さえるように手を伸ばす。

「勇樹、何を言い出すんだ」

 と咎める視線をサンジャイに向けた。

「冗談だ、悪かったよ。でもおまえ、高校の時と何もかわってないな。そんなんでこの先、あいつとやっていけるのか。おまえのむき出しの感情はいつかあいつを困らせるぞ。二人して追い詰められて身動きとれなくなる前に、もっと大人になれ」

 さっきまでのニヤついた顔がいつの間にか真剣な表情にかわっていた。そんなこと言われるまでもない。大人にならなきゃいけないことは俺が一番よくわかってる。

「と、まぁ説教はこのぐらいにして、今夜、その樋口さんに会うんだが、おまえも出てこられないか? いいだろ、育夫」

 とサンジャイは白樫を見た。

「構わないと思うよ。一人位増えたって気にしない人だから」
「じゃ、19時に吉祥寺駅な」
「おい、勝手に決めるなよ、俺は行くなんて言ってねえだろ」
「樋口さんからいま一ノ瀬がいるオレゴンがどんなところか聞いてみたくはないか?」

 一ノ瀬からメールや電話で様子は知っているつもりだが、写真家というなら写真を撮っているかもしれない。オレゴンの写真があるなら見てみたい気もする。

 今日は鉄雄さんの店で飲み会の約束がある。俺が行かないと鉄雄さんは一人で店をやらなきゃならない。でも写真も見てみたい。

 しばらく思い悩んだ末、どんな些細なことでもいいから一ノ瀬に繋がるものがあるほうを選んだ。

「吉祥寺に19時だな」

 そう言う俺を見て「な?」とサンジャイは白樫に向き直り、

「こいつを誘い出すには一ノ瀬の名前を出すのが何より有効なんだ」

 と笑った。本当にむかつく野郎だ。

 このあと鉄雄さんに電話して、今日、行けなくなったことを告げ、手伝えないことを詫びた。次にセミナーの奴に電話し、飲み会をパスすると伝え、鉄雄さんに迷惑をかけないこと、飲み物や料理を自分たちで取りにいくことを約束させて電話を切った。



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