言えない言葉(3/11)
2020.08.17.Mon.
<1→2>
「谷口に付き合えってのは本気か? からかったのか?」
木村がまったく興味のない目で俺を見た。
「まぁ、本気かな。あいつ、女みたいな顔してるし」
「いや、だからって、谷口は男だぞ?」
「知ってるよ」
「お前……ホモだったのか」
「んー、俺どっちもいけるみたいなんだよね」
どっちも? 男も女もOKってことか。こいつはなにを平然とカミングアウトしてるんだ。聞いてる俺のほうが動揺するじゃないか。
「でもまだ男と付き合ったことなくて谷口入れて二連敗中。あいつ、女みたいな顔してるし、いけるかなぁと思ったんだけど無理だったか」
「女みたいだからって……そういえばお前、去年の冬頃、彼女いなかったっけ?」
練習が終わるまで外で待っていた女の子がいたはずだが、春休みが終わった頃から見かけない。
「別れた。バスケと私とどっちが好きなのって聞かれて」
「バスケって答えたのか?」
「いや、どっちも好きじゃないって答えた」
「そりゃ彼女も怒るだろ……っておい、バスケも好きじゃないのか?」
いつもあんなに熱心に練習しているじゃないか。なのに好きじゃないだって?
「好きでやってるわけじゃない」
「じゃあ、なんでバスケ部にいるんだ」
「他にやることがないし、今んとこまだ飽きてないし」
呆気にとられてしまった。そんな理由でバスケをやっていたのか、こいつは。しかし理由はどうあれこいつの成長ぶりには俺も監督も驚いている。努力だけじゃない、こいつには才能がある。
「あんまりそういうこと他の連中には言うなよ」
「そういうこと?」
「お前が男もいけるってこと。あと、バスケを好きでやってんじゃないってこと」
「なんで」
「男が男を好きになるなんて、なかなか受け入れられないもんだ。だからあまり人には言うな。あと、部の連中はみんな好きで上手くなりたくてバスケの練習をしてるんだ。好きでやってるんじゃないなんて言われていい気しないだろ」
「そうなんだ?」
「そうだ」
こんな簡単なことがこいつにはわからないのだろうか。「ふぅん」と感心したように木村は頷いた。
「じゃ、長野さんも俺にいい気しないんだ?」
「俺? 俺は別になんとも思わないよ、そりゃビックリはしたけど」
木村が男が好きで谷口に迫ったなんて、本当は内心びびりまくりだ。でも年上、バスケ部主将としてそんなこと表に出せない。
「谷口はいい気しなかったのかなぁ」
谷口が出て行った出入り口を見て木村が呟く。やはり振られたことがショックだったのだろう。それも青ざめて体を震わせて、全身で拒否されたのだから。
「まだあいつ一年だしな。いきなり男に告白されて動揺したんだよ。だから俺に相談したんだと思う」
「谷口は長野さんが好きなのかな」
「いや、それはない」
こいつは他の奴までホモにする気か。
「残念だなぁ、男同士ってどんなもんか試したいのに」
何を言い出すんだ、こいつは。男同士がどんなもんか? そんなもん、俺はまったく興味がない。想像すらしたくない。
「女も好きになれるんなら、普通に女と付き合っとけよ」
一年の初めの頃は目に掛かるほど長い黒髪だったが、夏休み明けに短い茶髪になってから木村はもてるようになった。確かに髪がすっきりして顔があらわれると、木村はとても整った顔をしていることがわかった。それ以来女子の評価はがらりとかわり、たまに練習風景を見に来る女子もいるほどだ。木村なら、すぐに付き合う子がみつかるだろう。
「女の子も好きだよ。やわらかいしかわいいし。でも俺、男にも目がいっちゃうんだよね。したことないからさぁ、一度試したいんだ」
試したいなんてサラっと言うな。
