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言えない言葉(1/11)

2020.08.15.Sat.
<「ピーキー」→「毒入り林檎」→「未成年のネクタイ」>

※長野目線

 練習が終わり、汗だくの部員たちが更衣室へ行く中、一年は残ってあと片付け。バスケ部主将の俺はそんな一年に声をかけてから更衣室へ向かった。

 体育館から廊下を挟んだ更衣室。備え付けの水道で頭から水をかぶった。汗をかいて暑い体には気持ちがいい。

 早くに着替えを済ませた三年生たちが更衣室から出て行く。二年生がそれを見送ってから着替えを始める。それがしきたりだ。そのしきたりを破る二年が一人。木村論。こいつには独特な雰囲気があって、誰もそれを注意できないでいる。

 一年の春、クラスの担任に、背が高いからという理由だけでバスケ部に入部させられた。バスケ部を見学したその日、ずっと体育館の床の木目を見ていた木村が真面目に練習に取り組むとは誰も思っておらず、正直木村の入部に誰もが難色を示した。

 皆が嫌がる理由は他にもあった。木村は一言もしゃべらない、それが一番大きな理由だった。

 小学校が一緒だったという一年に聞いた話では、木村はずば抜けて成績が良かったが、中学受験を目前にして一切勉強しなくなり、 また一切会話しなくなった、というのだ。壊れた。皆がそう囁いた。中学受験に失敗し、地元の中学に来たはいいが、入学してから半年間、木村は誰とも一言も口をきかなかった。

 夏休みが終わった頃、 木村の髪の色が茶色になっていて皆が驚いた。 その頃から木村がぽつりぽつり喋り出した。

 はじめは単語での会話が、次第に短い文章になり、冬が始まる頃には人並みに会話するようになっていた。

 木村がかわっているのはそれだけではなかった。意外なことに木村は人一倍練習熱心だった。バスケ経験ゼロの一年生たちと脇目もふらず基礎練習をする。みるみる上達していった。見学していた日の無関心さが嘘のようだった。

 部活が休みの日も個人で練習しているのだとすぐにわかった。教えていないことが急に出来ていたりと、他の一年たちとの熟練度に明らかな差があった。

 はじめはしゃべらない木村を皆は気味悪がっていたが、木村が会話するようになってからは、一人また一人と木村に話しかけるようになり、中には一年の木村にバスケのコツを教わるものもいた。

 木村は不思議な男だ。無口で無表情だった木村に声が戻り、笑うようになったせいだろうか、どこか飄々とした雰囲気なのに、なぜか人を引きつけ、いつの間にか木村のまわりに人の輪ができていた。

 年末に行われた一年と二年を混ぜた練習試合で、木村は一年の中で一番活躍した。1on1で張り付いた二年を抜く場面が何度もあった。部で一目置かれる存在になったのはこの頃だ。 木村はうちのバスケ部であきらかに異質な存在だった。

 今、木村は着替えを済ませたというのに、更衣室のベンチに座って帰ろうとしない。足元の雑誌を拾い上げ、眠そうな目でそれを読んでいる。

 他の二年は俺がいるからか、着替えをすますと無駄口叩かずさっさと更衣室から出て行った。俺と木村、二人だけになった。

「誰か待ってるのか」

 俺の問いに木村が雑誌から顔をあげた。表情のない顔が俺をみる。

「まぁ、そんなもん」

 こいつは誰にもタメ口だ。何度か注意したがきかない。『壊れて口がきけない木村』という印象が強すぎて誰も強く言えない。

「誰を待ってるんだ」
「谷口」

 谷口。一年の部員。小柄で顔が女の子のように可愛いとちょっと有名になった新入生。俺も間近で谷口の顔を見た時はその中性的な顔立ちに驚いた。

「長野さんはまだ帰んないの」
「いや、帰るよ」

 気のせいか、木村の目が「邪魔だから早く帰れ」と言っているように見えた。

「じゃあな」
「お疲れす」

 雑誌を見ながら木村が会釈する。俺は鞄を肩にかけ、再び体育館へ戻った。片付けの終わった一年が更衣室へ向かってくるところだった。

「お疲れさまです」
「お疲れ、ご苦労さん」

 最後尾に谷口の顔があった。俺をじっとみている。何か言いたそうな目だ。俺は立ち止まった。

「どうかしたか」
「あ、はい、あの」

 谷口は前を歩く仲間の背中を気ぜわしく見る。聞かれたくないのだろうか。

「体育館で聞こうか?」
「はい、すみません」

 頭をさげる谷口の背中を押し、誰もいない体育館へ向かった。



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