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言えない言葉(5/11)

2020.08.19.Wed.


 練習が終わり、片付けの一年に声をかけてから更衣室へ。ベンチに座ってバッシュの紐をほどく木村が目に入った。

 更衣室で木村を見ると嫌でも昨日のことを思い出す。ぎこちなく別のほうを向き、俺も着替えた。

「じゃあな、長野」

 副キャプテンの栗原が俺の背中を叩いた。振りかえって返事をしたとき木村と目が合った。 慌てて前に向きなおる。三年生が出て行き、二年生が着替え始める。

 先に着替え終わった木村が俺の背後に立ったのが気配でわかった。俺は緊張した。

「長野さん、このあと暇?」

 他の部員が数人こちらを見ているのが視界の端に映る。だれも昨日のことなんて知らないのに気持ちが落ち着かない。

「暇なら一緒に帰んない?」
「い、いいけど」
「じゃ、着替えるの待ってる」

 木村は再びベンチに座り、雑誌を読み始めた。俺はこっそり息を吐いた。なんでもない会話なのにどうしてこんなに緊張しなきゃいけないんだ。

 着替え終わり鞄を担ぐと、木村がベンチから立ち上がった。

「長野さん、悪いんだけどちょっと待ってて。教室に忘れもんした」

 と、更衣室から出て行く。担いだ鞄を床に置き、ベンチに腰をおろした。

 待っている間に二年生が着替え終わって更衣室を出て行った。体育館の片づけを終えて戻ってきた一年が俺を見つけて驚いた顔をする。それもそうだろう、いつもなら帰っている時間なのにベンチに座っているのだから。

「どうしたんですか」
「ちょっとな」

 木村を待っていると言いづらくて言葉を濁した。一番最後に入って来た谷口が首を傾げているのが見えた。

 一年生が着替えをしている間、俺は一人そわそわしていた。木村を待つ必要なんかないんじゃないか。あいつの魂胆は見え見えだ。 みんなが帰った頃合を見て戻ってくるつもりだ。そして昨日と同じようなことをするつもりなんだ。

 わかっているのに立ちあがってここから出て行くことが出来ない。情けないことにさっきから下半身がうずうずして仕方ない。期待しているのだ。そんな自分を認めたくないのに、俺は一年が早く更衣室から出て行くのを待っている。

「長野さんはまだ帰らないんですか」

 まだ声変わりしていない谷口の声。俺は曖昧に頷いた。

「誰か待ってるんですか」
「いや、まぁな」

 谷口は不思議そうに目を瞬かせた。

「じゃ、僕たちはお先に失礼します」

 一年生たちが更衣室から出て行った。溜息が出た。 静かになった更衣室で一人、木村が戻ってくるのを待った。本当に教室まで行ったのだろうか。それともどこかで隠れているのだろうか。木村はまだ姿をあらわさない。

 五分経った。遅い。更衣室を出て外の様子を窺った。誰も来る気配がない。もしかしてあいつ、先に帰ったんじゃないのか?

 暗い廊下。物音一つしない。待ってた自分が馬鹿みたいに思えてきた。と同時に腹が立った。 鞄を取りに更衣室へ。

 馬鹿馬鹿しい。どうして俺が木村に振りまわされなきゃいけないんだ。



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