「邪魔したとまでは言わないけど、押しの弱そうな谷口を逃がしたのは事実だよね。長野さん。谷口のかわり、してよ」
「は?」
「俺を好きになんなくていいから、俺としてみない?」
この時初めて木村が少し笑った。こいつの艶やかな笑みに背筋がぞくっとした。
「し、して……ってお前、おかしいんじゃないかっ」
恥ずかしいやら腹が立つやら、俺は誤魔化すように大声をあげていた。顔まで熱くなってきた。木村がこちらに歩み寄る。俺より少し低いから170センチをちょっと越したくらい。そこから俺の顔を覗きこんでくる。
「男と女で何が違う? ちょっと試してみようよ、長野さん」
「無理無理、ぜったい無理!」
「俺は長野さんでも無理じゃないんだけどなぁ。一回だけ触ってもいい?」
木村の手が俺の下半身へ伸びる。俺は咄嗟にその手を振り払った。
「お、お前、ふざけるのもいい加減にしろよ!」
「じゃ、やっぱり谷口を相手に試してみるか」
「なんっ」
ニヤニヤ笑う木村を睨み付けた。木村はまったくそれを気にする風もなく俺を見つめ返してくる。二年のくせにふてぶてしい。
「ふざけて触り合いしてる男なんて結構いるよ、 長野さん」
「お前はふざけてるんじゃないだろ」
「ふざけてだったらいいの?」
「そうじゃなくて」
「谷口みたいに俺が怖い?」
「そうじゃなくてっ」
「だったら、これはおふざけってことで」
木村の手が俺の股間に触れた。鳥肌がたった。木村の指が俺のものを布越しになぞる。
「小さ」
木村の呟き。お前に触られてびびってんだから仕方ないだろう。
「あぁ、やっと大きくなってきた」
木村の含み笑い。そんなこと言うな。死ぬほど恥ずかしい。 体育館の真ん中で木村と向き合って何をやられているんだ、俺は。
「長野さんてけっこう感じやすいほうだね」
上目遣いにみられた。恥ずかしくて目を逸らした。息が荒くなる。布越しに触ってくるのがもどかしい。
「木村、もういいだろ」
肩を押したが木村の手は離れない。俺の反応を面白そうに見ている。そんなにじっと見られると恥ずかしい。
「どうせなら、出しちゃう?」
「馬鹿かお前、こんなところで」
「じゃあ、更衣室行こうか? きっともう誰もいないよ」
心臓がどきどき鳴っている。相手は同じ男の木村なのに、 大きくなった俺のものは木村の指の続きを待っている。試合後の酸欠状態になった時みたいに頭がぼうっとする。そうだ、俺は酸欠でまともな判断が出来なかったんだ。俺は木村に頷いていた。
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「谷口に付き合えってのは本気か? からかったのか?」
木村がまったく興味のない目で俺を見た。
「まぁ、本気かな。あいつ、女みたいな顔してるし」
「いや、だからって、谷口は男だぞ?」
「知ってるよ」
「お前……ホモだったのか」
「んー、俺どっちもいけるみたいなんだよね」
どっちも? 男も女もOKってことか。こいつはなにを平然とカミングアウトしてるんだ。聞いてる俺のほうが動揺するじゃないか。
「でもまだ男と付き合ったことなくて谷口入れて二連敗中。あいつ、女みたいな顔してるし、いけるかなぁと思ったんだけど無理だったか」
「女みたいだからって……そういえばお前、去年の冬頃、彼女いなかったっけ?」
練習が終わるまで外で待っていた女の子がいたはずだが、春休みが終わった頃から見かけない。
「別れた。バスケと私とどっちが好きなのって聞かれて」
「バスケって答えたのか?」
「いや、どっちも好きじゃないって答えた」
「そりゃ彼女も怒るだろ……っておい、バスケも好きじゃないのか?」
いつもあんなに熱心に練習しているじゃないか。なのに好きじゃないだって?
