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言えない言葉(8/11)

2020.08.22.Sat.


 放課後、俺はそわそわしていた。昨日、木村の家に行くと約束したが、いつどこで木村と落ち合えばいいのか決めていなかったのだ。木村が三年の俺のクラスまで迎えに来るのか? 俺が行くのか? 部室で待つほうがいいのだろうか。

 考えながらノロノロ教室を出てとりあえず靴を履きかえた。校舎裏の体育館へ向かう途中、後ろから声をかけられた。

「今日、練習休みだぜ」

 木村が立っていた。

「お前を待ってたんだよ」
「あぁ、そうなんだ。じゃ行こっか」

 木村と並んで歩く。いつもとかわらない木村の表情。こいつは今何を考えているんだろう。俺だけが落ち着かない気分なんだろうか。どうしてこいつはいつもこんなに落ち着いていられるんだろう。

 いつも別れる三叉路を木村と一緒に曲がる。しばらく歩いて「ここ」と木村が顎をしゃくった。

 次の曲がり角までぐるりと廻る白い壁。駐車場らしいシャッター、その横に勝手口のような小さな戸。そこの鍵をあけて木村が中に入った。ここが木村の家。その大きさに驚いた。

 木村に続いて勝手口から中に入る。右手に屋根だけの倉庫のような広い駐車場。シャッターの前に車が二台並んでとめてある。その奥の空きスペースには大きなバイクが一台、更に奥の壁にはバスケットのゴールが設置してあった。こいつはここで毎日練習しているのかもしれない。

 左手には洋風な建物に似合わない小さいが立派な日本庭園。俺はそこで初めて鹿威しを見た。

 大きな玄関の戸を開け中に入る。俺の部屋ほどある広い玄関。白く光る床。

「あがって」

 言って木村は俺の前にスリッパを置き、さっさと歩き出す。気後れしながらあとに続いた。

 廊下の先の階段を上っている時、女の人の声がした。立ち止まって振りかえる。綺麗な女の人が立っていた。

「お帰りなさい、論」
「ただいま、昨日言った部活の先輩」

 と、木村が俺を指差す。俺は頭をさげた。木村のお母さんのようだ。にしても綺麗な人だ。木村は母親似なんだろう。

「いらっしゃい、ゆっくりしていってね。あとでケーキを持って行くね」

 木村が階段をのぼって先に進む。もう一度木村の母親に会釈し、俺も二階へあがった。

 木村が開けた部屋の中に入った。 六帖の俺の部屋の倍はありそうな広い部屋。左手、壁一面の棚、そこに本がびっしり埋まっている。漫画の類はなく、すべて勉強に関するものだ。

