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未成年のネクタイ(6/10)

2020.08.10.Mon.


 夏休みも後半に入った。相変わらずロンは俺の店にちょくちょく顔を見せている。いつもだいたい決まった時間なのは、部活と個人練習を終わらせてから来るからだった。

 前に一度夜遅くに店に寄るとシャッターの前でロンが座って待っていたことがあった。聞くと五時間以上待っていたという。俺の携帯の番号を教え、店に来る時は前もって連絡するように言った。

 別にロンのために店にいる義理もないのに、俺は前以上に店で寝泊りすることが増えた。ロンも店に泊まることが増えていた。

 俺もロンの年の頃、よく菱沼と夜遊びして外泊したが、ロンが同じことをするのはあまり気がすすまなかった。 帰るように何度も促した。その半分の確立でロンは家に帰り、また半分の確立で店に泊まった。

 付き合いが悪くなったと菱沼に文句を言われたが、ちょうどその頃菱沼に女が出来てあまり店に来なくなり、気がつくと俺は中1のロンといつも一緒にいた。こいつは年下なのに、一緒にいるとそんなこと忘れてしまう。こいつの大人びた目のせいだろうか。

 たまにロンのバスケの練習にも付き合った。こいつはどんどんうまくなる。 学校のダチにNBAの大ファンがいて、そいつに頼んで試合をダビングしてもらったものをロンに渡した。ロンが喜ぶ顔を見て俺も嬉しくなった。

 今日は真田と一緒に三人でバスケをした。二人共バスケ部というだけあって、俺なんかよりフォームがさまになっている。だが素人の俺が見ても真田よりロンのほうが上手い。真田もそれをわかっているようで、1on1を二人でしている時、敵意むき出しでロンに向かって行った。

「誰がお前に負けるかよ」

 真田がロンを挑発する。

「鉄雄さんに気に入られてるからっていい気になるなよ」

 別にロンを気に入ってるわけではないが。特に訂正はせず、壁にもたれて二人を眺めた。

「サージ、何勘違いしてんだ」

 ロンが薄い笑いを浮かべて口を開いた。俺以外の奴にはいつも単語でしか会話をしない。こんな風に話をすることは珍しい。

「鉄雄さんが俺を気に入ってるんじゃない、俺が鉄雄さんを気に入ってるんだ」
「はぁ? 何言ってんだ」

 顔を顰める真田の横をロンがすり抜け、シュートした。真田が声をあげて悔しがる。

 ボールを拾い上げたロンがこちらを向いた。小さく笑う。俺も笑い返した。

 さっきの言葉はどういう意味だったんだ? 気に入られているから俺はロンに一緒にいてもらっている、ということか? いや、まさかな。ロンがそんな意味で言うはずはない。

 これは自惚れでもなく、俺はロンに慕われている。俺の一挙手一投足をロンは見逃さずに見ている。俺の心の機微を読み取ることに神経を集中させている。 実に俺に忠実だ。

「もう一回だっ」

 真田が叫ぶ。

「帰る」
「勝ち逃げすんのかよ」
「鉄雄さんが飽きてる」

 欠伸をする俺に真田の視線が突き刺さった。真田の顔が膨らんで赤くなる。

「鉄雄さんっ、欠伸なんかしてないで一緒にやりましょうよ」
「いや、俺はもう」

 ロンの言う通り、俺はもう飽きていた。帰って横になりたい。それにもう日も落ちて暗くなってきたじゃないか。

「俺は帰るわ、じゃな」

 二人に手を振ってコートを出た。すぐにロンと真田が隣に並ぶ。

「ロン、今日は泊まってくのか」

 俺の言葉にロンが頷き、真田は立ち止まった。

「どうした?」

 俯く真田に声をかける。真田は下を向いたまま両手を握り締めている。

「木村ばっかり構ってずるい」

 子供のようなことを言って真田は反対方向へ走って行った。それをポカンと見送る。

「どうしたんだ、あいつ」
「放っといて帰ろう、鉄雄さん」

 ロンに促されまた歩き出す。そんなふうに俺を取り合われても困る。どっちをより構っていると意識したことはない。ロンは真田より頻繁に店に来るし泊まっていくから一緒にいる時間がロンのほうが長いだけだ。

 汗をかいたので銭湯に寄った。その帰り牛丼屋で晩飯を済ませ、店に戻った。

 することもなく二人でテレビを見た。不意にロンが立ち上がり、鞄から何かを取り出す。

「ピアスあけたい」

 手に市販のピアッサーを持っていた。

「おい、お前まだ中1だろ、学校大丈夫なのか」
「夏休みだから平気だよ」
「俺にあけろってのか」
「うん」

  こいつの頭が茶髪になったのは確実に俺と菱沼のせいだ。ピアスまで開けたいなんて言い出したのも俺たちの影響だ。こいつは俺たちと一緒にいない方がいいんじゃないだろうか。

「あまり夏に穴あけるのはおすすめできねえけど」
「大丈夫、ちゃんと手入れするから」

 と俺の言うことを聞く様子もない。というか、すでに茶髪でピアスをつけている俺が言っても説得力はないか。

「そこ座れ」

 ロンが床に座りこんだ。棚から消毒液を取り出し、ロンの耳たぶを拭いた。

「じゃ、いくぞ」

 ロンが頷く。こういうのは思い切り良く行ってやらないとこいつが痛い思いをする。ためらわず一気に握った。バチンと音がして針が耳を貫通する。

「これでよし」

 ロンが耳たぶを触る。

「あまり痛くない」
「耳たぶはそんなに痛まねえからな。それよりちゃんと毎日シャワーで流すんだぞ」
「うん、ありがとう、鉄雄さん」

 ロンは満足げに笑った。

 テレビを見ている間、開けたばかりの耳が気になるらしくロンは何度も指で触っていた。俺も初めて開けた時は気になったものだ。俺を慕い俺の真似をするロンに、特別な感情がないと言えば嘘になる。後輩というには近く、弟と言うには遠い存在。そばにいられること自体は、なんら苦痛を感じなかった。



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