Question (2/11)
2020.08.27.Thu.
<1>
そういうわけで、俺はサンジャイの企みによって生徒会選挙に出ることになった。
その帰り、俺は一ノ瀬を引きとめ、グラウンドに下りる階段に二人で座った。グラウンドではサッカー部と野球部が練習をしている。
こんなところで時間を潰すのは少しでも長く一ノ瀬と一緒にいたいから、というのが一番の理由だが、他に、一ノ瀬とサンジャイを同じ電車に乗せて帰らせないためでもある。聞けば今まで何度も一緒に帰っていたという。その話を聞いただけでひきつけを起こしそうだった。
俺はどうも嫉妬深くていけない。もっと心を大きく構えなくちゃいけないのに、相手がサンジャイだとマジでブチ切れそうになる。一ノ瀬が特別サンジャイに懐いているせいだ。
前に俺がテストで手を抜いて一ノ瀬を怒らせた時も、あいつは一ノ瀬に付きまとっていやがった。
体育祭で一ノ瀬がぶっ倒れた時、仲直りできるかもしれないと思って一ノ瀬のいる保健室に見舞いに行った時も、俺より先にサンジャイがいた。
いつかの放課後、今では名前も忘れてしまった当時付き合っていた女の子と俺が帰ろうとしている時も、一ノ瀬はサンジャイと一緒にあらわれた。その時奴は、
『お前が諦めるなら、一ノ瀬を襲って俺のものにする。指咥えて見てろ』
そう俺に言った。一瞬で頭に血がのぼった。あの時あいつに手を出さなかったのが不思議なくらいだ。
サンジャイは一ノ瀬の肩に手をまわし、一ノ瀬もそれを振り払わず、そのまま二人並んで帰って行った。今思い出してもはらわたが煮えくり返る。
幼稚な嫉妬だが、 とにかく一ノ瀬に近づかせないために、わざわざこうして時間を潰しているのだ。
隣に座る一ノ瀬は、目の前のサッカー部の練習を見て、ボールの所在に合わせ目を動かしている。いつもの気の張ったのとは違う、少し気を抜いた時に見せる穏やかな表情。何を話さなくても、俺は一ノ瀬の顔を見て何時間でも過ごせる。
「気色悪い奴だ、穴があくから俺の顔をそんなに見るのはよせ」
前を向いたまま一ノ瀬が言った。
「俺のこと好き?」
「さぁな」
「キスしていい?」
「駄目に決まってる」
「だよね」
俺としてはもっとキスしてもっと違うこともしたいんだけど、一ノ瀬はキスすら満足にさせてくれない。難攻不落? 上等だね、望むところだ。
「本当に立候補するつもりか?」
一ノ瀬がこちらを向いた。もういつもの張り詰めたような表情。
「ま、一応ね。出さえすればサンジャイの野郎も文句はねえだろ」
どういうつもりで俺を立候補させたいのかは知らないが、おおかた人数集めのためだろう。そのくらいの協力はしてやるさ、いつか俺に発破をかけてきた礼だ。
「当選するなんてことはどう足掻いたってないと思うが、もし万が一にでも間違って当選してしまった場合は、 お前、きちんとやれよ」
ずいぶんくどい言い方するね。俺だって当選する気なんかないよ。
立ち上がり、手を差し出した。
「そろそろ帰るか、寒くて風邪ひいちまうわ」
一ノ瀬が俺の手を取り、立ち上がる。冷たい手。しまった、本当に風邪をひかせてしまう。
しばらく手を繋いだまま歩いた。
「もう、いいだろ」
ぎこちなく一ノ瀬が言い、手を放した。耳が赤い。それは寒いからかな、照れてるからかな。キスしたいけど一ノ瀬が怒るからしない。俺の頭の中では随分いろいろやってもらってるなんて、こいつは夢にも思わないんだろうな。
一ノ瀬を押し倒して無茶苦茶にしてやりたい、という欲求が込み上げてくる時がある。
真面目で品行方正、曲がったことが嫌いで、自分にも他人にも厳しい。いつも難しい顔つきで笑顔もたまにしか見せない。それも限った人間にだけ。
俺以外の連中はこんな一ノ瀬に興味を示さない。逆に鬱陶しがる。どうして一ノ瀬がいいのか何度も聞かれた。俺はそれに答えられない。理屈抜きで一ノ瀬を気に入ったから説明のしようがない。
ひとつ、思い当たることがあるが、これはさすがの俺でも他人には話せない。俺は一ノ瀬を犯したい。そんな残虐な欲望がいつも腹の底にある。その真面目ぶった面を滅茶苦茶にして泣き喚かせたい。
一ノ瀬と関わった人間は、一ノ瀬に対してまったく興味を持たないか、妙に興味を引かれるか、そのどちらかに分類されると思う。そして後者は更にふたつに分けられる。ひとつは一ノ瀬を守ってやりたいという庇護欲を駆り立てられる者、もうひとつはズタズタに傷つけてやりたいと思ってしまう者。サンジャイはきっと前者だ。
