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言えない言葉(2/11)

2020.08.16.Sun.
<1>

 俺より頭一つは小さい谷口の顔をちらりと見た。胸でもあればショートカットの女の子に見える顔つき。その顔が曇っている。何か悩み事か。もしかしたら練習がきついから辞めたいのかもしれない。

 体育館の真ん中で谷口は立ち止まった。心配そうな顔で振り返る。誰もついて来てはいない。

「そんなに誰にも聞かれたくない話なのか」
「はい、あの……木村さん、更衣室にいましたか?」
「木村? いたよ、谷口を待ってるって言ってたけど」

 谷口の顔が青ざめていく。どうしたんだ? 普通じゃない雰囲気に胸がざわついた。

「木村がどうかしたか?」
「実は」

 俯く谷口の声は震えていた。

「実は僕、木村さんに付き合えっていわれたんです」
「付き合えって……?」

 咄嗟には意味が理解できず聞き返した。

「はい、僕を気に入ったから付き合えって」

 谷口が顔をあげた。真っ赤な目に涙が浮かんでいる。

「ぼ、 僕、 昔から女顔って言われてて、それがすごく嫌で、でもそれは仕方ないから諦めてるんですけど、僕は男ですから、男とは付き合えません……っ」

 話しながら感極まったのか谷口は涙をこぼして泣き出した。俺は真っ白な頭で呆然とそんな谷口を見つめた。谷口は手で涙を拭いながらしゃくりあげている。

「き、昨日、練習が終わってから言われて、今日、その返事が欲しいって、ま、待ってるからって、長野さん、僕、どうしたらいいんですか。怖くて更衣室に帰れません」

 木村が谷口を? 二人とも男だぞ?

 まだ頭が混乱する。谷口にかける言葉がみつからない。谷口のこの様子だと、昨日木村に付き合えと言われてからずっと一人で悩んで苦しんでいたのだろう。 誰にも言えず、一人で抱え込んで、やっと俺に相談することが出来たのだ。ここは先輩としてバスケ部主将として、谷口のこの問題を解決してやらねばならない。

「わかった、俺が木村と話をするから」
「ほんとですか」

 涙で顔がぐちゃぐちゃになった谷口の肩を叩いた。

「任しとけ、俺から木村に断ってやるから」

 谷口の顔に安堵の笑みが浮かんだ。

「部外者は黙ってろよ」

 突然降ってわいた声に谷口は小さな悲鳴をあげ体を強張らせた。俺は驚いてふりかえり、出入り口に立つ木村を見つけた。あいかわらず感情の読めない無表情だ。

「長野さん、あんたには関係ないだろ」
「いや、俺は谷口から相談を受けたし、バスケ部のキャプテンとして」
「そんなの関係ない。 これは俺と谷口の問題だ。そうだろ、谷口」

 谷口は俯いて木村と目を合わさない。膝が震えている。気の毒になるほど谷口は怯えていた。

 確かにこれは俺には関係ないことかもしれない。でもこんな谷口を見て放っておけるわけがない。

「なぁ、木村、とりあえず俺と二人で話をしないか」
「やだよ」
「谷口はお前と付き合えないと言ってる。 こんなに怯えて……それでもお前はまだ谷口を追い詰めるのか」

 木村が目を細めて谷口を見た。 谷口は俺の後ろに隠れている。木村の眉間にしわが寄るのが見えた。俺の言葉の意味が少しは理解できたのだろうか。

「そんなに俺が嫌?」

 冷静さを失わない木村の声。谷口は小さく頷いた。それを見て木村は前髪をかきあげ、溜息をついた。

「わかったよ、もういい、諦めるよ」

 溜息と一緒に吐き出すように言った。谷口が顔をあげ、俺を見る。俺は頷いてみせた。

「大丈夫だ、行け」

 頷いた谷口は、木村のいない出口から体育館を出て行った。木村は無言でそれを見送った。心なしか傷ついた顔をしているように見える。振られたんだから当たり前か。



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