「好きでやってるわけじゃない」
「じゃあ、なんでバスケ部にいるんだ」
「他にやることがないし、今んとこまだ飽きてないし」
呆気にとられてしまった。そんな理由でバスケをやっていたのか、こいつは。しかし理由はどうあれこいつの成長ぶりには俺も監督も驚いている。努力だけじゃない、こいつには才能がある。
「あんまりそういうこと他の連中には言うなよ」
「そういうこと?」
「お前が男もいけるってこと。あと、バスケを好きでやってんじゃないってこと」
「なんで」
「男が男を好きになるなんて、なかなか受け入れられないもんだ。だからあまり人には言うな。あと、部の連中はみんな好きで上手くなりたくてバスケの練習をしてるんだ。好きでやってるんじゃないなんて言われていい気しないだろ」
「そうなんだ?」
「そうだ」
こんな簡単なことがこいつにはわからないのだろうか。「ふぅん」と感心したように木村は頷いた。
「じゃ、長野さんも俺にいい気しないんだ?」
「俺? 俺は別になんとも思わないよ、そりゃビックリはしたけど」
木村が男が好きで谷口に迫ったなんて、本当は内心びびりまくりだ。でも年上、バスケ部主将としてそんなこと表に出せない。
「谷口はいい気しなかったのかなぁ」
谷口が出て行った出入り口を見て木村が呟く。やはり振られたことがショックだったのだろう。それも青ざめて体を震わせて、全身で拒否されたのだから。
「まだあいつ一年だしな。いきなり男に告白されて動揺したんだよ。だから俺に相談したんだと思う」
「谷口は長野さんが好きなのかな」
「いや、それはない」
こいつは他の奴までホモにする気か。
「残念だなぁ、男同士ってどんなもんか試したいのに」
何を言い出すんだ、こいつは。男同士がどんなもんか? そんなもん、俺はまったく興味がない。想像すらしたくない。
「女も好きになれるんなら、普通に女と付き合っとけよ」
一年の初めの頃は目に掛かるほど長い黒髪だったが、夏休み明けに短い茶髪になってから木村はもてるようになった。確かに髪がすっきりして顔があらわれると、木村はとても整った顔をしていることがわかった。それ以来女子の評価はがらりとかわり、たまに練習風景を見に来る女子もいるほどだ。木村なら、すぐに付き合う子がみつかるだろう。
「女の子も好きだよ。やわらかいしかわいいし。でも俺、男にも目がいっちゃうんだよね。したことないからさぁ、一度試したいんだ」
試したいなんてサラっと言うな。
「邪魔したとまでは言わないけど、押しの弱そうな谷口を逃がしたのは事実だよね。長野さん。谷口のかわり、してよ」
「は?」
「俺を好きになんなくていいから、俺としてみない?」
この時初めて木村が少し笑った。こいつの艶やかな笑みに背筋がぞくっとした。
「し、して……ってお前、おかしいんじゃないかっ」
恥ずかしいやら腹が立つやら、俺は誤魔化すように大声をあげていた。顔まで熱くなってきた。木村がこちらに歩み寄る。俺より少し低いから170センチをちょっと越したくらい。そこから俺の顔を覗きこんでくる。
「男と女で何が違う? ちょっと試してみようよ、長野さん」
「無理無理、ぜったい無理!」
「俺は長野さんでも無理じゃないんだけどなぁ。一回だけ触ってもいい?」
木村の手が俺の下半身へ伸びる。俺は咄嗟にその手を振り払った。
「お、お前、ふざけるのもいい加減にしろよ!」
「じゃ、やっぱり谷口を相手に試してみるか」
「なんっ」
ニヤニヤ笑う木村を睨み付けた。木村はまったくそれを気にする風もなく俺を見つめ返してくる。二年のくせにふてぶてしい。
「ふざけて触り合いしてる男なんて結構いるよ、 長野さん」
「お前はふざけてるんじゃないだろ」
「ふざけてだったらいいの?」
「そうじゃなくて」
「谷口みたいに俺が怖い?」
「そうじゃなくてっ」
「だったら、これはおふざけってことで」
木村の手が俺の股間に触れた。鳥肌がたった。木村の指が俺のものを布越しになぞる。
「小さ」
木村の呟き。お前に触られてびびってんだから仕方ないだろう。
「あぁ、やっと大きくなってきた」
木村の含み笑い。そんなこと言うな。死ぬほど恥ずかしい。 体育館の真ん中で木村と向き合って何をやられているんだ、俺は。
「長野さんてけっこう感じやすいほうだね」
上目遣いにみられた。恥ずかしくて目を逸らした。息が荒くなる。布越しに触ってくるのがもどかしい。
「木村、もういいだろ」
肩を押したが木村の手は離れない。俺の反応を面白そうに見ている。そんなにじっと見られると恥ずかしい。
「どうせなら、出しちゃう?」
「馬鹿かお前、こんなところで」
「じゃあ、更衣室行こうか? きっともう誰もいないよ」
心臓がどきどき鳴っている。相手は同じ男の木村なのに、 大きくなった俺のものは木村の指の続きを待っている。試合後の酸欠状態になった時みたいに頭がぼうっとする。そうだ、俺は酸欠でまともな判断が出来なかったんだ。俺は木村に頷いていた。
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