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Answer (7/11)

2020.09.12.Sat.


 俺は今、非常に気まずく、居心地が悪い。後ろめたいことがあると、人間てやつはこうも落ち着きをなくしてしまうものなのか。

  北野が鉄雄さんの知り合いだと名乗ってくれたのがせめてもの救いだ。だが安心は出来ない。北野は信用ならない。

「なに飲む?」

 鉄雄さんが一ノ瀬に問う。一ノ瀬はコーラを頼み、北野の隣に腰をおろした。

「ちょっと髪が長いんじゃない?」

 北野が一ノ瀬の髪を指ですくって言う。

「俺、美容師なんだ。良かったら店においで」

 ポケットの財布から名刺を取り出し一ノ瀬に渡した。一ノ瀬は黙ってそれを受け取った。 そんなもの受け取るな、行かなくていい。

 カウンターを拭きながら『余計なことをするな』と北野に念を送る。北野は目が合うと可笑しそうに目を細める。俺の反応を楽しんでやがる。

「木村はちゃんと仕事をしてますか」

 一ノ瀬が鉄雄さんに声をかけた。俺は真面目に働いてる。それもこれも車の助手席にお前を乗せるためだ。

「よくやってるよ、物覚えがよくて酒のレシピもあっという間に覚えたし、簡単な料理なら出来るし、俺がいなくても店を任せられるくらいだ」
「そうですか」

 一ノ瀬がちらと笑った。どこか暗い笑み。一ノ瀬は鉄雄さんには嫉妬する。そのせいかもしれない。

「わざわざ様子を見に来るなんて仲がいいんだね」

 北野が口を挟んだ。

「そんなには。俺は木村の事をよく知りませんから」

 なんでそんな寂しい事言うかな。俺は全てを一ノ瀬に捧げる覚悟があるのに、それを受け取らないのは一ノ瀬じゃないか。

「ああ、そうなの。じゃ、ロンが今恋わずらいをしてるってのも知らないのかな?」
「おい、北野、お前余計なこと言うなよ」

  俺の口調を咎めるような鉄雄さんの視線が飛んできたが、それを無視して北野の肩を掴んだ。一ノ瀬が驚いた顔で俺と北野の顔を交互に見る。

「友達なら知られても構わないだろ」

 北野は薄く笑いながら俺の手首を掴んだ。強い力。ミシリと嫌な音がした。

「好きな奴がいるらしいんだけど、手を出せなくて悩んでるんだそうだ。好きで好きでたまらないのに、そいつは相手にしてくれない、だから欲求不満で仕方ないって」
「やめろ、北野!」
「だから今は同じ学校の奴を相手にして気を紛らわせてるんだってさ。不毛だろ」
「なん……何の話をしてんだ、お前」

 血の気が引いた。サディストの笑みで北野が俺を見る。一ノ瀬の顔からは表情が消えていく。

「一ノ瀬、こいつの言うことは嘘だから」
「俺には関係ない話だ。仕事中に突然来て悪かった、もう帰るよ」
「一ノ瀬」
「俺が送ってあげるよ」

 北野が一ノ瀬の肩を抱く。

「てめえ、ふざけんな」
「北野さん、酒飲んでるから運転は無理ですよ」

 鉄雄さんの言葉に、北野は「そうだった」と両手を広げた。

「歩いて帰りますから。ご馳走様でした」

 震える手で財布から金を出し、それをテーブルに置くと一ノ瀬は足早に店を出て行った。

 ひどく怒っている。北野のあの言い方、あれじゃまるで俺がまだ鉄雄さんを好きで、一ノ瀬はそのかわりみたいに聞こえるじゃないか。北野は全て見透かしてあんな事を言ったんだ。あんな大嘘を。

