Question (11/11)
2020.09.05.Sat.
<1→2→3→4→5→6→7→8→9→10>
「本当はもっと早くに伺うつもりだったんですが、夜中にお邪魔してしまってすみませんでした」
翌朝、食事の準備をするうちの母親に一ノ瀬は深々と頭をさげた。母さんは驚いて目を丸くした。
「いいのよ、論から連絡をもらっていたから。こちらこそお出迎えできなくてごめんなさいね」
「とんでもありません。あんな非常識な時間に来た僕がいけないんです」
僕ときたよ。ほんとに一ノ瀬は根っから真面目だ。手伝います、と母さんと一緒にキッチンへ行ってしまった。
テーブルに朝食を並べる母さんを手伝いながら一ノ瀬が微笑む。俺でさえ見た事のない優しい笑みだ。
もしかして一ノ瀬って年上の女が好きなのか? ちょっと焦ってしまうくらい一ノ瀬は母さんに優しかった。
朝食のあとも後片付けを手伝う一ノ瀬の笑い声がキッチンから聞こえてきた。あの一ノ瀬が初対面の誰かにあんなふうに声をたてて笑うなんて初めてのことだ。俺は本気で焦って嫉妬した。おいおい、まさか本当に母さんがタイプなのか?
皿を食器棚に入れていた一ノ瀬の腕を掴んで二階へ連れて行った。
「まだ手伝いの途中だったのに」
俺の腕を振り払って言う。邪魔するな、という目で見られた。焦りを通り越して冷や汗をかいた。
「お前って、年上が好み?」
そういえばサンジャイにもこいつは素直だった。
「なんの話だ。お邪魔させてもらっているんだから手伝いくらいするだろ」
まくっていた服の袖を元に戻しながら一ノ瀬が言う。ただの手伝いのわりに随分親しげだったじゃないか。あんなふうに笑う一ノ瀬は滅多に見られるもんじゃない。
「いいお母さんだな、大事にしろよ」
お前は親戚のおっさんか。
「ところで一ノ瀬、昨日の宿題なんだけど」
「わかったか?」
「いや、わかんね。なんか約束したっけ?」
「いや」
「何か貸した?」
「いや」
「何か借りてる?」
「いや」
「何か言った?」
「いいや」
首を横に振る。楽しげな顔だ。
「お前は大事なことをすっ飛ばしてる」
「俺が? 何を?」
「俺はお前の気持ちを知らない、聞いてない」
「は?」
何を言ってるんだ、一ノ瀬は。俺の気持ち? 何についての俺の気持ちだ?
「ここまで言っても気付かないなんて、相当アホだな」
呆れたように、しかし愉快そうに一ノ瀬は笑った。俺は閃いた。愕然となる。
「……言ってなかったっけ、俺」
まじでか。俺、こんな大事なこと今まで一ノ瀬に言ってなかったのか。
「ようやく気付いたようだな」
「うん、あまりに基本的なこと過ぎて、俺言ったつもりになってた」
逆にそれを一ノ瀬に言わせようとしていた。俺はそれを一ノ瀬に言っていないのに。
「言ってみろ、正解かどうか確かめてやる」
「一ノ瀬が好きだ」
少し間をあけ、
「正解だ」
一ノ瀬が微笑む。
「人に聞くまえに自分から言え、馬鹿」
前髪をかきあげる一ノ瀬に抱きついた。
「ごめんなさい、俺が馬鹿でした」
素直に謝る。そうだ、今までつきあってきた奴に好きだの嫌いだのそんな台詞使ってこなかったから、一ノ瀬にもちゃんと伝えていなかったんだ。俺って本当に馬鹿だ。中/学生の恋愛みたいで良いと言っていながら、肝心な言葉を一ノ瀬に言っていなかった。
「ごめん、一ノ瀬」
「俺も昨日まで気付かなかった」
「どうして気付いたの」
「瀬川さんに告白してお前が振られたと聞いた時だ。俺はお前に好きだと言われたことがない」
「だったね」
自分の間抜けさに笑えてきた。
「じゃあ改めて、俺は一ノ瀬が好きだ。一ノ瀬は俺が好き?」
顔をのぞきこむ。
「それはまた宿題だ」
ずるい。俺に言わせておいて自分は言わないつもりか。
一ノ瀬の顎を持って上を向かせる。
「その宿題が解けたら?」
「また次の問題を出してやる」
「それも解けたら?」
「また出してやる」
「全部解けたら、一ノ瀬は俺のものになってくれる?」
「あぁ、全部解けたらな」
挑発的な笑み。こんなに心を揺さぶられる奴はこいつが初めてだ。
「その宿題、他の奴には出すなよ」
「お前専用の問題だよ」
嬉しいこと言ってくれる。顔を近づけてキスしたが一ノ瀬は逃げない。
もちろん、全問正解してやる。俺にはその自信がある。
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「本当はもっと早くに伺うつもりだったんですが、夜中にお邪魔してしまってすみませんでした」
翌朝、食事の準備をするうちの母親に一ノ瀬は深々と頭をさげた。母さんは驚いて目を丸くした。
「いいのよ、論から連絡をもらっていたから。こちらこそお出迎えできなくてごめんなさいね」
「とんでもありません。あんな非常識な時間に来た僕がいけないんです」
僕ときたよ。ほんとに一ノ瀬は根っから真面目だ。手伝います、と母さんと一緒にキッチンへ行ってしまった。
テーブルに朝食を並べる母さんを手伝いながら一ノ瀬が微笑む。俺でさえ見た事のない優しい笑みだ。
もしかして一ノ瀬って年上の女が好きなのか? ちょっと焦ってしまうくらい一ノ瀬は母さんに優しかった。
朝食のあとも後片付けを手伝う一ノ瀬の笑い声がキッチンから聞こえてきた。あの一ノ瀬が初対面の誰かにあんなふうに声をたてて笑うなんて初めてのことだ。俺は本気で焦って嫉妬した。おいおい、まさか本当に母さんがタイプなのか?
