ピーキー(2/18)
2020.07.10.Fri.
<1>
今日も生徒会室にやってきた木村は、生徒会長の椅子に座って頬杖をつき、俺の顔をぼんやり見ている。気の抜けた馬鹿面が視界に入って邪魔で仕方ないが、相手にするとうるさいので作業に集中した。
「一ノ瀬は副会長だよなぁ」
のんびりした声で木村が言う。
「俺、 何回もここ来たけど、 会長の顔見たこと会ったっけ?」
俺は作業の手を止め、呆れて木村を見た。
去年の11月に生徒会選挙があったことをこいつは忘れているのか。その時に立候補者の演説、当選者の挨拶で、会長は全校生徒に顔を見せている。見た事がないなんてことはない筈だ。
「松村、おまえは知ってんの」
いきなり話を振られた松村はチラと俺の顔を窺うように見て、恐縮しながら頷いた。
「知ってるよ、一応俺も役員だから」
「でも来てねえじゃん」
「部活動で忙しいから」
「部活だあ? それで仕事をお前らに押し付けてんのか」
俺は思わず机を叩いた。大きな音に、松村と会計の岡田さんがビクと肩を震わせるのが見えた。
「サンジャイ先輩はそんな人じゃない」
「え、サン? なに?」
サンジャイ先輩は、父がインド人、母は日本人のハーフだ。
「サンジャイ・勇樹・カプール。バスケ部の主将を務める人だ。インターハイを目指して今は大変な時期なんだ。だから生徒会の仕事は俺たちがかわりにやると決めたんだ」
「サンジャイ……なんか顔の濃い奴がいたなぁ、あいつか。一ノ瀬、ずいぶんそいつのこと庇うね」
木村は目を細めた。
サンジャイ先輩とは小/学生の時からの付き合いだ。まじめで面倒見も良く努力家。尊敬できる先輩だ。サンジャイ先輩が生徒会長に推薦された時、副会長をやってくれと指名された。サンジャイ先輩が会長でなかったら、俺も副会長にはなっていなかった。
その気になれば学年一位になれる学力を持っているのに面倒臭がって努力を怠る木村に、サンジャイ先輩のことを悪く言われるのは我慢がならなかった。
「なんか嫉妬するなぁ」
と木村は口を尖らせる。勝手に嫉妬していろ。
「俺も中学の時バスケ部だったんだぜ」
「だからなんだ」
「あれ? バスケやってる奴が好きなんじゃないの?」
「誰がそんなことを言った。なぜ今はバスケをやらないんだ。おまえのその長身を活かせるスポーツじゃないか」
「まぁ、もういいかなぁと思ってね。それに俺、今は遊ぶのに忙しいからね」
どこまでも性根の腐った奴だと呆れる。女遊び、こいつの場合男も含まれるのか、そのために続けていたスポーツをやめるなんて俺には考えられないくだらない理由だ。
「今は一ノ瀬落とすのに苦労してるしさぁ。なぁ、いい加減俺と付き合っちゃえよ」
「俺はやるべきことをやらない奴が嫌いだ」
「俺が一位になったこと怒ってる?」
「学力があるのになぜいつも本気を出さない」
「俺が本気出したら付き合ってくれんの」
「それとは別の話だ」
松村と岡田さんが、手を動かしながら俺と木村の会話に神経を集中させているのが伝わってくる。
木村のせいで俺は全校生徒の噂のネタになっている。俺が木村に落とされるかどうか、賭けをしている生徒もいると岡田さんから聞いた。まったくけしからん。まったく迷惑な話だ。誰が男に落とされるものか。まして相手はこいつ、木村論だぞ、まさに論外甚だしい。
「体力も時間も余っているなら部活動に励め。今からでも遅くない」
「いいって、俺汗かくの嫌だし」
机に突っ伏し、重ねた手の上に顎を乗せて上目遣いに俺を見てくる。涼しげな目元、形のいい眉、鼻筋も通っていて、確かにいい男の部類に入る顔なのだろうが性格は最悪だ。
「バスケをしていたならサンジャイ先輩に頼んでやろう。バスケ部に入ってみっちりしごいてもらえ」
木村は「いいよ」と本当に嫌そうに顔を歪めて首を振った。
「そういえば明日、他校と練習試合をうちでするって言ってたなぁ」
思い出したように松村が呟いた。その話は俺も聞いた覚えがある。
「そうそう、ここに来る前サンジャイ先輩を見かけたんだけど、すごい気合入った顔してたよ」
今まで黙っていた岡田さんが口を開いた。
腕時計を見る。16時20分。俺は立ちあがった。