 一ノ瀬を追いかけ店を出た。少し先を歩く一ノ瀬の腕を掴む。

「待って、一ノ瀬」
「言い訳は聞きたくない」

 怒りを押し殺した声。冷たい目で俺を見る。いつか俺が試験で手を抜いた時より怒っている。その比じゃない。

「待って、待って、頼むから話聞いて」
「お前は口だけの男だ。何も聞きたくない。俺は瀬川さんのかわりじゃないんだ、話ならあの人にするといい」

 俺の腕を振り払ってまた歩き出す。追い縋って肩を掴んで振り向かせた。一ノ瀬が俺を睨む。その目が泣きそうに赤い。それを見て言葉が詰まった。

「今まで俺はお前が何を考えているのかよくわからなかった。 でも最後にお前の本心を知ることが出来てよかったよ」
「最後ってなんだよ! 人の話聞け!」
「女じゃないんだ、責任取れなんて言わない。だからもう気にするな」
「責任って……取らせるようなことなんか何もなかっただろうが!」

 ついかっとして怒鳴った。一ノ瀬が口を閉ざして俺を睨む。俺も一ノ瀬を睨んだ。怒りで頭が真っ白になる。一ノ瀬を失う焦りで思考が空回りする。頼むから、もう少し時間をくれ。

 一ノ瀬が目を閉じ、息を吐き出した。

「はなしてくれないか、肩が痛い」

 思い切り強く掴んでいた。「ごめん」と手を離す。

「俺にも感情があるんだ。今の自分が惨めでたまらない。だから今後一切俺に話しかけてくるな。俺もお前には二度と関わらないから」

 静かな口調で言うとくるりと背を向け歩き出す。完全な拒絶。いま話しかけても無視される。手を伸ばして捕まえても振り払われる。そこまで一ノ瀬を怒らせ傷つけた。

 今は何を言っても無理だ。 俺の言うことなんか信じない。一ノ瀬は鉄雄さんには嫉妬する。北野の話で勘違いしたのはそのせいだ。

 そうだ、北野。あいつのせいだ。あいつのせいでこんなことになった。

 途端に怒りがわきあがる。店に引き返し、勢い良く扉を開けた。椅子に腰掛ける北野が俺を見てニヤリと笑う。その顔を殴りつけた。

「ロン、何をするんだ!」

 鉄雄さんが叫ぶ。

「こいつぶっ殺してやる!」

 胸倉を掴んで引き上げた。余裕綽々とした北野の笑み。それが最後の記憶。

~ ~ ~

 目が覚めた。目を動かし、ここが鉄雄さんの店の二階だと気付く。どうしてここで寝てるんだっけ。

 窓の外は真っ暗だった。顎が酷く痛む。冷たい湿布が張ってあった。触って思い出した。北野。 俺はあいつに殴りかかった。そのあとの記憶がない。

 北野への怒り、一ノ瀬への焦り、もどかしさ、罪悪感。いろんな感情がごちゃまぜになってうまく整理できない。苛立ち、ベッドから出て下におりた。

 店はまだ営業中で客が三人いた。北野はもういない。鉄雄さんが俺に気付いた。

「大丈夫か」
「俺、どうした?」
「北野さんに殴られて気失ったんだよ。あの人ボクシングしてるから、一発くらってダウンだ。馬鹿だな、あの人に殴り合いで勝てるわけないだろ」

 格闘技をしているとは聞いていたがボクシングとは聞いていない。殴られたことにも気付かないで俺は気絶したのか。あの細身の体のどこにそんな威力があるのか。

「ごめん、今から店出るよ」
「無理しなくていいぞ」
「ん、大丈夫」

 その夜はずっと頭がぼんやりした。北野に殴られたせいだろうか。一ノ瀬を怒らせたショックだろうか。

 あんな北野の嘘、きちんと話せば誤解がとける、俺はそう思っていた。だから、今すぐにでも一ノ瀬に会いに行きたいのを我慢する事が出来た。少し楽観視しすぎていたと気付いたのはその翌日だ。


カラオケ行こ!

狂児さん…(*´Д`)
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