皿を食器棚に入れていた一ノ瀬の腕を掴んで二階へ連れて行った。
「まだ手伝いの途中だったのに」
俺の腕を振り払って言う。邪魔するな、という目で見られた。焦りを通り越して冷や汗をかいた。
「お前って、年上が好み?」
そういえばサンジャイにもこいつは素直だった。
「なんの話だ。お邪魔させてもらっているんだから手伝いくらいするだろ」
まくっていた服の袖を元に戻しながら一ノ瀬が言う。ただの手伝いのわりに随分親しげだったじゃないか。あんなふうに笑う一ノ瀬は滅多に見られるもんじゃない。
「いいお母さんだな、大事にしろよ」
お前は親戚のおっさんか。
「ところで一ノ瀬、昨日の宿題なんだけど」
「わかったか?」
「いや、わかんね。なんか約束したっけ?」
「いや」
「何か貸した?」
「いや」
「何か借りてる?」
「いや」
「何か言った?」
「いいや」
首を横に振る。楽しげな顔だ。
「お前は大事なことをすっ飛ばしてる」
「俺が? 何を?」
「俺はお前の気持ちを知らない、聞いてない」
「は?」
何を言ってるんだ、一ノ瀬は。俺の気持ち? 何についての俺の気持ちだ?
「ここまで言っても気付かないなんて、相当アホだな」
呆れたように、しかし愉快そうに一ノ瀬は笑った。俺は閃いた。愕然となる。
「……言ってなかったっけ、俺」
まじでか。俺、こんな大事なこと今まで一ノ瀬に言ってなかったのか。
「ようやく気付いたようだな」
「うん、あまりに基本的なこと過ぎて、俺言ったつもりになってた」
逆にそれを一ノ瀬に言わせようとしていた。俺はそれを一ノ瀬に言っていないのに。
「言ってみろ、正解かどうか確かめてやる」
「一ノ瀬が好きだ」
少し間をあけ、
「正解だ」
一ノ瀬が微笑む。
「人に聞くまえに自分から言え、馬鹿」
前髪をかきあげる一ノ瀬に抱きついた。
「ごめんなさい、俺が馬鹿でした」
素直に謝る。そうだ、今までつきあってきた奴に好きだの嫌いだのそんな台詞使ってこなかったから、一ノ瀬にもちゃんと伝えていなかったんだ。俺って本当に馬鹿だ。中/学生の恋愛みたいで良いと言っていながら、肝心な言葉を一ノ瀬に言っていなかった。
「ごめん、一ノ瀬」
「俺も昨日まで気付かなかった」
「どうして気付いたの」
「瀬川さんに告白してお前が振られたと聞いた時だ。俺はお前に好きだと言われたことがない」
「だったね」
自分の間抜けさに笑えてきた。
「じゃあ改めて、俺は一ノ瀬が好きだ。一ノ瀬は俺が好き?」
顔をのぞきこむ。
「それはまた宿題だ」
ずるい。俺に言わせておいて自分は言わないつもりか。
一ノ瀬の顎を持って上を向かせる。
「その宿題が解けたら?」
「また次の問題を出してやる」
「それも解けたら?」
「また出してやる」
「全部解けたら、一ノ瀬は俺のものになってくれる?」
「あぁ、全部解けたらな」
挑発的な笑み。こんなに心を揺さぶられる奴はこいつが初めてだ。
「その宿題、他の奴には出すなよ」
「お前専用の問題だよ」
嬉しいこと言ってくれる。顔を近づけてキスしたが一ノ瀬は逃げない。
もちろん、全問正解してやる。俺にはその自信がある。
(初出2008年)
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