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毒入り林檎(8/8)

2020.08.04.Tue.


  一ノ瀬は持ってきた資料を机に置いて、棚から取り出したのファイルにそれを閉じ始めた。帰るタイミングを逃してしまい居心地が悪い。

「あ、あの」
「なんだ」

 顔をあげずに一ノ瀬が言う。前に失礼なことを言ったから、まだ怒っているのかもしれない。

「このあいだは、すみませんでした」
「気にしてない」
「一ノ瀬さんは、木村さんが好きじゃないんですよね」
「好きだよ」
「えっ」
「友人として」
「あ、あぁ、そう、ですよね」

 びっくりした。木村が一方的に好意を寄せているだけだと思っていたから予想外の返事に驚いた。そうか、なんだ、友人として、か。 倒置法使って言うなよ、紛らわしい。

 一ノ瀬が資料をファイリングするのを黙って見つめた。何も言わずもくもくと作業をする。丁寧な手付き。真面目で神経質な性格なんだろうな。おまけに手が早くて頑固っぽい。木村がモテるのはなんとなく理解はできた。でも一ノ瀬が木村に好かれる理由は今でもわからない。

「木村が帰って来るまで待つつもりならあいてる席に座ればいい」

 いつまでも突っ立っている俺に一ノ瀬が言う。俺はそれを断った。何度頼んでも木村は俺にバスケを教える気はないだろう。あまりしつこく言うのも怒られそうで気がひける。

「バスケを教えてもらえないかと頼みに来ただけですから」
「断られたのか」
「まぁ、はい」
「あいつをやる気にさせるのは一苦労だからな」
「でも、一ノ瀬さんのためなら木村さんはやる気を出します」
「俺のためじゃない」
「いや、あんたのためだ」

 一ノ瀬が鋭い目つきで俺を見た。

「何が言いたい」
「わかりません、ただ、俺はあんたに嫉妬してます」
「嫉妬?」
「あの人を独占するあんたに腹が立っています」
「独占してるつもりはない」
「じゃ、俺があの人もらっても構いませんか」

 自分で言って驚いた。一ノ瀬も驚いたように目を見開いて俺を見る。自分でも顔が赤くなっていくのがわかった。

「何を言い出すんだ。あいつは別に俺のものでもない」
「わかってます。だから木村さんを振って下さい。もう何の関わりも持たないで下さい」

 一ノ瀬は静かに俺を見つめた。どこか哀れむような目をしている。俺が手に入れる事は出来ないと見下しているのか。

「君には悪いけど、それは無理かな」
「どうしてですか」
「あいつと関わりを断つのは無理だ。そんなことをしようとしたら後ろにいる男になにをされるかわかったもんじゃない」

 驚いて振りかえった。戸口に手をかけて俺を睨む木村がいた。いつの間に戻って来たんだ。

「岡崎、てめぇ、まだいやがったのか」

 低い声で言う。笑っているが目が据わっている。

「木村、さん」
「俺から一ノ瀬取り上げようってのか?  殺されたいのか、てめえは」

 ポケットに手を入れゆっくり中に入ってくる。背は俺とそんなに変わらないのにすごい威圧感だ。思わず一歩後ずさった。

「あんまりふざけた真似しやがると、いくら温厚な俺だってキレるぞ」
「誰が温厚だ」

 後ろで一ノ瀬の呟く声。

「俺、死ぬほど一ノ瀬のこと愛してんだよね。だから邪魔する奴がいたら何するかわかんないよ?」

 と、俺の胸倉を掴んで睨み上げる。迫力のある目に睨まれて背中に汗が流れる。生唾を飲みこんだ。

「そのへんにしてやれ。下級生をからかって趣味が悪いぞ」

 一ノ瀬が言い、木村は吹き出した。腹をおさえて可笑しそうに笑っている。俺はぽかんとそれを見た。 からかわれていただけだとわかって安堵しつつも、一瞬本気の冷やかさを感じたのは気のせいとは思えず心臓がどきどきしていた。

