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毒入り林檎(6/8)

2020.08.01.Sat.


 最後の4Q。11点差でもみんながうちの勝利を確信していた。その希望を作ったのは木村だ。本当に底の知れない奴だ。先輩たちがこいつの臨時入部を無条件に喜んでいたわけがわかった気がした。

「最後だ、気合入れていけよ」

 島田さんの言葉に皆が大声をあげて応えた。

 連携の崩れた相手チームからボールをカットし、島田さんにパス。「こっちだ!」フロントコートへ走りこんだ木村が叫ぶ。 島田さんはバックボード目指してボールを投げた。高すぎる、そう思ったが、木村が空中でキャッチしアリウープダンク。このプレイに会場が沸いた。

 木村がまた観客席に向かってアピールした。今度は不機嫌な顔で親指を下に向けている。おかしいと思って視線の先を辿ると一ノ瀬の横に日本人離れした顔の男が立っていた。見覚えのある顔。サンジャイさんだ。他の部員も気がついたようだ。ベンチでは手を振っている奴もいる。

「お前の相手はこの俺だろうが」

 真田が木村に叫んでいるのが聞こえた。

「だから俺の相手はお前じゃねえんだよ。俺はあいつのために今ここに立ってんだ。この試合、俺がもらうぜ」

 真田に向かってきたボールを木村がカットした。うまいフェイクで味方にパスし、ドライブ、シュート。リングに当たって跳ね返る。

「岡崎、スクリーンアウト!」

 木村の声に思わず反応した。俺がマークしている向こうの4番を背中で牽制する。走りこんできた島田さんが飛び上がってボールをリングに押しこめた。7点差。

 その直後、気を抜いた一瞬の隙をつかれて真田に3Pを奪われ10点差に後退。それでもまだ勝てる、俺たちはそう信じていた。

 コート中央のあたりで、木村はドリブルしながら真田と向き合っていた。左右にボールを振って真田を惑わせ、素早く身を翻し、左に走り出た味方にパスした。それと同時に走って「パス!」と叫ぶ。木村にボールが行く。真田が手を伸ばすより一瞬早く、木村は綺麗なフォームで3Pを決めた。

 また7点差に戻った。残り3分。勝てる。

 相手チームのチャージドタイムアウトでベンチに戻った。

「皆には悪いんだけど、ボール俺に集めてくんねえかな」

 木村が汗を拭きながら言う。みんなの視線が木村に集まる。

「この試合に負けたら俺、一ノ瀬にあわす顔ねえんだよ、だから負けられねえんだわ」

 今度は監督に視線が集まった。監督は難しい顔でしばらく黙っていたが、「よし、いいだろう」と頷いた。オールラウンダーの活躍ができる木村を信頼しているんだろう。俺もこいつに賭けてみたくなった。

 円陣を組み、気合を入れる。ラスト3分。ここで負けるわけにはいかない。

 コートに戻り、言葉通り木村にボールを集めた。向こうの真田も気合が入っていてなかなか抜けられず、木村もパスしてボールを繋ぐ。カットされ、相手チームにボールが渡った。皆が追いかける。誰よりも早くリング下についたのは木村。焦った相手がシュートをミスした。リングに弾かれたボールを木村が掴み、着地と同時にロングパス。受け取ったのは島田さん、ドライブでリング下までやって来たが、ディフェンスされ、シュートが打てない。

「島田!」

 戻ってきた木村が叫び、ボールを受け取る。打つ、みんな木村とほぼ同時にジャンプした。 たくさんの手が伸びる。 木村は空中でボールを持ちかえシュートした。入った。

「よし、もう一本!」

 木村が叫びながら戻る。 誰がキャプテンだかわからない。こいつは助っ人で来ただけ。この試合が終わったらもう一緒にプレイ出来なくなる、そう思うと悔しいような寂しいような気持ちになった。

 相手のチームはすっかり士気が下がっていた。木村の登場以降、ほとんど点を取れていない。木村の実力に度肝を抜かれている。気持ちで勝っているぶん、5点差でもこちらが優位だった。

 焦る気持ちで精彩を欠いた真田は木村の敵ではなかった。木村は冷静に真田からボールを奪い、一気にフロントコートへ。相手のセンターがシュートを阻む。木村は少し体勢を崩しながらも、フェイダウェイジャンプショットを決めた。着地して後ろにぶっ倒れた木村は島田さんの手を借りて起き上がりながら、

「追いついて来たぞ」

 みんなに笑ってみせた。

 思い出してちらと一ノ瀬を見た。真剣な目で試合を、木村を見ていた。胸がモヤモヤする。

 冷静さを失った相手チームのファウルでフリースロー。しっかり決めてついに1点差。時間は1分を切っていた。次、ポイントを取ったほうが勝つ、みんながそう確信していた。真田のチームからも気迫が感じられる。

 まさに命を削るような攻防。ボールの主導権が行き来してなかなか点が取れない。木村に張り付く真田も必死で、木村も手を焼いているようだった。

 島田さんにパスしたボールがカットされた。足の早い真田が一気にゴールへ向かう。 真田の目がリングを見上げた。打たせるか! ジャンプした俺の目に、右手から突っ込んできた味方に真田がパスしたのが見えた。

「しまった!」

 そいつがシュートしたボールがリングに跳ね返る。真田がジャンプしてボールに手を伸ばす。取られる。そう思った時、素早い手がボールをかっさらって行った。木村だった。

「速攻!」

 着地した木村はあっという間にフロントコートまでドライブイン。ボールを持ってない俺たちが追いつくのもやっと。なんて早さだ。

 もう時間がない、リング下でもみくちゃになる。木村の目がチラと電光掲示板を確認した。5秒を切った。木村は高速ドリブルしながら体を反転させ、 左から飛びあがった。センターがブロックにジャンプする。リングの前には手が伸びて隙がない。右へ流れて行きながら木村は後ろ向きのままボールを放った。綺麗な弧を描き、ボールがリングを通過する。と同時に試合終了のブザー。逆転!

 ベンチからも観客席からも大歓声があがった。

 全員が木村に抱きついた。俺も思わず走ってその塊に抱きついた。こいつはすごい奴だ。高校生のレベルを超えている。

 汗だくの木村はまたいつもの気の抜けた顔に戻って、

「これで一ノ瀬に堂々と会えるわ、助かった」

 島田さんの肩を叩いた。礼を言うのはこっちのほうだ、と島田さんが木村の髪をくしゃくしゃにして抱きついた。

 俺は木村と目を合わせたくて木村の顔をじっとみた。何か言いたい。俺も木村と喜びを分かち合いたい。だが、木村の目は俺を見ずに、観客席の一ノ瀬を探していた。探し出し、今まで見たこともない笑顔で手をあげた。その先にいる一ノ瀬も小さく手を振り返している。

 その時はっきり感じた。木村と一ノ瀬の視線が合わさった時、確かに二人にしか通じないものが交わされた。誰も間に入る事が出来ない、深い結びつきがこの二人にはある。

 木村を独占している一ノ瀬に無性に腹が立った。中島さんのかわりに試合が終わるまでの約束で木村はバスケ部にいる。そう木村がはっきり断言した。あれほどの才能があるのにバスケをしないのは一ノ瀬のせいなんじゃないのか? そうとしか思えない。

 嫌がる木村を連れてきたのは一ノ瀬だと島田さんは言っていたが、そもそも一ノ瀬なんて男にうつつを抜かしているからバスケをしていないんじゃないのか。

 あの才能の邪魔をする一ノ瀬が許せなくなった。木村に微笑みかける一ノ瀬を睨み続けた。



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