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未成年のネクタイ(10/10)

2020.08.14.Fri.


 むしゃくしゃする。俺はあいつを好いていた。同じ男として友人として弟として。あいつが俺を好きだと言わなければずっと付き合っていける関係だと思っていた。あいつにとっては残酷なことかもしれないが、時間が経てば目を覚ますはずだ、そう思っていた。実際あいつは女でもいける。俺への気持ちは一時の気の迷い。だが、そう思いこもうとしていたのは俺だけだった。

 甘やかしたのがいけなかったのか。それが、あいつに変に期待を持たせてしまったのか。

 頭をかきむしった。

「くそっ」

 テーブルをドンと叩いた。階段の軋む音に振りかえるとその先に菱沼がいた。

「うるさくって寝てらんねえじゃねえか」

 顎をかきながら俺の隣に座る。どこまで聞かれていたのか。いや、全部上に筒抜けだっただろう。居心地が悪い。

「鉄雄のお節介な性格のせいだぜ、あいつを勘違いさせたのは」
「そんなつもりじゃなかった」
「まぁ、これからは誰彼構わず拾ってくんなよ」

 俺の背中を叩いて笑う。俺は項垂れた。菱沼の言う通りだ。

 テーブルに置いていた携帯が鳴った。ロンからだ。表示された名前を見て俺と菱沼は顔を見合わせた。しばらく鳴って切れた。また着信。

「最後に言いたいことでもあんじゃねえの、出てやれよ」

 菱沼に言われ、携帯に出た。

「……誰だ、お前?」

 電話から聞こえてきたのはロンとは別人の声だった。

 ~ ~ ~

 店から少し離れた場所の廃校。二階の教室に、椅子に縛られたロンがいた。すでに何発か殴られたらしい、顔が腫れ、口と鼻から血が流れている。俯いて動かない。意識がないのかもしれない。

