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毒入り林檎(3/8)

2020.07.29.Wed.


  翌朝になっても一ノ瀬に殴られた腹は鈍く痛みを残していた。確かに俺も失礼なことを言ったから腹は立たなかったが、試合を控えた俺をなんの手加減もなく殴ってきた一ノ瀬もどうかと思う。普通少しは加減するだろう。

 驚いたことに、木村がバスケ部に臨時入部した事、俺が一ノ瀬に殴られた事は、たった一晩で学校中に広まっていた。一体誰がこんなに素早く噂を流したのかと感心する。

 教室に入ってきた俺にクラスの女子が、

「ロン先輩がバスケ部に入ったって本当?」

 やたら興奮した様子でさっそく聞いてきた。

「あぁ、あいつね、ただの助っ人だよ」
「岡崎君、ロン先輩を怒らせて一ノ瀬さんに殴られたんだって?」

 事実と違うところがある。いつどこで捻じ曲がって伝わったんだ?

「ちょっと違うけど、まぁ、一ノ瀬って奴に殴られたのは本当だけど」
「やばっ、三角関係?」
「なぁ、あの木村って奴のどこがそんなにいいわけ?」

 ずっと不思議に思っていた。昨日本人を見てその謎はさらに深まった。どこがいいのか、俺にはさっぱりわからない。

「まず見た目」

 吉田さんはきっぱり言い切った。まぁ、確かに見た目はいい方だったな、それは認める。

「で、実は頭もいいところ」
「あいつが?」
「一ノ瀬さんが学年一位らしいんだけど、本気出したらロン先輩のが頭いいらしいよ。これはハンドボール部の先輩に聞いた話だから間違いないみたい」

 意外だ。茶髪にピアス、軽薄な態度。あいつが学年一位の学力を持ってるだって? 俄かには信じがたい。

「それに、一ノ瀬さんに対して一途」
「一ノ瀬って男だって知ってるよな」
「もちろん」

 ホモだと知ってて格好いいと言っているのか。

「先輩に聞いたんだけどね、去年の生徒会選挙に出た時のロン先輩の公約、なんだか教えてあげようか?」

 別に知りたくもなかったが、そんな言われ方をすると知りたくなる。どうせつまらない公約だろうけど。

「なんだよ、聞いてやるよ」
「年が明けるまでに、絶対一ノ瀬さんをものにするって、そう宣言したんだって。それが皆に受けて当選したって話よ」
「まじかよ」

 なんだそれ。公約なんて言えるのか? 呆れて溜息しか出ない。

「で、それ、まじで実行したのか」
「出来なかったらしいよ、むりやり実行しようとして一ノ瀬さんに殴られたんだって」

 そう言えば昨日一ノ瀬に殴られた俺に『俺も前にそれを食らった』と木村が言っていたが、そのことだったのかもしれない。あの男、本物の馬鹿だな。あいつが中島さんの代わりに呼ばれたことがますます許せない。

「それでもお前、あいつがいいのか」
「手の届かないところにいるからみんなのアイドルでいられるんじゃない。同じ女に取られるくらいなら男とくっついていてくれたほうが嫉妬しないですむしね」

 怖ぇ。バイだと公言して男を追い掛け回す木村が皆から迫害されないのは、こういう女子の支持があるからなんだろう。少しだけその人気を理解できた気がした。

「これからロン先輩と一ノ瀬さん情報まわしてね。ハンドボール部にもファン多いんだぁ」

 勝手な約束をして吉田は女子の輪に戻って行った。そこで今話したことを繰り返ししゃべるのだろう。

 放課後になるまで、二、三人に噂のことを聞かれた。中には男もいた。もっとも、そいつの興味は、木村が本当に一ノ瀬と付き合っているのかという、俺と同じ怖いもの見たさの好奇心からだった。俺は付き合っていないと答え、木村の片思いだと付け加えた。



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