 正面に勉強机、手前にベッド、右手はベランダ。中に入ってから、本棚の奥は三帖ほどのウォークインクローゼットになっていることに気付いた。

「お前、すごいな。金持ちだったんだ」
「金持ちは爺さんだよ、俺はただの学生」

 爺さんの財産はいつかはお前が相続するんだろうとは言わないでおいた。つまらんやっかみだ。

 本棚の奥のクローゼットで着替えを済ませ、木村が戻ってきた。左耳にピアス。

「お前、ピアスなんてしてるのか」
「うん、そうだよ」

 なんでもない顔で言ってベッドに座る。

「いつまでもつっ立ってないで長野さんも座ったら?」

 木村の隣には座れず、勉強机の椅子に座った。その直後ノックの音。扉が開いて、木村のお母さんが中に入ってきた。勉強机にケーキと紅茶を置いた。

「本当にゆっくりして行ってちょうだいね、論がお友達を連れてきたのは初めてなの」

 嬉しそうにニコニコ笑う。

「母さん、もういいから」

 木村に言われ、おばさんは名残惜しそうに部屋を出て行った。

「優しそうなお母さんだな」
「普通だよ」
「甘やかされて育ったんだろ、お前」
「昔はああ見えてスパルタだったんだぜ」

 論は立ち上がり、机のケーキに手を伸ばした。上に乗っかるフルーツを指でつまんで口に入れる。

「すごい勉強してたって本当か?」

 ちらりと壁一面の本を見た。すごい量だ。 参考書と辞書、事典に並んで、小中/学生には縁のない難しい専門書まである。

「昔の話だよ。母さんは俺に期待しまくってたから、今はさぞがっかりしてるだろうな」

 ニヤっと皮肉に笑った。

「人からやれって言われたり期待されたり、そういうの、もううんざりなんだ」

 言ってフォークをケーキに突き立て、かぶりついた。

 勉強のしすぎで壊れた。そう聞いた話も、満更デタラメではないようで、これ以上聞くのは躊躇われた。

「今キスしたら甘い味がするよ、長野さん」

 口のまわりのクリームを拭った木村が俺に向きなおって言う。俺の肩に手をおいて顔を近づけてくる。甘ったるいにおい。俺は目を閉じ、少し口をあけた。唇が触れたと同時に舌が入ってくる。木村の言う通り、クリームの甘い味がした。

「ベッド行こう」

 腕を引っ張られ、ベッドに連れて行かれた。下には木村のお母さんがいる。もし急に部屋に入って来られたら……。俺の不安を見透かして、

「母さんは滅多に俺の部屋には来ないから」

 木村が俺にキスしながら言った。少し安心。しかし緊張する。ベッドに押し倒された。木村の手がベルトを外し、中に入ってくる。じかに触られるのは前に更衣室でイカされた時以来。

「今日は反応早いね」

 笑いを含んだ木村の声。俺のものはもうすでに大きくなっていた。ずっと焦らされ続けたせいで俺の体と心はおかしくなっている。

「早く」

 喘ぐようにねだった。

「俺のも触って」

 耳元に囁かれた。抗えず手を伸ばす。木村のベルトをもどかしく外し、それを引っ張り出す。初めて触る他人のもの。

 二人でそれを扱きあった。何度もキスした。興奮して我を忘れた。相手が木村じゃなかったらこうはならなかった。これが『好き』という感情なのかわからない。でもいつだって俺は木村のことばかり考え、その姿を探していた。

「木村、俺、もう」

 空いてる左手で口を押さえた。ただイカせるだけの愛撫にあっけなく果てた。木村が俺の顔の横に突っ伏す。耳元に荒い呼吸。木村ももう出そうなんだろう。びくっと脈打ち、木村も果てた。大きな溜息をついて、木村が顔をあげる。

「やべ、汚しちゃった」

 手から零れたものが俺の下着を濡らしていた。木村がティッシュで拭いてくれたがそんなもので乾くはずもない。俺の履く? という木村の申し出は断り、じっとり湿る下着を我慢することにした。

「手、洗いに行こっか」

 木村に言われ、下におりて手を洗う。先に木村が上に戻った。少し遅れて上に戻ろうとしたら木村の母親に引きとめられた。

「今日は来てくれてありがとう。私のせいであの子、友達が一人もいなかったから。これからも論と仲良くしてやってね」

 昔はスパルタだった母親。期待され部屋に閉じ込められて勉強漬けの毎日。そして木村は壊れ、声を失った。

「安心してください。木村は学校で人気がありますから」
「ほんとに? 良かったわ」

 安堵して母親は微笑んだ。息子への負い目、罪悪感が見え隠れする笑みだった。

 母親と別れ、部屋に戻った。木村はベッドの上で目を閉じて寝転がっている。

「ロン」

 初めて下の名前で呼んだ。パチっと目が開く。

「なに?」
「俺、お前のこと好きだよ」

 一瞬だけ木村が驚いたような表情を見せた。

「別に好きになんなくていいって言ったのに」

 少し困ったような笑顔だった。この日初めて、俺は自分から木村にキスした。



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