「君がこいつに見たものは幻想だ。 君の手にあまる馬鹿だ、さっさと忘れることだ」

 一ノ瀬が言う。木村を馬鹿呼ばわり。木村は気にする風もなくまだ笑っている。

「で、でも俺はっ」

 食い下がろうとする俺を一ノ瀬の視線が射抜く。一瞬で人の心を凍らせるような冷たい目。

「まだわからないか。こいつの相手は俺にしか出来ないと言ってるんだ」

 熱湯でもかけられたように体中が熱くなった。木村が一ノ瀬の肩に腕をまわし、並んで立つ。ニヤリと笑い、

「そういう事なんだよ。こいつを怒らせるな、また殴られたくはないだろ?」

 俺は無意識に腹を押さえた。

「し、失礼しました」

 もつれる舌でなんとか言い、生徒会室を出た。激しい動悸。胸をおさえる。

 木村の片思い? とんでもない、 あいつら相思相愛じゃないか。入る隙間もない。 横槍を入れた自分が恥ずかしい。

 木村の独占欲もそうとうなものだと思ったが、一ノ瀬もそれに負けていない。俺を見るあいつの目、邪魔する奴は許さない、そう言っていた。どうして今まで気付かなかったんだろう。しつこい木村に一ノ瀬が迷惑している、そのポーズを崩さないからすっかり騙された。馬鹿みたいだ。俺、馬鹿みたいだ。

 俺は消えたと思ったらしい、中から二人の話し声が聞こえてきた。

「俺は人を殴ったりしないぞ」

 一ノ瀬の声。 二週間ほど前に俺は殴られたぞ。

「何言ってんだ。あいつも俺もお前に殴られてる」
「あいつは失礼な態度だったからな。 お前の場合も自業自得だろう」

 クラスの女子が言っていた話、 去年の生徒会選挙の公約。 一ノ瀬を物にしようとして本当に殴られたんだろうか。

「自業自得って、俺だって男だぜ。好きな奴と一緒にいたら我慢できなくなるでしょ」

 やっぱり本当だったのか。

「だからって こんなところで迫ってくる馬鹿がどこにいる」
「ここにいる」

 笑いを含んだ木村の声。こんなところって、ここで? この生徒会室で一ノ瀬を襲おうとしたのか? 木村ってやっぱり馬鹿だ。

「もうすぐ冬休みで、一ノ瀬のその制服姿しばらくおあずけだと思ったら脱がせたくなったんだよね」
「矛盾してないか」
「馬鹿だなぁ、制服を脱がせるのは男のロマンでしょ」

 一ノ瀬は何も言わない。呆れて何も言えないのかもしれない。

「いつになったら俺のものになってくれんの?」

 木村の声が今まで聞いた事もないような優しいものにかわっているのに気付いて、まずい、と思った。話がこれ以上進まないうちにここから立ち去らなければ。そう思うのに、足が動かない。

「恋愛は手に入れるまでが一番楽しいらしい」
「いつまでも追いかけ続けてると息があがっちまう。たまには立ち止まって俺の手を取ってくれてもいいんじゃないか」
「お前を甘やかして俺になんのメリットがある」
「今以上に一ノ瀬のことを好きになる」
「……仕方ないな」

 ガタンと中で音がした。俺の動悸がまた激しくなる。ダメだとわかっているのに、 そっと扉の隙間から中を覗いた。重なる二つの人影。

 俺は慌てて顔を引っ込めた。キスしている。もし二人に見つかったら殺される。

 そろりと足を出した。少し離れてから小走りにその場を去った。

 俺は失恋したんだろうか。そもそも、木村を好きだったんだろうか。最初はちゃらついて不真面目で最低な奴だと思っていたから嫌いだった。でも一緒に試合をして見る目がかわった。これからも一緒にプレイしたかった。 ただの憧れだったのか、恋愛感情だったのか。

 どっちだったとしても、木村が俺にこれっぽちも興味を持っていないことはよくわかった。二人の間に他人が入りこむ余地はない。あそこまで密な関係を見せつけられていっそ清々した。すっぱり諦められる。

 正反対に見える二人だが、あれ以上お似合いの二人もいない。

(初出2008年)
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コメント
「まだわからないか。こいつの相手は俺にしか出来ないと言ってるんだ」

キャー!! (≧▽≦)ノ☆

この台詞にひとり悶絶しております(;´Д`)ハァハァ

二人がどうなっていくのかドキドキしながら見守ってます(*´▽`*)♪

あっ…………鼻息荒かったですね?
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お返事
そめお様

コメントありがとうございます!(ハアハア)
私の大好物の設定に「デキてないように見えるけどデキてる」っていうのがあって、この2人は私の性癖の犠牲になったお気の毒な(主に木村が)2人ですw
普段素っ気ない方がたまーに他者に見せる独占欲がたまりません。私の鼻息も荒くなりますw
完結までお付き合いくださると嬉しいです!


aki-musa様

いつもありがとうございます!
一ノ瀬の性格上なかなかデレませんが、今後徐々にデレていく予定ですw
このあと中学生、高校生に戻って、大学生、社会人編と続きます。最後らへんは二人の関係性もかなり進んで深くなっていきます。今日から始まった中学生編では一ノ瀬は出てこないのですが、少しでも楽しんでもらえたらいいなと!願っております!
コメントありがとうございます!!

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