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毒入り林檎(4/8)

2020.07.30.Thu.


  放課後の体育館、部員が集まったところへ木村が遅刻してやって来た。どこまでも不真面目な奴だ。せめて時間に遅れずに来い。俺が睨んでいると、視線に気付いた木村がニヤっと笑ってきた。

「何か言いたそうだなぁ」

 バッシュの紐を硬く結びながら言う。

「中島さんのかわりを引き受けたんなら遅刻せずに来いよ」

 思わず言った。島田さんが離れたところから心配そうに見ていた。別に喧嘩をするつもりはない。一言いっておきたくなっただけだ。

「お前さぁ、何か勘違いしてるよ。俺は中島のかわりで来たんじゃねえよ。一ノ瀬に頼まれたから来ただけだ」
「けっ、ホモが」
「ホモは嫌いか? 狭い世界で生きていやがんなぁ、お前。何も知らねぇガキが、俺に一丁前の口きくなよ」
「あの一ノ瀬って人も迷惑してんだろ」
「お前があいつの何を知ってる。二度とあいつのことで俺に知ったかぶんじゃねえよ」

 木村が立ち上がった。口元に笑みこそ浮かべていたが、目は笑っていなかった。妙な気迫に俺の足が一歩退いた。

「おーい、お前ら、喧嘩はダメだぞ。もう練習始まってるんだぞ」

 島田さんに声をかけられ、木村の視線が俺から逸れた。思わず息を吐き出した。

「行くぞ、一年」
「一年じゃない、岡崎だ」

 木村はいつものやる気のない目に戻っていた。なんだ、急に凄みやがって。

 中島さんの代わりじゃないと言っていたが、木村をポイントガードのポジションで練習が始まった。ちんたら動いているわりに的確な指示をする木村に妙に苛々した。主将の島田さんも、飛び入りの木村の指示を待つ場面が何度かあって、それがまた俺を余計にイラつかせた。

 どうしてうちの先輩はみんな無条件にこいつを信頼しているのだろう。どうして誰も何も文句を言わないんだろう。

 その日の練習はずっと苛々したまま終わった。

 俺は中学ではそれなりに活躍したほうだった。恵まれた体格のおかげでほとんどの連中を上から見ることが出来た。ゴール下をまかされ続けて三年。リバウンドには自信がある。絶対にボールを取りこぼさない。 点に繋げてきた。それを認められて次の試合にだって出してもらえる。高校生になってレベルがあがった中で、自分の実力を試したい、これからの成長に繋げたい。その大事な試合に木村が絡んでくる。 そのことにチームの誰も文句を言わない。むしろ歓迎ムードだ。それがどうしても納得できない。

 ~ ~ ~

  部活が休みの放課後、教室の掃除をし、ゴミをゴミ置き場へ持って行く途中、そこに木村と一ノ瀬の姿を見つけて足が止まった。

 部活のない日にまであいつに会いたくない。あいつらがいなくなってから捨てに行くことにしよう。少し離れたところで見つからないようにして待った。

「部活が休みだからってこんなところで油を売ってていいのか」

 一ノ瀬がゴミを捨てながら木村に向かって言うのが聞こえてきた。

「生徒会の仕事、お前たちに押し付けんのも悪いしねぇ」
「そっちは俺たちに任せろと言っただろう。お前は次の試合まではバスケに専念していろ」

 そうだ、もっと言ってくれ。一ノ瀬は案外話のわかる奴のようだ。

「試合で体力はもつのか」
「俺、ベンチの補欠だから」
「島田はそうは思ってないみたいだぞ」
「はは、そんなに期待されてもねぇ」

 嫌味ったらしい口調。一ノ瀬の顔が曇るのが見えた。

「期待してるんじゃない、お前を信じているんだ」
「同じじゃねえの」
「違う、俺もお前を信じたから頼んだんだ」
「お前に言われなきゃ、もうバスケなんかしないつもりだったんだぜ。それ相応の見返り、 期待していいんだよな?」

 一ノ瀬の肩に腕をまわし顔を寄せる。キスするのかと思ったがその寸前で止めた。 一ノ瀬は顔色一つかえない。

 これは脅しというんじゃないのか? 中島さんのかわりに バスケ部にやって来た見返りを一ノ瀬に要求するなんてせこい男だ。

 一ノ瀬に対して同情する気持ちがわいてきた。一ノ瀬は疫病神に魅入られてしまったんだ。このあいだは失礼なことを言ってしまった。一ノ瀬が怒るのも無理はない。

「お前の口説き文句はワンパターンだな。そんなもので俺を口説き落とせると思ってるなら作戦をかえたほうがいい、そのままじゃ一生無理だ」

 一ノ瀬は大人だ。怒りもせず木村をかわしている。対して木村は子供みたいに口を尖らせている。

「言ってくれるね。 試合で俺の活躍見てろ、惚れ死にさせてやる」
「俺を殺せるほど活躍なんてできるのか?」
「今日はずいぶん挑発するねぇ。練習で相手してやれないから怒ってるのか」
「試合で負けるようなことがあったらな」
「それって俺一人の力じゃどうにもならないことだろ」
「俺を手に入れたいなら、それぐらいやってのけろ」

 なんて際どい会話だろう。ゴミ捨て場から去って行く二人の背中を見送りながら知らずに止めていた息を吐いた。まともに木村の相手を出来るのは一ノ瀬しかいないのではないか、そんな考えが浮かんだ。

~ ~ ~

 試合を明日に控えた放課後の練習、今日は5対5の練習をした。俺のチームのポイントガードに辻さん、相手チームには木村。

 中学の時、ポイントガードだったらしい木村は、パス第一でプレイヤーにボールをまわし点に繋げていった。辻さんは自分で突っ走ってしまう時があってまわりが気後れする場面がある。相手にリバウンドされ、木村が速攻をかけたときには必ず失点した。

 木村は抜け目がない。ゲーム自体は木村のチームに勝ったが、俺には木村が手を抜いているように見えて嫌な気分だった。

 練習が終わり、皆が更衣室へ向かう中、俺は島田さんにその事を話した。

「あいつ、わざと負けたんじゃないすかね」

 俺の言葉に島田さんは驚いた顔をした。

「あいつって木村のことか?」
「はい」
「俺はよく動いてたと思うよ。うちの部員のこともこの短時間で理解してうまく使っていたし、ゲームの流れもよく読んでる。明日は試合を控えて辻に自信をつけてやるこも忘れていないしね」

 はっとした。中島さんの代役に選ばれたプレッシャーはかなりのものだろう。 それも一週間前に急遽決まった変更。辻さんはてんぱるとすぐ舞い上がってしまう。メンタルが弱いようだから、今日の練習で負けてしまったら簡単に自信喪失してしまうだろう。木村はそんなことまで考えて行動していたんだろうか。

「急には無理だと思うけど、お前も少しはあいつを信用しろよ。明日は同じチームになるんだからな」
「……はい」

 島田さんに尻を叩かれ、更衣室へ向かった。皆に囲まれ笑っている木村がいた。こいつのまわりにはいつの間にか人の輪が出来ている。女子だけじゃなく男子にも人気がある。辻さんに見せたような気遣いを他の連中にもしているからなんだろうか。木村論という男がますますわからなくなった。



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