FC2ブログ

ピーキー(3/18)

2020.07.11.Sat.


 バスケ部の練習はすでに始まっていて、コートの半分ではパスの練習をし、もう半分ではジャンプシュートの練習をしていた。

  ぶつくさ文句を言う木村の腕を掴んで静かに中に入った。俺に気付いたサンジャイ先輩が驚いた顔をした。監督に断りを入れ、こちらへやってくる。

 浅黒く彫りの深い顔のサンジャイ先輩が俺を見下ろし、隣の木村を見た。サンジャイ先輩は190センチある。それにひけをとらない木村は185以上あるだろう。

「どうした、何か急用か?」

 突然やって来たのに迷惑な顔をせず、むしろ優しい笑みをたたえてサンジャイ先輩が言った。

「いえ、練習の見学をさせてもらいに来ました」
「珍しいな、おまえがバスケに興味を持つなんて」

 言いながらチラと木村を見た。木村は口の端を吊り上げてサンジャイ先輩の目を見返す。挑発的な態度はやめろ。

「こいつは木村と言って中学でバスケ部だったそうです。それで見学に連れて来ました」
「はぁ、おまえが木村か。一ノ瀬にちょっかい出してるんだって?」

 先輩までその噂を知っていたのか。俺は顔が赤くなるのを感じた。それもこれも木村のせいだ。

「ちょっかいじゃねえよ、俺はいたって真面目だよ」

 と、俺の肩に腕をまわし引き寄せる。先輩の前でなんてことするんだ。それを振り払って先輩に向き直る。

「見学させてもらっていいですか?」
「あぁ、いいだろう。中に入って見て行け。おまえ、ポジションは?」

 最後の言葉は木村に向けられたものだ。

「どこでも。基本はポイントガードだったかなぁ」

 と、とぼけた顔で言う。失礼な態度に俺は苛々したが、先輩は気にせず興味深そうに木村を見ていた。

「ま、入れよ」

 先輩に促され、俺たちは中に入って監督の後ろに立ち、練習を見学させてもらった。隣の木村はポケットに手をつっこみ、欠伸をしている。

「おまえ、もっと真面目にしないか。せっかく見せてもらっているんだ。それと、サンジャイ先輩にため口はよせ」

 木村の眉間にしわが寄った。

「んだよ、俺もうバスケはしねえってのに。こんなとこで時間潰すより俺とデート行こうぜ」

 にやけた顔を寄せてきた。数人の部員の目がこちらに集まる。

「あいつが木村か。俺初めて見た。ほんとに男でもいけるんだ」

 そんな囁き声が聞こえてくる。こいつといると俺まで恥をかく。木村の顔を身体ごと押しのけた。

「木村、こっちに来いよ」

 苦笑しながら先輩が木村に向かって手招きした。木村は肩をすくめただけで動こうとしない。

「早く行け」

 木村の背中を押した。

「俺はいいって」

 先輩がわざわざ木村を迎えに来た。やる気のなさそうな木村の腕を掴み、コートに引っ張っていく。

「誰か、ボールくれ」

 先輩の一言に、一年らしい部員が慌ててボールを渡す。先輩は受け取ったボールを木村に向かって投げた。木村は片手でボールを受け取り、一度床についたあと手の平に乗せた。

「ボールの扱いは慣れてるようだな」

 興味がないというふうに木村はドリブルをして先輩の言葉を無視する。ちゃんと返事をしろ。怒鳴りたいのを我慢する。

「シュートしてみろ、好きなのでいい」

 嫌そうに歪んだ顔が俺を見た。睨み返し、無言で頷いた。いいからやれ。

 木村はスリーポイントライン上に立っていた。何度かボールを床につき、そこからシュートする。ボールがリングに吸い込まれた。バスケ経験のない俺でもわかる綺麗なフォームだった。他の部員からも感嘆の声があがる。

「もう一度」

 先輩からボールを受け取り、木村はまたシュートした。さっきのシュートと寸分違わぬ正確なフォームとボールの軌道。場面を再生して見ているような気さえした。リングを通過したボールが床に落ちて跳ねる。

「まだやんのかよ」

 不満を漏らす木村を構わず、先輩は「レイアップ」と言った。いつのまにか真剣な表情で木村を見ている。

「俺、バッシュ履いてねえっつの」

 文句を言いながら木村はバスケット下まで走りこんで軽くジャンプし、ボールをリングに落とした。

「あっちのゴールに入れてみろ」

 先輩は反対側のバスケットを指差した。

「中島、寺田、こいつにゴールさせるな」

 先輩に言われて身構えた二人がいた。おそらく三年生。他の部員はボールを片付け、慌ててコートから出て行く。

 先輩に言われた二人が、木村に向かって走り出した。

「2対1って優しくなくね?」

 木村の声の調子がかわった。腰を落としたと思った次の瞬間、木村も走り出していた。

 ボールを左手に持ちかえ、右からきた一人を片手で制しながらフェイントしてかわし前に進む。もう一人の三年が木村の前に立ちはだかった。サンジャイ先輩に負けないくらい大きな人だ。

 クルリと身体を反転させた木村の顔を見てぞくっと鳥肌が立った。今までのとぼけた顔じゃない、研ぎ澄まされたような鋭い表情。

 背中で牽制しながら、木村がチラとバスケットを見上げた。木村の身体が一度屈伸して上に伸び上がる。三年生がブロックのために飛び上がった。シュートする、そう思ったが木村はすぐに着地し、三年生の横をするりと抜けてリング下、ひらりとジャンプしてシュートを決めた。一連の動作をいとも簡単にこなす。

 シンと静まり返る体育館に、リングを抜け落ちたボールの跳ねる音が響く。それを拾い上げた木村が、

「見学しに来たんじゃなかったっけ?」

 と俺に向かってニヤッと笑った。

 予想外だった。みんな呆気に取られ、今見た光景が信じられない思いで木村を見つめていた。

「おまえ、どうして高校に入ってもバスケを続けなかったんだ」

 木村からボールを受け取った先輩が言った。俺も同感だ。あれだけ動けるのにやめてしまうのは勿体ない。

「好きでやってたわけじゃないんだよね。汗かくのも嫌だし、それに今は一ノ瀬を落とすのに忙しくてそれどころじゃないし」

 わざとらしく俺に向かってウィンクする。それを見た他の部員がざわめく。恥ずかしいからそんな真似やめてくれ。

「明日練習試合がある。ベンチに入れてやるから来い」
「いいって、俺興味ないから」
「一ノ瀬、こいつを明日連れてきてくれ」
「あ、はい、わかりました」

 俺がかわりに返事をした。


関連記事
スポンサーサイト
[PR]

コメント

管理者にだけ表示を許可する