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Answer (3/11)

2020.09.08.Tue.


 今日はバイトは休みだが、まっすぐ家に帰る気分になれず、一ノ瀬と別れたあと鉄雄さんの店に足が向いた。

 バイトは今年の頭から始めた。鉄雄さんのそばにいると昔を思い出した。

  仕事の前後に鉄雄さんとする何気ない会話が楽しかった。昔のような恋心はないが、憧れと尊敬はかわらない。

 翌日が休みの日の夜、徹夜で飲み明かしたこともある。朝起きると鉄雄さんと二人、布団にくるまってベッドで寝ていたことがあってずいぶん焦った。

 昨夜の記憶が曖昧で、何かまずいことをしたかもしれないと冷や汗をかいたが、起きた鉄雄さんが普段通りだったので安心した。欲求不満の俺がよく手を出さなかったものだ。きっとその時は酔いつぶれてしまったんだろう。

 休みなのに店にやって来た俺を見て、開店準備をする鉄雄さんは首を傾げた。

「今日仕事だっけ?」
「いや、今日は客として来た」
「浮かない顔してどうした」

 店の奥から声がした。トイレから出てきた菱沼さんだった。鉄雄さんの親友。この人もちょくちょく鉄雄さんの店に来ている。

「ちょっと酒飲みに」
「なんだ、振られたのか?」

 そうだったら面白い、という顔で菱沼さんは言う。

「振られちゃいねえよ」

 スツールに腰をおろした。菱沼さんは俺の肩に腕をまわして隣に座った。

「女なんか腐るほどいるんだ。お前がその気になりゃ選り取り見取りだろうが。振られて落ち込む男ほど惨めで情けねえもんはないぞ」

 人の話まったく聞いてねえな。

「女じゃねえよ、男だよ」
「男? お前また男か、まさか鉄雄じゃねえだろうな」

 菱沼さんの声に、少しはなれたところに立っていた鉄雄さんが振りかえった。変なこと言わないでくれ、また追い出されたらどうしてくれるんだ。

「違うよ、学校の奴だよ」
「5年経ってもお前はあいかわらずだなぁ」

 あんたに言われたくない。

 菱沼さんは何か思い付いたように急に立ち上がって携帯を出して誰かに電話をかけた。こちらに背を向け、低い声で何か話をしている。短いやり取りのあと戻ってきた。

「行くぞ」

 と、俺の背中を叩く。

「行くって、どこへ?」
「とにかくついて来い。鉄雄、こいつ借りるぞ、北野さんとこ行って来る」

 北野さん? 誰だそれは。

「北野さんのところにつれて行ってどうするんだ」

 洗い物を済ませて、タオルで手を拭きながら鉄雄さんが言った。心なしか心配そうな顔だ。

「ロンの話をしたら会ってみたいって言うんだよ。こいつにも経験積ませてやるいい機会だろ」

 思わせぶりにニヤリと笑う。なんの経験だ? 嫌な予感がした。鉄雄さんは何か言いたげな顔で俺を見ているし、何だっていうんだ?

「じゃ、さっそく行くか。来い、ロン」

 さっさと外へ出る菱沼さんのあとを追いかけた。

 菱沼さんは相変わらずのニヤけ顔で車を運転している。助手席の俺は不安で胸がざわついた。これから何をされるというんだ。聞いても菱沼さんが素直に答えてくれるとは思えない。この人はそういう人だ。

「北野さんて?」
「陣内さんていう俺らの高校ん時の先輩の連れだよ」

  二人の先輩の連れ。俺を会わせてどうしようというんだ。

  三十分ほど走ったところで車は止まった。10階以上はある古いマンション。ボロいエレベーターに乗り込み11階のボタンを押した。不吉な音を立ててエレベーターが動き出す。停止した11階、おりて菱沼さんのあとをついて歩いた。たくさんあるドアの前を素通りする。どこも表札がかかっていない。人の住んでいる気配がない。どこに連れて行かれるんだ?

 一番端の扉の前で立ち止まり、菱沼さんはインターフォンを押した。しばらくして戸が開く。

「やぁ、ヒシ、待ってたよ」

 顎まで届く金髪、目はブルー、背は俺より高い、190センチ台。年は二十代後半くらいだろうか。一瞬外国人かと思ったが、日本人だった。髪は染め、目はカラーコンタクトだ。その青い目が俺を見た。

「彼がロン?」

 とにっこり笑う。ソフトな外見。

「ええ、そうです」
「とりあえず入れよ」
「俺は帰りますよ、俺がいちゃ邪魔でしょう? このあと仕事もあるし」

 菱沼さんが敬語を使う相手。何者だ、こいつ。

 菱沼さんは警戒する俺の肩を叩いて、来た道を戻って行った。俺はどうすればいいんだ?



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