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Question (7/11)

2020.09.01.Tue.


 扉に「S.P.WOOD」の文字。 この店こんな名前だったっけ? 鉄雄さんが鍵を開け中に入る。黒を基調にした店内、左手に棚一杯の酒瓶とグラス、バーカウンターとスツール、右手も壁にカウンターのような板が渡らせてある。こちらは椅子なし。入って驚いたのは店の狭さだ。記憶の中ではもう少し広かった気がする。俺が子供だったせいだろうか。

 鉄雄さんはカウンターの中に入り、荷物を冷蔵庫にしまった。

「ま、座れよ」

 促され、一ノ瀬と椅子に座った。一ノ瀬は緊張した顔つきでさっきからずっと黙っている。二人きりになるのは帰ってからのお楽しみとしよう。

 火をつけた煙草を口に咥え、服の袖をまくった鉄雄さんが俺たちに珈琲を淹れてくれた。湯気の立ちのぼるカップを両手で包み込む。熱くて心地よい。

「なんか、店の雰囲気かわったね」

 俺の言葉に煙の向こうで鉄雄さんが微笑んだ。

「改装したからな。下にシャワールームも作って、前よりちょっと狭くなったんだ」
「道理で、なんか違うと思った」
「それよりそっちの子、さっきから一言も喋んねえけどどうかしたか? 酒のほうがいいか?」

 そっちの子、と言われた一ノ瀬は首を横に振って断った。一ノ瀬が酒なんか飲むわけがない。

「俺は大丈夫です。仕事の邪魔にはなりませんか」
「もう仕込みも終わったし、あとは開店の時間を待つだけさ。お前ら、夕飯は食ったのか」
「まだだよ」
「じゃ、作ってやるよ」

 手際よく鉄雄さんが料理を始めた。俺も一ノ瀬も黙ってそれを見つめた。出てきたのはほうれん草とベーコンのパスタ。

 それを食べている時、外で車のエンジン音が聞こえた。しばらくして店の扉が開いた。

「鉄雄、なんか食わしてくれ」

 ドカドカ足を踏み鳴らして、短い金髪を逆立てた男が入ってきた。サングラスをしていたが声でわかった。鉄雄さんの親友、菱沼さんだ。前からちょっと危ない感じの人だったが、会わない間にそれに磨きがかかったように見える。堅気でない雰囲気。隣の一ノ瀬の顔が強張っている。

「入ってくるなりそれか。菱沼、こいつに見覚えないか」

 呆れ顔の鉄雄さんに言われて菱沼さんが俺と一ノ瀬の顔を交互に見る。俺の顔をしばらく見て目を見開いた。

「ロンじゃねえか! 何やってんだここで、久し振りだなぁ!」

 強い力で背中を叩かれた。でかい指輪をしているから痛い。

「さっきそこの公園にいたのを連れてきたんだよ。隣はロンの友達だそうだ」
「へぇ、お前の友達ねぇ」

 菱沼さんが一ノ瀬の肩に腕をまわし、顔をのぞきこむ。一ノ瀬はのけぞるようにして菱沼さんの顔を見返す。

「ロンと違うタイプだな」

 興味をなくしたように腕を放し、菱沼さんは一ノ瀬の隣に座った。

「まぁ、ロンのダチなら俺のダチだ。困った事があったら俺に言えよ。とりあえず一通りのツテはあるからな」

 同じように一ノ瀬の背中も叩いた。叩かれた一ノ瀬の体が前に傾く。

「そうだ、菱沼さん、中古車扱ってる知り合いいる?」

 菱沼さんは煙草に火をつけながら、「いるよ」と返事をした。

 実は近々免許を取りに行こうと考えている。動機はもちろん、一ノ瀬を乗せて二人でドライブをするため。思えば俺の行動原理はすべて一ノ瀬だ。

「車買うつもりなら紹介してやるよ。その前に、お前免許は?」
「来年取る」
「金はあるのか?」

 これは鉄雄さん。

「これからバイトして貯める」
「だったらここで働くか?」
「えっ、いいの、鉄雄さん」

 これは願ってもないことだ。家からも学校からも近い。バイトするには申し分ない場所。それに夜の仕事だから、学校終わりで充分間に合う。

「ああ、いいよ。お前なら信用できるしな」
「まぁた始まったよ、てっちゃんの悪い癖がよ」

 呆れた顔の菱沼さんが言う。悪い癖? 鉄雄さんはバツの悪そうな顔をあちらへ向け、煙草の煙を吐き出した。

「ま、お前さえ良かったらの話だ」

 付け足すように言う。断る理由なんてない。嫌われて今後一切会えないと思っていた鉄雄さんからの提案。こんなありがたいことはない。

「鉄雄さんがいいならすぐにでも働かせて欲しいな」
「俺はいつでもいいぞ。好きな時に来い」
「なんか昔に戻ったみたいだなぁ、おい」

 ニヤニヤ笑って菱沼さんはカウンターに身を乗り出した。確かに三人そろうと昔に戻ったような気がする。三人で女遊びや喧嘩をした。夏休みの短い期間だったが、強烈に覚えている。

 これから鉄雄さんの下で働ける。車を買うための金を貯められる。車を買ったら一ノ瀬とドライブだ。今日の俺はついてるぞ。

 隣の一ノ瀬は静かにコーヒーを飲んでいた。

「ヒシ、出来たぞ」

 菱沼さんの前にも俺たちと同じパスタが出された。菱沼さんはそれを食べながら、どこの誰が仕事をしくじっただの、喧嘩で捕まったときの検察官の態度が気に入らないからと楯突いて拘留が延期された話だの、知り合いじゃなかったらそばから離れたくなるような話題ばかりを散り散りに話した。

 何かのきっかけですぐ話が飛ぶので、続きと思って話を聞いていたら別の話だったりして、混乱することが何度もあった。

 鉄雄さんは慣れてるようで、たまに菱沼さんの話に質問したり、笑ったりして相槌を打っていた。

 20時になり、開店の時間。 しばらくして客が入ってきた。まだ若い二十歳前後の男が二人。ドリンクを注文し、入って右手のカウンターについた。注文のドリンクを鉄雄さんが作って俺に差し出す。

「悪いな、持って行ってくれ」
「いいよ」

 立ち上がり、客の前に置く。

「お前らも何か飲むか」

 戻ってきた俺に鉄雄さんが言う。俺は一ノ瀬を見た。こいつの前で酒なんて飲んだら何を言われるかわかったものじゃない。

「俺はいいよ、まだ未成年だしね」
「中坊の頃から酒も煙草も女もやってたお前が何ぬかしてんだ」

 一ノ瀬の向こうから菱沼さんが余計なことを言った。一ノ瀬が厳しい顔で俺を見る。俺は笑って誤魔化した。

「知ってるか、ロンの奴な、あそこの鉄雄が好きだったんだぜ」

 一ノ瀬の肩に腕を置いた菱沼さんが、一ノ瀬に耳打ちするのが聞こえた。だから余計なこと言うなって。ここからは一ノ瀬の表情は見えない。さすがの俺も後頭部からは読み取れない。どんな顔をしてるんだ?

「ま、告白した瞬間振られたらしいけどな。こいつは男もいけるから、お前、気をつけたほうがいいぞ」
「ヒシ、くだらねえこと言うな」

 注意する鉄雄さんを一ノ瀬が見た。なんの感情も浮かんでいない無表情な一ノ瀬の横顔に俺はがっかりした。少しくらい嫉妬してくれてもいいんじゃないかと思う。


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