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毒入り林檎(2/8)

2020.07.28.Tue.
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  木村は一人別メニューで、コートの半面を独占して練習をしていた。ドリブル、ラン二ングシュート、3Pなど体の動きを確認するような練習のあと、1on1をイメージした動きでボールを捌く。教科書通りのような綺麗なフォームに驚いた。まったくクセも個性もない。

「木村に見とれてないで練習しろ」

 いつの間にか背後に島田さんが立っていた。別に見とれていたわけじゃないが、言われて恥ずかしくなった。

「どうしてあの人バスケ部入ってないんすか」
「やる気がしないんだって。今回も引っ張ってくんのに苦労したんだ」

 やる気のない奴に試合に出られても迷惑だ。こんな奴わざわざ連れてこなくてもよかったのに。

「大丈夫なんですか、そんな人を中島さんのかわりに入れて」
「俺は木村を信用してるよ」

 島田さんは笑顔で断言した。本当にあいつを信用している顔だ。確かにあいつの動きは下手くそじゃない。うまいほうだ。でもバスケはチームプレー、ポンと入ってきた部外者に中島さんのかわりが務まるとは思えない。

「一ノ瀬に言われて来たから大丈夫だろう」

 一ノ瀬。木村の恋人と噂の男。

「本当にその人と付き合ってるんすか」
「入学してまだ二ヶ月のお前でも知ってるのか、その噂」
「女子が面白半分に話してるのを聞いたんで」
「付き合ってるかどうかは微妙だなぁ、いつも一緒にはいるけど、一ノ瀬は拒んでるね、木村の片思いっぽい」
「でも本当に男が好きなんすね、あいつ」

 反吐が出そうだ。男が好きなホモ野郎。お前を絶対チームメイトとして認めない。

「お、噂をすれば一ノ瀬が来た」

 島田さんが体育館の入り口のほうを見た。制服姿の男子学生の姿。少し拍子抜けした。男に好かれるからどんなかわいい中性的な面をしているのかと思ったら、なんの変哲もない普通の男じゃないか。意思の強そうな鋭い目つき、真面目そうな性格をあらわす一文字に閉じた薄い唇。こいつのどこが男を惹きつけるんだ?

「おう、一ノ瀬、俺に会いに来たのか」

 木村の声を無視して、一ノ瀬は監督のそばに行くと挨拶をした。監督が笑いながら一ノ瀬の肩を叩いて何か話をしている。一ノ瀬はそれに静かに頷いて、今度は島田さんのところへやって来た。

「木村はちゃんと練習に来たようだな」

 白い歯を見せて笑う一ノ瀬を俺は見下ろした。そばで見てもやっぱり地味な普通の男だ。本当に木村の相手なんだろうか。 男に追いかけられて何が嬉しいんだ。

「ああ、お前に頼んで良かったよ。俺から何度あいつを誘ったって来てくれなかったからな」

 一ノ瀬の笑顔が少し複雑そうなものにかわった。

「別に俺が言ったからじゃない、誤解するな」

 一ノ瀬が急に顔をあげた。俺と目が合う。

「何か用か」

 島田さんと話していた時とは違う冷たい声。

「別に」
「じゃあどうしてさっきから俺を睨んでるんだ。君に睨まれる覚えはない」

 チビのオカマのくせに、三年だからってでかい態度とりやがって。神聖なコートにホモとオカマが来るんじゃねえ。

「男に尻狙われるのってどんな気分なのかと思って」

 思わず大きな声が出た。俺の言葉に体育館がシンと静かになる。島田さんが驚いて口をあけ俺を見ている。一ノ瀬は頬を赤く染め俺を睨む。そんな目で見られたって怖くもない。視界の端で、木村が呆然と立ちつくしているのが見えた。

「どんな気分、か。教えて欲しいか、教えてやろう。どこかの恥知らずな馬鹿のおかげで、好奇の目に晒されて迷惑している。お前みたいな無礼な奴に何度も絡まれることもいい加減飽き飽きしてきたところだ」

 一ノ瀬の拳が俺の腹にめりこむ。避ける間がなかった。完全な不意打ち。腹を押さえて膝をおる俺を横目に、

「島田、後輩の教育もお前の仕事だぞ。こんな奴を試合に出したらうちの恥だ、それまでにしっかり指導しろ」

 一ノ瀬は島田さん相手に容赦なく吐き捨てた。

「了解でーす」

 島田さんが顔を引きつらせて返事をする。床に膝をついて悶絶する俺の肩を木村が叩いた。同情するような木村の顔。

「あいつを怒らせんなよ、あいつはお前の手に負える奴じゃねえんだ。俺も前にそれを食らった。しばらくあっちで休んでろ」

 とベンチを指差す。島田さんに抱えられてベンチへ移動した。他の一年が心配そうな顔で俺を見る。情けない。

「馬鹿か、お前は」

  ベンチに戻ってきた俺を見て監督が呆れたように言った。

 男に好かれるような奴だから、俺はてっきり女っぽい優男を想像していた。勝手な思いこみ。本物はぜんぜん違った。あいつ、手加減なくぶん殴りやがった。腹がまだ痙攣している。

 帰るという一ノ瀬を木村が引き止めている。なるほど、島田さんの言う通り、木村の一方的な片思いのようだ。一ノ瀬は迷惑してる。いまも追い縋る木村の腕を鬱陶しそうに振り払っている。

「サンジャイ先輩が試合を見にくるらしいよ」

 島田さんの言葉に一ノ瀬が顔色をかえた。さっきまでの不機嫌な顔にわずかながら嬉しそうな笑みが浮かぶ。

「先輩が来るのか」

 明るい声。こいつもサンジャイさんの知り合いなのか。ベンチから聞き耳を立てた。

「その日は練習が休みだから来るって」

 大学生になったサンジャイさんは今頃、新人戦の練習に忙しいはずだ。それでも試合を見に来るのは後輩が気になるからなのか、木村が気になるからなのか。

「おい島田、 一ノ瀬に変なこと吹きこむなよ。こいつはその日、俺の応援のために来るんだから」

 木村が一ノ瀬の肩に腕をまわした。一ノ瀬はその腕を邪険に振りほどき、「補欠要員の何を応援するんだ」と冷笑で応える。

 木村が一ノ瀬にちょっかいを出す光景は俺たち一年生には初めて見るものだ。全員があっけに取られていたが、二年、三年は見慣れているらしく、みんな苦笑いで練習を続けている。

 俺はまだ痛む腹をさすりながら、コートでいちゃつく二人を睨み続けた。

 こんな奴が人気があるなんて、この学校は大丈夫か。




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