ピーキー(13/18)
2020.07.21.Tue.
<1→2→3→4→5→6→7→8→9→10→11→12>
夏休みの今日、俺はバスケ部の準決勝の応援に来ていた。
熱気で蒸し暑い体育館。観客席からうちのベンチを見ると、サンジャイ先輩も他の部員も気合十分の様子がみてとれた。
試合開始。7番、11番のミドルシュート、6番の3P、サンジャイ先輩のリバウンドシュートで前半リードしていたが、後半になって対戦チームの勢いがあがり、外角シュートが次々決まってついに逆転された。
サンジャイ先輩の顔も険しく苦しそうだ。声の限りに声援を送った。
一度は逆転しなおしたが、相手チームの司令塔・4番にチームの流れを持っていかれ、大事な場面では1on1を止められずにゴールを許してしまい、結果は79対98でうちが負けてしまった。
木村がコートにいたらどうなっていただろう、そう考える自分に自己嫌悪した。
先輩がチームの仲間たちと抱きあって泣いているのが見えた。先輩にとってはこれが最後の全国大会。小学校の時からバスケをしている先輩を見てきた。誰にも負けない人一倍の努力をしてきたことも知っている。こみあげてきた涙を拭い、席を立った。
出口に向かって歩いている時、一組の集団に出くわした。夏休み前の練習試合の相手チームだった。
その中に、木村と中学が同じだったという長野の顔があった。向こうも俺に気付いたようで目が合った。
軽く会釈し、そのまま通り過ぎようとしたが呼びとめられた。同じ学校の部員に何か言って長野がこちらにやってくる。
「おまえ、ロンの新しい男だよな」
嫌な覚えられ方だと思いつつ、
「あいつとはそんな関係じゃありません」
と訂正しておいた。
「別れたのか」
「付き合っていたこともありません」
「へぇ」
と、意外そうな顔をする。
「サンジャイ、負けちまったな」
「はい」
「ロンがいたら面白いことになっていたかもしれないけどな」
「あいつがいてもいなくても何もかわりません」
「前の練習試合、おまえがあいつを引っ張り出してきたんだろ」
無言で頷いた。長野は高圧的に俺を見下ろす。かすかに敵意を感じる。前に木村と付き合っていたことがあるらしいから、もしかしたら見当違いな嫉妬をしているのかもしれない。
「あいつにあまり構うな」
長野の言葉にかっとなった。
「構ってなんかいません」
「あいつはもうバスケはしない、中学の時に俺にそう言ったんだ。あいつを追い詰めるな」
「追い詰めるって……、俺は何もしてません。ただ経験者だと言うから連れて行っただけで」
「あいつのことを何も知らないんだろう」
俺への侮蔑と優越感が滲む声だった。
「あいつは天才なんだよ。何をやらせても何でも器用にこなしちまう。勉強だってそうだ。ガキの頃は神童なんて言われていたらしい。周囲はあいつに過度の期待をした。それであいつは窮屈な子供時代を過ごした。小学6年になってあいつは一度壊れた。口がきけなくなったんだ」
そんな話初めて聞く。あの木村が口が聞けなくなっただって? 驚く俺を無視して、長野は言葉を続ける。
「勉強をまったくしなくなって、中学受験にも失敗。地元の中学に入っても何もしゃべらず、勉強もせず、友達だって一人もいなかった。先生の勧めで運動を始めた。それがバスケだ。あいつはバスケでも天才の才能をいかんなく発揮したよ。それから半年経ってあいつに声が戻った。スモールフォワードでどんどん点を稼ぐプレイヤーになった。でも急に自分では点を取らなくなった。目立つことを嫌ってパスを回すようになった。ポジションをポイントガードに変更してもあいつは誰よりもうまかった。周囲はまたあいつに期待した。だが、あいつはそれを嫌がって実力を出さなくなった。俺が卒業する時、高校に入ってもバスケをするかと聞いたことがある。絶対やらない、あいつはそう言ったんだ。 あいつはああ見えて繊細に出来てる。人から期待されることを心底嫌がる。またあいつの声が出なくなるようなことをしないでやってくれ」
厳しい表情で長野は俺を見ていた。この前の練習試合に木村を出した俺を責めているような口調だった。
勝手なことを言うな。誰もあいつに期待なんかしていない。期待なんか……していなかった、か?