 電話の相手は、以前公園のバスケットコートでやりあった三人組。俺の店から帰る途中のロンを拉致し、ロンの携帯を使って俺をこの廃校へ呼び出した。

 怒りで目の前が霞む。こんなに頭に来たのは初めてだ。

「そいつを放せよ」

 自分の声を遠くに聞いた。感情とは裏腹に声は冷静だ。

「ほんとに言われた通り一人で来たのか」

 教室に現れた俺を見て吊り目の男が言う。

「あぁ、ずっと携帯を通話中にしてただろ。俺がお前らから連絡もらってここまで来る間、誰とも話なんかしてないのはお前らだって知ってんだろ」

 ロンの携帯でこいつらから連絡が来て、一人でやって来いと言われた。俺が急いで廃校へ向かうその間、携帯はずっと通話中。こいつらはそれで俺の行動を監視していたのだ。

 吊り目が顎をしゃくる。大男と帽子男が俺の脇に立ち、腕を掴んだ。俺の前に吊り目が立つ。

「ガキが舐めた真似したくれたよなぁ?」

 と俺の顔を覗きこんできた。

「あんたらわかってんのか、拉致監禁その上暴行、立派な犯罪だぜ」
「うるせえよ」

 腹を殴られた。前に殴られた時も昼飯を食ったあとだったな、そんなことを思い出した。足を蹴られた。床に膝をつく。三人がかりで殴られ、蹴られた。

 視界の隅で椅子に座っているロンが動いたのが見えた。顔をあげ、袋叩きにされている俺を見つけ、目が見開かれる。

「鉄雄さん!」

 叫びながら、椅子の上で暴れる。ロンに気付いた大男がロンの腹を蹴った。ロンは椅子ごと後ろにぶっ倒れた。

「そいつに手ぇ出すな!」
「なにかっこつけてんだ、馬鹿かお前は」

 帽子男に髪を捕まれ引っ張り上げられた。

「悪いことしたら謝るんだってこと、ガキでもわかるよな?」

 俺がお前たちに謝るだって? 死んだ方がマシだ。

「謝るのはてめえらだ、今ならまだ許してやるよ」

 言い終わらないうちに殴られた。

 視界の端に、廊下で動く人影を確認した。三人は気付いていない。

 背後の帽子男の腹に肘を入れた。呻いて俺の髪を放す。大男の顔面に裏拳を入れ、目の前の吊り目には頭突きした。二人共鼻から血を出し、よろけてニ、三歩さがった。

「お前、ほんとに殺されたいのか」

 鼻をおさえてすごんでくる。ロンを人質にとり、数で勝っているからと自分たちが優位だと思いこんでいる。

「前にも言ったろ、お前らにゃ無理だって。俺が一人で来たと本気で思ってんのかよ」
「人質奪還成功」

 突然の声に三人が驚いて振りかえった。縛られていたロンを解放した菱沼がピースサインを作って笑っている。

「お前、卑怯だぞっ」
「どっちがだよ」

 菱沼が残忍な笑みを浮かべて言った。

「なぁ、てっちゃん、こいつらやっちゃっていいよね。犯罪者だもん。加減なんか必要ないよね」

 菱沼は俺より好戦的な性格でこの状況を心底楽しんでいるのがその顔にあらわれていた。

「好きなだけやれよ」
「昨日はパーティで女とやりまくって、今日はこいつらぼこって、いいよなぁ、こういうの。生きてるって感じがするよ」

 菱沼は素早い動きで吊り目の腹を殴った。吊り目は腹を押さえてその場に崩れ落ちた。ゴト、と床に頭を打ちつけ動かない。他の二人はそれを見て顔を青くした。

「ま、待て、待ってくれ」

 今更言ってももう遅い。菱沼を止めることは出来ない。俺はこの場を菱沼に任せ、ロンをつれて学校を出た。

「大丈夫か、お前」

 ロンは黙って頷いた。初めて会った時も、こんなふうにボロボロになった姿だった。近くの公園に立ち寄り、水道で顔を洗った。傷口が少し痛む。顔を顰める俺をロンが心配そうに見ている。

「また俺のせいだ」

 ロンが言う。その頭を叩いた。

「違うよ。先に手を出したのは俺だし、あいつらの狙いは俺だったんだ。お前には迷惑かけたな」

 俯くロンの顔が歪んだ。 目から溢れた涙が音を立てて地面に落ちる。

「とりあえず店に戻るか。傷の手当しなきゃな」

 泣きじゃくるロンを連れて店に戻った。

 ロンの傷の手当をしながら初めて会った時のことを思い出した。あの日ロンは一言も口をきかなかった。一切感情らしいものを表に出さなくて変なガキだと思った。今じゃ、俺の前で泣き顔だって見せてくれる。たいした進歩だ。

 手当てが終わった。そういえば菱沼の奴、帰りが遅いな。あいつのことだから負ける心配はないが、やりすぎてしまう心配がある。その時俺の携帯が鳴った。菱沼からだ。今からそっちに戻る、とだけ言って通話が切れた。

「菱沼だ、こっちに戻ってくるって」

 ロンは安心したようにほっと息を吐き出した。

 お互い無言で気詰まりな空間。ほんの数時間前に好きだと言われた奴とどんな顔をして向き合えばいいのかわからない。

「俺ちょっと寝るわ」

 ベッドに横になり、目を閉じた。耳鳴りがするような静けさ。眠ろうとしたってなかなか眠れない。長い時間が過ぎた。帰りの遅い菱沼にイライラが募る。

 ロンが動く気配に薄目をあけた。鞄を肩にかけ、ロンが立ち上がるのが見えた。帰るつもりらしい。ロンがこちらに向きなおった。目を閉じてたぬき寝入りを続ける俺の耳に、近づいてくるロンの足音。息遣いを感じるほどに、ロンの顔が近くにきた。

「鉄雄さん、ごめんね」

 ロンの声。その後、俺の唇に何か触れた。足音が遠ざかっていく。階段をおり、扉の開閉の音を聞いてから、俺は目をあけた。

 顔が熱い。ロンにキスされた。別に不快じゃなかった。怒りもない。お別れのキス。最後の一回くらい、許してやる。

 しばらくして菱沼が戻ってきた。にやけ顔で俺を見てくる。

「あいつ、出てったな」
「見てたのか」
「離れたとこからな。ちょっとかわってるけど、悪い奴じゃなかったよな」
「まぁな」
「一回くらい、相手してやってもよかったんじゃねえの」
「馬鹿言うな」

 あいつに友情以上の感情はもてない。でもまたいつかどこかで、あいつに会えたらいいなと思う。


(初出2008年)


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