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ピーキー(9/18)

2020.07.17.Fri.


  廊下を歩いて食堂に繋がる出入り口から外に出た。放課後で誰もいない食堂横の自販機の前で木村を解放した。

「どうしたんだよ急に。 俺と二人きりになりたかったのか」
「なにを考えてるんだお前は。長野さんのいないところで変なことを言うな」
「変なこと? あぁ、あいつはゲイでもバイでもないよ、ノンケだもん。男は俺だけだから」

 こちらが反応に困ることをしれっと言う。 木村という男は常識が欠落しているように思えて仕方がない。

「それでもだ。他人にまで迷惑をかけるな。学校中の噂になっているのは知ってるだろう」
「らしいねぇ」

 嬉しそうにニヤニヤ笑う。その噂で俺がどれだけ迷惑しているかこいつはきっとわかっていない。それどころか楽しんでさえいる。

「俺も迷惑している。これ以上つまらん噂にはなりたくない。おまえはバスケ部に入ってそっちに集中しろ」

 ズボンのポケットに両手を突っ込んだ木村は「やだ」と舌を出した。いちいち腹立たしい。

「中学でもう燃え尽きちゃったんだよね。今はおまえに夢中だしぃ」

 語尾をあげて茶化す木村に殺意すら覚える。

「俺を好きで努力しても無駄だ。結果は決まってる、おまえは俺を手に入れることは出来ない」
「そういえばさぁ」

 俺の言葉を無視して木村が間延びした声で言った。

「練習試合、おまえのために本気出して頑張って点取ったよね。約束、忘れたなんて言わせないぜ」

 大きく一歩を踏み出し俺の目の前に立つ。更衣室でのやり取りを思い出し、急に息苦しくなった。

「付き合ってくれるよね、俺と。そういう約束でしょ」

 と顔を近づけてくる。視界いっぱいに木村の顔。今日はグレーのカラコンをつけている。その目に吸い込まれそうになって慌てて俯いた。どうして俺がうろたえなきゃならないんだ。

 固まっていたら、突如木村の笑い声。驚いて顔をあげた。

「なんてね、最後ヘトヘトになったカッコ悪い姿見せちゃったし、今回はいいや」

 木村の言葉にほっと胸をなでおろす。約束は約束だからとゴネられることを覚悟していたが、意外と良心的なところもあるらしい。

「そのかわり、ご褒美が欲しいな」
「ご褒美?」
「そ、俺にキスして」

 木村は自分の口を指差した。指の動きにつられて木村の唇を見てしまった俺はカッと顔が熱くなった。

「ば、馬鹿なこと言うな!」
「俺頑張ったんだぜ」
「だからってどうして俺がっ」
「じゃあ、セーラー服着て」
「はっ?」
「俺の妹から借りてくるから、一日セーラー服で過ごす。それが嫌なら俺にキスする。さぁ、どっち?」

 とんでもない二択に目が点になる。どっちもこっちも最悪だ。どうしてそんな選択肢しかないんだ。こいつの言うことは本気なのか冗談なのか区別がつきにくくて疲れてしまう。

「どっちも断る」
「チューなんか手を繋ぐようなもんだって」

 木村が俺の手を取り、指を絡めてきた。心臓がみっともなく飛び跳ねる。大きな手と絡まる指が生々しくて顔が熱くなる。

「手を繋ぐとのキスするの、何もかわらないよ。肌と肌が触れ合うだけ。手か口かの違いだけ。それとも一ノ瀬って潔癖? 結婚する相手とじゃなきゃキスも出来ない? 今まで誰とも手すら繋いだことないなんて言うなよ?」

 馬鹿にしたように言われ頭に血が上る。木村に挑発されているのはわかっていたが、これ以上言われるのは癪だった。

「いいだろう、キスくらいしてやる」

 奥歯をギリギリ噛み締める俺を見て木村が苦笑した。

「そんな顔でするもんじゃないよ」

 耳の後ろに木村の手がまわされた。これはキスなんかじゃない。握手だ。肌が触れ合うだけの行為だ。そう自分に言い聞かせる。

「目、閉じて」

 木村の息が頬にかかる。顔が近づいてきてぎゅっと目を瞑った。木村の唇が俺の唇に触れる。木村と本当にキスをしてしまった。どうして俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。

 抱き寄せられ、体が密着する。木村の舌が入ってきた。驚いて目を開けたると、木村の長い睫毛が見えた。体を押し返したがびくともしない。それどころか手首を掴まれ簡単に封じ込められた。

 激しく口付けされのどが鳴った。乱暴の一歩手前のような荒々しいキスに膝が震える。初めてのことで息の吸い方がわからない。どこで息づぎをすればいいんだ。頭がくらくらする。体から力が抜けて立っていられない。もう何も考えられない。

 意識が遠のきかけたとき、ようやく木村が離れていった。手元に取り戻した意識で状況を把握する。目の前で、壮絶な色気を湛えた瞳が俺をじっと見ていた。

「大丈夫?」
「え……あ、あぁ」
「ごめんね、ちょっとやりすぎた?」

  木村にしがみ付いている自分に気付き慌てて手をはなしたが、腰を抱き寄せられているので体は密着したまま。

「は、はなしてくれ」
「俺のこと少しは好きになった?」
「ならない」
「おかしいなぁ、俺、キスがうまいらしいからたいてい落ちるんだけどなぁ。もう一回してもいい?」
「調子に乗るな」

 突き飛ばすように胸を押して木村から離れた。俺の顔はみっともない位赤くなっているに違いない。

「俺は戻る。おまえはもう帰れ」
「照れなくていいじゃん。みんなには内緒にするから」

 歩き出す俺の横に木村が並ぶ。ありえないほどに俺の心臓が早鐘を打っていた。それを隣の男に知られるのが嫌で、俺は前を睨みつけ、無言で歩いた。

「なんか、俺、ヤバイ感じかも。おまえが可愛くてしょうがない。本気になっちゃったかもしんねえ」

 そう言うと木村は唇を舐めて俺を見た。木村と目が合った瞬間、ぞくっと背筋が震えた。やっぱりこいつは今まで面白がってふざけていただけだったんだ。木村は、いまようやく獲物を見つけた捕食者のような目で俺を見ていた。

「俺が本気出したらどうなるか一ノ瀬ならもうわかってるよね。絶対俺のものにする、逃がさねえからな」

 不敵に木村が笑う。背中に冷や汗が流れた。



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