練習試合、最終5分で出場したあいつに俺は期待しなかったか? 期末考査であいつがいい点を取ることを期待しなかったか? 他の奴らも、俺とのことであいつに期待していると言っていなかったか。
「俺には、関係ありません」
のどから絞り出した声が擦れた。
「本当に関係ないのなら、どうしてあいつはおまえに言われて試合に出た? 俺にはもう二度とバスケはしない、そう言っていた奴がどうして」
「知りません、あいつはいい加減な奴だからたまたま気が向いたんでしょう」
「あいつのことをどう思っているのか知らないが、おまえにあいつはもったいないよ。あの日、あいつは本気を出して積極的に点を取りに来た。それもすべておまえのためだと木村は言った。なのにおまえはあいつのことをまったく理解していない。それが俺はすごく頭にくる。あんなに気まぐれで扱いにくい男を夢中にさせたおまえに嫉妬すら感じるよ」
手を握り、奥歯を噛んだ。そんなこと俺の知ったことじゃない。もう俺には関係ない。まだ木村が好きなら、あんたがあいつと付き合えばいい。
「あいつはなんでも器用にこなせる。それを隠そうと必死だ。それなのにおまえのために本気を見せた。それから逃げるなら、もうあいつに構うな」
好きなことを言うと長野は背を向けて去って行った。どうしてどいつもこいつも最終的に俺を責めるんだ。あいつが一方的に俺に付きまとってきたんだ。俺が頼んであいつを引き止めていたんじゃない。だからあいつはもう俺を見限って俺から去って行ったじゃないか。俺はもう木村と関係がない。何の関わりもなくなったんだ。
なのにどうして俺がこんなに打ちのめされた気分にならなくちゃいけないんだ。
スポンサーサイト
夏休みの今日、俺はバスケ部の準決勝の応援に来ていた。
熱気で蒸し暑い体育館。観客席からうちのベンチを見ると、サンジャイ先輩も他の部員も気合十分の様子がみてとれた。
試合開始。7番、11番のミドルシュート、6番の3P、サンジャイ先輩のリバウンドシュートで前半リードしていたが、後半になって対戦チームの勢いがあがり、外角シュートが次々決まってついに逆転された。
サンジャイ先輩の顔も険しく苦しそうだ。声の限りに声援を送った。
一度は逆転しなおしたが、相手チームの司令塔・4番にチームの流れを持っていかれ、大事な場面では1on1を止められずにゴールを許してしまい、結果は79対98でうちが負けてしまった。
木村がコートにいたらどうなっていただろう、そう考える自分に自己嫌悪した。
先輩がチームの仲間たちと抱きあって泣いているのが見えた。先輩にとってはこれが最後の全国大会。小学校の時からバスケをしている先輩を見てきた。誰にも負けない人一倍の努力をしてきたことも知っている。こみあげてきた涙を拭い、席を立った。
出口に向かって歩いている時、一組の集団に出くわした。夏休み前の練習試合の相手チームだった。
その中に、木村と中学が同じだったという長野の顔があった。向こうも俺に気付いたようで目が合った。
軽く会釈し、そのまま通り過ぎようとしたが呼びとめられた。同じ学校の部員に何か言って長野がこちらにやってくる。
「おまえ、ロンの新しい男だよな」
嫌な覚えられ方だと思いつつ、
「あいつとはそんな関係じゃありません」
と訂正しておいた。
「別れたのか」
「付き合っていたこともありません」
「へぇ」
と、意外そうな顔をする。
「サンジャイ、負けちまったな」
「はい」
「ロンがいたら面白いことになっていたかもしれないけどな」
「あいつがいてもいなくても何もかわりません」
「前の練習試合、おまえがあいつを引っ張り出してきたんだろ」
無言で頷いた。長野は高圧的に俺を見下ろす。かすかに敵意を感じる。前に木村と付き合っていたことがあるらしいから、もしかしたら見当違いな嫉妬をしているのかもしれない。