俺の場合、二つの間を行ったり来たりしている。一ノ瀬の顔を見ながら頭の中で一ノ瀬を犯す妄想が広がるが、次の瞬間には大事に慈しみたいと思っている。
一ノ瀬の表情にも問題があると俺は思っている。
普通に正面を向いている時は泣かせてやりたい澄ました顔。この顔の時が多いから俺の欲望も危険なものが多い。
そのくせ、一ノ瀬が目を伏せた途端、どこか悲しげなものが浮かんで見える。本人にそんな自覚はない。なぜそんな寂しい表情をするのか何度か一ノ瀬に聞いた事があるが、言われた一ノ瀬も困った顔で「何もない」と言う。嘘をついている風でもないから、実際そうなのだろう。実に紛らわしい。
一ノ瀬がそんな表情を見せた時は、問答無用で抱きしめてやりたくなる。大事にして守ってやりたくなる。それが自覚がないなんて、はた迷惑なことだ。
他の奴だとこんなふうにはならなかった。
付き合ってと言われたら付き合ったし、別れてと言われたら別れた。付き合って欲しいと言って断られたら諦めたし、特に傷つきもしなかった。
こんなだからか、簡単に手を出すことが出来た。恐れもなにもない。嫌われたらそれまで、また次がある、そう思っていたのに、一ノ瀬が相手だと、こうして歩くだけの時間ですら大事に思える。この時間や関係を壊すのが怖い。隣にいられなくなるのは耐えられない。出会った頃の気軽さで一ノ瀬に迫ることが出来ない。慎重になりまくっている。
実はそんな自分を俺は気に入っていたりもする。
俺は人より少し早熟すぎた気がするのだ。女を経験したのは中1の時、この時に酒と煙草も覚えた。男を経験したのは中2の時。
今はこんな中/学生の片思いのような恋愛が楽しい。とはいえ、やっぱり体は高校2年、チャンスが落ちていないかいつも目を光らせてはいるが、なかなか見つけることができない。
駅に向かう一ノ瀬と途中で別れ、家に向かって歩いた。
風が冷たい。もうすぐ冬休み。一ノ瀬と毎日会えなくなる。今の俺には休みなんていらない。
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そういうわけで、俺はサンジャイの企みによって生徒会選挙に出ることになった。
その帰り、俺は一ノ瀬を引きとめ、グラウンドに下りる階段に二人で座った。グラウンドではサッカー部と野球部が練習をしている。
こんなところで時間を潰すのは少しでも長く一ノ瀬と一緒にいたいから、というのが一番の理由だが、他に、一ノ瀬とサンジャイを同じ電車に乗せて帰らせないためでもある。聞けば今まで何度も一緒に帰っていたという。その話を聞いただけでひきつけを起こしそうだった。
俺はどうも嫉妬深くていけない。もっと心を大きく構えなくちゃいけないのに、相手がサンジャイだとマジでブチ切れそうになる。一ノ瀬が特別サンジャイに懐いているせいだ。
前に俺がテストで手を抜いて一ノ瀬を怒らせた時も、あいつは一ノ瀬に付きまとっていやがった。
体育祭で一ノ瀬がぶっ倒れた時、仲直りできるかもしれないと思って一ノ瀬のいる保健室に見舞いに行った時も、俺より先にサンジャイがいた。
いつかの放課後、今では名前も忘れてしまった当時付き合っていた女の子と俺が帰ろうとしている時も、一ノ瀬はサンジャイと一緒にあらわれた。その時奴は、
『お前が諦めるなら、一ノ瀬を襲って俺のものにする。指咥えて見てろ』
そう俺に言った。一瞬で頭に血がのぼった。あの時あいつに手を出さなかったのが不思議なくらいだ。
サンジャイは一ノ瀬の肩に手をまわし、一ノ瀬もそれを振り払わず、そのまま二人並んで帰って行った。今思い出してもはらわたが煮えくり返る。
幼稚な嫉妬だが、 とにかく一ノ瀬に近づかせないために、わざわざこうして時間を潰しているのだ。
隣に座る一ノ瀬は、目の前のサッカー部の練習を見て、ボールの所在に合わせ目を動かしている。いつもの気の張ったのとは違う、少し気を抜いた時に見せる穏やかな表情。何を話さなくても、俺は一ノ瀬の顔を見て何時間でも過ごせる。
「気色悪い奴だ、穴があくから俺の顔をそんなに見るのはよせ」
前を向いたまま一ノ瀬が言った。
「俺のこと好き?」
「さぁな」
「キスしていい?」
「駄目に決まってる」
「だよね」
