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ピーキー(14/18)

2020.07.22.Wed.
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 長い夏休みが終わり、新学期が始まった。

 俺に木村のことを話してくる奴の数はだいぶ減った。次の噂は、木村の新しい相手が誰になるか、ということのようだった。

 木村はあれから一度も俺の前に姿をあらわさない。廊下ですれ違うことは何度かあったが、木村が顔を背けるので正面から顔を合わせたことはなかった。

 久し振りの生徒会室にはサンジャイ先輩がいた。 今まで留守にしがちだったがこれからはちょくちょく顔を出す、と先輩は笑った。少し寂しい笑顔だった。

 9月にある体育祭の準備で生徒会も忙しくなる。生徒会室で行われるミーティングには今までのメンバーの他に、体育祭実行委員会から二人、保健委員から一人が加わった。それぞれの役割や実行についての打ち合わせを何度か行い、あっという間に体育祭当日がやってきた。

  生徒会は体育祭実行委員会と同じテントの下に席を構え進行を手伝った。

 学年選抜100メートル走で木村の姿を見つけた。金髪が黒髪になり以前より目立たなくなったはずなのにすぐわかる。

 遠目で表情は見えないが、順番を待ちながら他の奴と話をしている。

 木村の番が来て、外野から歓声があがった。学年、性別を超えた声援だ。こいつはこんなに人気があったのかと改めて気付かされる。木村は両手をあげてそれに応えていた。

「すごい人気だな」

 隣に座るサンジャイ先輩が感心したように言った。

 合図が鳴り、木村が走り出した。近くで顔を見なくてもわかる、あいつは本気を出していない。まわりと速度を合わせながら結局二着でゴールした。

『周囲はあいつに過度の期待をしてしまった。中学に入ってあいつは一度壊れた。口がきけなくなったんだ』

 長野の言葉を思い出した。今の木村と重ならない過去。あの笑顔の下には繊細な心の木村がいるというのか。期待されないように、自分を守るために、今も実力を隠し続けているというのか。そんな生き方をあいつは選んだのか。苛立つのと同時に少し胸が痛んだ。

 昼休みに入り、生徒会の面々と午後の打ち合わせをしながら昼食をとった。午後の競技では俺もグラウンドに出て作業することになっている。競技を終えて戻ってきた生徒を誘導する旗持ちだ。

 いくつか競技が終わり、次は障害物競争。入場門から入ってくる生徒の中に木村を発見した。目ざとく見つける自分に嫌気がさす。

 何人か走って木村の番。俺は遠くから木村の姿を見つめた。

 スタートの合図で走り出した木村は軽々と障害物を突破していく。外野からは相変わらずの大歓声だ。それに笑顔で応えながら木村は最後の障害物エリアに到着した。長テーブルに置かれた紙を一枚拾い上げる。最後は借り物競争。眼鏡とかハチマキだとか妥当な借り物の他に、物理の何某先生と言ったものまである。難問だったのか、内容を確認した木村は困った様子で頭を掻いた。

 木村の顔がこちらを向いた。目が合ったような気がしたが、木村はすぐに横を向いて、トラックの向こう、外野席に走った。

 歓声のあがる一年の生徒の中から一人の女子生徒を引き連れて走ってくる。他の走者は借り物にいまだ奔走中で、二人が一着でテープを切った。

 俺は気後れしながら二人のそばに行き、木村が無言で差し出す紙を確認した。

『恋人(いない人は友達でも可)』

 紙にはそう書かれてあった。一瞬目の前が真っ暗になったような気がした。俺は本部に「OK」サインを作って見せた。

 定位置に誘導する俺のあとを、女子と一緒に木村がついて来る。木村に連れてこられた女の子はとにかく大興奮で、ずっと「嘘みたい」「やばい」を連発していた。

  他の完走者をそれぞれの順位の位置へ誘導しながらどうしても木村の姿が視界に入ってしまう。その隣には女の子が。

 競技の間、木村は一度も俺に話しかけてこなかった。顔を背けたまま、一度も俺と目を合わさなかった。

「どうした、真っ白な顔してるぞ」

 テントに戻ってきた俺を見てサンジャイ先輩が驚いて椅子から立ち上がる。

「何でもありません」
「木村に何か言われたのか?」
「いいえ、何も。次のリレーに出なきゃいけないんで行ってきます」
「俺も出るんだ、一緒に行こう」

 心配そうな顔をするサンジャイ先輩と並んで入場門の手前の集団に加わった。さっき競技を終えたばかりの木村もそこにいた。すぐに見つけてしまう自分に嫌気がさす。

 木村がこちらを見ていた。鋭い目付きで睨みつけている。思わぬ敵意にうろたえたが、すぐに目を逸らされた。もう俺には睨む価値もないというわけか。

 一年、二年、三年の順で入場し、列に並ぶ。一年生が走り、次に俺たち二年の番がきた。

 中学の時に陸上をやっていたという理由で俺はアンカーをまかされている。 二つ隣のクラス、一組のアンカーは木村だった。

 第一走者がスタートした。順位は一組、四組、三組、二組だったが、二人目で三組が追い上げ二位になった。三人目、順位は変わらず。四人目の俺と木村はスタートラインに立った。

 俺たちが並んで立っていることに気付いた外野がざわざわと騒ぎだす。

「木村と木村の元彼対決だ」

 誰かのそんな声が聞こえた。無視して集中した。

 一組と三組、接戦で競り合い、バトンを渡したのはわずかに木村の一組が先。一瞬遅れて俺もバトンを受け取った。最初から全力を出した。

 すぐに木村に並んだ。お互いの腕が当たる。チラと木村が俺を見た。まだこいつは本気を出していない。俺は負けない。負けるわけにはいかない。絶対勝つ。陸上経験者を舐めるな。

 俺が少しリードした。木村が顔色をかえるのを感じた。そうだ、本気を出せ。出せる力以上の全速力で木村を追い抜いた。木村が俺に追い縋る。ゴール直前まで横一直線、俺がわずかに前に出て先にテープを切った。最後は経験と意地の差だった。

 俺はそのままトラックの中に倒れこんだ。息が苦しい。酸素が足りない。肺が痛い。パンクしそうだ。

 俺の隣に座りこんだ木村も俺と同じように荒い呼吸をしていた。久し振りにまともに木村の顔を見た。黒い髪が似合っている。コンタクトをしていない黒い瞳がまっすぐ俺を見つめている。口元に優しい笑み。

「おまえ、そんなに速く走れんのかよ」

 荒い呼吸の合間に言う。俺に向かって声をかけてくるのは一ヶ月以上なかった。

「何でもおまえが一番だと思うな、誰もおまえに敵わないなんて思いあがりだ」
「くっそ、 おまえがそんなに速いなんて聞いてなかった」
「お互い様だろ」

 顔を見合わせ笑った。たったこれだけの事に涙が出そうになった。

 このあと、ちょっと無茶をしすぎた俺は担任の畑中先生とサンジャイ先輩に担がれ保健室に運ばれるという醜態を晒したが、それでも満足だった。




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