「あいつにあまり構うな」
長野の言葉にかっとなった。
「構ってなんかいません」
「あいつはもうバスケはしない、中学の時に俺にそう言ったんだ。あいつを追い詰めるな」
「追い詰めるって……、俺は何もしてません。ただ経験者だと言うから連れて行っただけで」
「あいつのことを何も知らないんだろう」
俺への侮蔑と優越感が滲む声だった。
「あいつは天才なんだよ。何をやらせても何でも器用にこなしちまう。勉強だってそうだ。ガキの頃は神童なんて言われていたらしい。周囲はあいつに過度の期待をした。それであいつは窮屈な子供時代を過ごした。小学6年になってあいつは一度壊れた。口がきけなくなったんだ」
そんな話初めて聞く。あの木村が口が聞けなくなっただって? 驚く俺を無視して、長野は言葉を続ける。
「勉強をまったくしなくなって、中学受験にも失敗。地元の中学に入っても何もしゃべらず、勉強もせず、友達だって一人もいなかった。先生の勧めで運動を始めた。それがバスケだ。あいつはバスケでも天才の才能をいかんなく発揮したよ。それから半年経ってあいつに声が戻った。スモールフォワードでどんどん点を稼ぐプレイヤーになった。でも急に自分では点を取らなくなった。目立つことを嫌ってパスを回すようになった。ポジションをポイントガードに変更してもあいつは誰よりもうまかった。周囲はまたあいつに期待した。だが、あいつはそれを嫌がって実力を出さなくなった。俺が卒業する時、高校に入ってもバスケをするかと聞いたことがある。絶対やらない、あいつはそう言ったんだ。 あいつはああ見えて繊細に出来てる。人から期待されることを心底嫌がる。またあいつの声が出なくなるようなことをしないでやってくれ」
厳しい表情で長野は俺を見ていた。この前の練習試合に木村を出した俺を責めているような口調だった。
勝手なことを言うな。誰もあいつに期待なんかしていない。期待なんか……していなかった、か?
練習試合、最終5分で出場したあいつに俺は期待しなかったか? 期末考査であいつがいい点を取ることを期待しなかったか? 他の奴らも、俺とのことであいつに期待していると言っていなかったか。
「俺には、関係ありません」
のどから絞り出した声が擦れた。
「本当に関係ないのなら、どうしてあいつはおまえに言われて試合に出た? 俺にはもう二度とバスケはしない、そう言っていた奴がどうして」
「知りません、あいつはいい加減な奴だからたまたま気が向いたんでしょう」
「あいつのことをどう思っているのか知らないが、おまえにあいつはもったいないよ。あの日、あいつは本気を出して積極的に点を取りに来た。それもすべておまえのためだと木村は言った。なのにおまえはあいつのことをまったく理解していない。それが俺はすごく頭にくる。あんなに気まぐれで扱いにくい男を夢中にさせたおまえに嫉妬すら感じるよ」
手を握り、奥歯を噛んだ。そんなこと俺の知ったことじゃない。もう俺には関係ない。まだ木村が好きなら、あんたがあいつと付き合えばいい。
「あいつはなんでも器用にこなせる。それを隠そうと必死だ。それなのにおまえのために本気を見せた。それから逃げるなら、もうあいつに構うな」
好きなことを言うと長野は背を向けて去って行った。どうしてどいつもこいつも最終的に俺を責めるんだ。あいつが一方的に俺に付きまとってきたんだ。俺が頼んであいつを引き止めていたんじゃない。だからあいつはもう俺を見限って俺から去って行ったじゃないか。俺はもう木村と関係がない。何の関わりもなくなったんだ。
なのにどうして俺がこんなに打ちのめされた気分にならなくちゃいけないんだ。
- 関連記事
-
- ピーキー(15/18)
- ピーキー(14/18)
- ピーキー(13/18)
- ピーキー(12/18)
- ピーキー(11/18)

[PR]