俺としてはもっとキスしてもっと違うこともしたいんだけど、一ノ瀬はキスすら満足にさせてくれない。難攻不落? 上等だね、望むところだ。
「本当に立候補するつもりか?」
一ノ瀬がこちらを向いた。もういつもの張り詰めたような表情。
「ま、一応ね。出さえすればサンジャイの野郎も文句はねえだろ」
どういうつもりで俺を立候補させたいのかは知らないが、おおかた人数集めのためだろう。そのくらいの協力はしてやるさ、いつか俺に発破をかけてきた礼だ。
「当選するなんてことはどう足掻いたってないと思うが、もし万が一にでも間違って当選してしまった場合は、 お前、きちんとやれよ」
ずいぶんくどい言い方するね。俺だって当選する気なんかないよ。
立ち上がり、手を差し出した。
「そろそろ帰るか、寒くて風邪ひいちまうわ」
一ノ瀬が俺の手を取り、立ち上がる。冷たい手。しまった、本当に風邪をひかせてしまう。
しばらく手を繋いだまま歩いた。
「もう、いいだろ」
ぎこちなく一ノ瀬が言い、手を放した。耳が赤い。それは寒いからかな、照れてるからかな。キスしたいけど一ノ瀬が怒るからしない。俺の頭の中では随分いろいろやってもらってるなんて、こいつは夢にも思わないんだろうな。
一ノ瀬を押し倒して無茶苦茶にしてやりたい、という欲求が込み上げてくる時がある。
真面目で品行方正、曲がったことが嫌いで、自分にも他人にも厳しい。いつも難しい顔つきで笑顔もたまにしか見せない。それも限った人間にだけ。
俺以外の連中はこんな一ノ瀬に興味を示さない。逆に鬱陶しがる。どうして一ノ瀬がいいのか何度も聞かれた。俺はそれに答えられない。理屈抜きで一ノ瀬を気に入ったから説明のしようがない。
ひとつ、思い当たることがあるが、これはさすがの俺でも他人には話せない。俺は一ノ瀬を犯したい。そんな残虐な欲望がいつも腹の底にある。その真面目ぶった面を滅茶苦茶にして泣き喚かせたい。
一ノ瀬と関わった人間は、一ノ瀬に対してまったく興味を持たないか、妙に興味を引かれるか、そのどちらかに分類されると思う。そして後者は更にふたつに分けられる。ひとつは一ノ瀬を守ってやりたいという庇護欲を駆り立てられる者、もうひとつはズタズタに傷つけてやりたいと思ってしまう者。サンジャイはきっと前者だ。
俺の場合、二つの間を行ったり来たりしている。一ノ瀬の顔を見ながら頭の中で一ノ瀬を犯す妄想が広がるが、次の瞬間には大事に慈しみたいと思っている。
一ノ瀬の表情にも問題があると俺は思っている。
普通に正面を向いている時は泣かせてやりたい澄ました顔。この顔の時が多いから俺の欲望も危険なものが多い。
そのくせ、一ノ瀬が目を伏せた途端、どこか悲しげなものが浮かんで見える。本人にそんな自覚はない。なぜそんな寂しい表情をするのか何度か一ノ瀬に聞いた事があるが、言われた一ノ瀬も困った顔で「何もない」と言う。嘘をついている風でもないから、実際そうなのだろう。実に紛らわしい。
一ノ瀬がそんな表情を見せた時は、問答無用で抱きしめてやりたくなる。大事にして守ってやりたくなる。それが自覚がないなんて、はた迷惑なことだ。
他の奴だとこんなふうにはならなかった。
付き合ってと言われたら付き合ったし、別れてと言われたら別れた。付き合って欲しいと言って断られたら諦めたし、特に傷つきもしなかった。
こんなだからか、簡単に手を出すことが出来た。恐れもなにもない。嫌われたらそれまで、また次がある、そう思っていたのに、一ノ瀬が相手だと、こうして歩くだけの時間ですら大事に思える。この時間や関係を壊すのが怖い。隣にいられなくなるのは耐えられない。出会った頃の気軽さで一ノ瀬に迫ることが出来ない。慎重になりまくっている。
実はそんな自分を俺は気に入っていたりもする。
俺は人より少し早熟すぎた気がするのだ。女を経験したのは中1の時、この時に酒と煙草も覚えた。男を経験したのは中2の時。
今はこんな中/学生の片思いのような恋愛が楽しい。とはいえ、やっぱり体は高校2年、チャンスが落ちていないかいつも目を光らせてはいるが、なかなか見つけることができない。
駅に向かう一ノ瀬と途中で別れ、家に向かって歩いた。
風が冷たい。もうすぐ冬休み。一ノ瀬と毎日会えなくなる。今の俺には休みなんていらない。
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