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Question (5/11)

2020.08.30.Sun.


 一ノ瀬に嫌われないために、期末の順位を十位以内にまで引っ張り上げた。一ノ瀬はいまいち納得していない様子だったが何も言わなかった。

 黒い髪にも飽きてまた染めた。今度は大人しくブラウン系。俺の頭を見た一ノ瀬の顔が険しくなる。が、他の生徒の中にも似たような色の奴は腐るほどいる。俺一人に標的を絞ってケチをつけられないと諦めたのか、そのことに関しても何も言ってこなかった。

 冬休みまであと一週間。先日の生徒総会の資料をまとめる一ノ瀬の横顔は、憎たらしいくらい俺を気にする素振りを見せない。

 面倒な生徒会の仕事も文句も言わずキーボードを叩いている。時折、その手を口にあて、何か考え込み、またキーボードを叩く。 見ていて飽きない。

「あ、あの、木村さん」

 書記の佐藤が俺に声をかけてきた。佐藤の隣に座る会計の大月も顔をあげた。

「ん?」
「これ、まとめ終わったんですけど」

 と、俺に冊子を渡してくる。俺はそれを横の一ノ瀬の机に置いた。

「え?」

 佐藤が驚いて目を丸くした。

「演説でも言ったでしょ、俺は仕事しないって。俺がやるより一ノ瀬がやったほうが早いしね」
「その通り、生徒総会で欠伸ばかりしていたこの男に何も期待しない方がいい。これはあとで俺が目を通しておくから、君はもう帰っていいよ」

 一ノ瀬が佐藤にチラと笑った。佐藤相手でも嫉妬してしまう。

 戸惑いながら俺と一ノ瀬の顔を交互に見る佐藤に手を振った。

「お疲れ、帰っていいよ」
「私も帰りたい! 今日友達と約束あるんだもん!」

 大月が便乗しようと身を乗り出す。俺にとってはこの上なく都合のいい申し出。拒否する理由はない。

「いいよ、大月さんもお疲れ」
「やった!」

 大月は急いで片づけを始めた。凍てつくような冷たい視線を横顔に感じつつ、にこやかに二人を見送った。

 二人が出て行った途端、一ノ瀬の長い溜息。

「俺も帰っていいか」
「いや、一ノ瀬は駄目だろ」
「本当にお前のためだけに働かされてる気分だ」

  佐藤からもらった冊子を見ながら呆れ顔の一ノ瀬が言う。1ページずつ最後まで目を通し、立ち上がって冊子を棚に差し込んだ。椅子に座ってまたキーボードを叩く。しばらくして、

「そんなに俺ばかり見ていて楽しいか」

 画面を見ながら一ノ瀬が言った。

「だってもうすぐ冬休みになるじゃん。毎日会えなくなるから今のうちに目に焼き付けておかないとね」
「二週間ほどじゃないか」
「一ノ瀬は平気なの、俺、浮気しちゃうかもしれねえぜ」
「俺には関係ないことだ」

 そうは言ったが一ノ瀬がキーボードを打ち損じたのを俺は見逃さなかった。

「なぁ、一ノ瀬」
「なんだ」
「冬休み入ったらさぁ、俺んち、泊まりにこない?」

 駄目もとで言ってみる。キーを叩く指が止まり、顔がこちらを向いた。

「いいよ」
「え? いいって、え? いいの? ほんとに?」
「どうしてそんなに驚くんだ。来て欲しくないなら最初から誘うな」

 顔を顰め、また画面を見る。だって、まさかそんなにあっさりOKをもらえるなんて思っていなかったから、あの手この手で説得する方法は何通りも用意してあったが、予想外の返答に対する心の準備はまったく出来ていなかった。

 俺は一ノ瀬の手を掴んで握り締めた。

「ごめん、来てもらえるなんて思ってなかったからびっくりしちゃったんだよ。来て欲しくないわけないだろ。むしろその逆だよ。ほんとに嬉しい。俺、めちゃくちゃ嬉しい」
「大袈裟な奴だ」

 俺に握られた手を見て一ノ瀬は顔を赤くした。大袈裟なもんか。一ノ瀬が素直に俺の言うことに乗ってくるなんて万にひとつのことだ。俺にとっては大チャンス。いまだにキスしかさせてくれないし、好きだと言われたこともない。このチャンスをモノにして、このあやふやな関係に終止符を打ち、はれて恋人昇格だ。

 俺は現金にも、急に冬休みが待ち遠しくなった。



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