「木村、ついて来い。君たちもそれが終わったら今日はもうあがっていい、残りは俺がやっておく」
顔を見合わせる松村と岡田さんをあとにして俺は木村の腕を掴んで体育館へ向かった。
「サンジャイ先輩を激励しに行くのか? 俺は恋敵の応援はしねえよ」
「馬鹿なこと言うな。うちは毎年インハイをかけて他校と争う強豪なんだぞ。おまえも一目見たらやる気が出る」
そうだ、この男はやる気さえ出せば俺を抜いて学年一位になれる男なのだ。中学でバスケをしていたのなら、他の生徒がプレーしているのを見て懐かしくなるはずだ。昔の血が騒いでやる気を起こすかもしれない。部活動に集中してくれたら俺に付きまとうこともなくなるだろう。それにサンジャイ先輩の下で指導を受ければ、こいつの腐った性格も少しはマシになるかもしれない。
そんな期待をして体育館へ連れて行った。
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今日も生徒会室にやってきた木村は、生徒会長の椅子に座って頬杖をつき、俺の顔をぼんやり見ている。気の抜けた馬鹿面が視界に入って邪魔で仕方ないが、相手にするとうるさいので作業に集中した。
「一ノ瀬は副会長だよなぁ」
のんびりした声で木村が言う。
「俺、 何回もここ来たけど、 会長の顔見たこと会ったっけ?」
俺は作業の手を止め、呆れて木村を見た。
去年の11月に生徒会選挙があったことをこいつは忘れているのか。その時に立候補者の演説、当選者の挨拶で、会長は全校生徒に顔を見せている。見た事がないなんてことはない筈だ。
「松村、おまえは知ってんの」
いきなり話を振られた松村はチラと俺の顔を窺うように見て、恐縮しながら頷いた。
「知ってるよ、一応俺も役員だから」
「でも来てねえじゃん」
「部活動で忙しいから」
「部活だあ? それで仕事をお前らに押し付けてんのか」
俺は思わず机を叩いた。大きな音に、松村と会計の岡田さんがビクと肩を震わせるのが見えた。
「サンジャイ先輩はそんな人じゃない」
「え、サン? なに?」
サンジャイ先輩は、父がインド人、母は日本人のハーフだ。
「サンジャイ・勇樹・カプール。バスケ部の主将を務める人だ。インターハイを目指して今は大変な時期なんだ。だから生徒会の仕事は俺たちがかわりにやると決めたんだ」
「サンジャイ……なんか顔の濃い奴がいたなぁ、あいつか。一ノ瀬、ずいぶんそいつのこと庇うね」
木村は目を細めた。
サンジャイ先輩とは小/学生の時からの付き合いだ。まじめで面倒見も良く努力家。尊敬できる先輩だ。サンジャイ先輩が生徒会長に推薦された時、副会長をやってくれと指名された。サンジャイ先輩が会長でなかったら、俺も副会長にはなっていなかった。
その気になれば学年一位になれる学力を持っているのに面倒臭がって努力を怠る木村に、サンジャイ先輩のことを悪く言われるのは我慢がならなかった。
「なんか嫉妬するなぁ」
と木村は口を尖らせる。勝手に嫉妬していろ。
「俺も中学の時バスケ部だったんだぜ」
「だからなんだ」
「あれ? バスケやってる奴が好きなんじゃないの?」
「誰がそんなことを言った。なぜ今はバスケをやらないんだ。おまえのその長身を活かせるスポーツじゃないか」
「まぁ、もういいかなぁと思ってね。それに俺、今は遊ぶのに忙しいからね」
どこまでも性根の腐った奴だと呆れる。女遊び、こいつの場合男も含まれるのか、そのために続けていたスポーツをやめるなんて俺には考えられないくだらない理由だ。
「今は一ノ瀬落とすのに苦労してるしさぁ。なぁ、いい加減俺と付き合っちゃえよ」
「俺はやるべきことをやらない奴が嫌いだ」
「俺が一位になったこと怒ってる?」
「学力があるのになぜいつも本気を出さない」
「俺が本気出したら付き合ってくれんの」
「それとは別の話だ」
松村と岡田さんが、手を動かしながら俺と木村の会話に神経を集中させているのが伝わってくる。
木村のせいで俺は全校生徒の噂のネタになっている。俺が木村に落とされるかどうか、賭けをしている生徒もいると岡田さんから聞いた。まったくけしからん。まったく迷惑な話だ。誰が男に落とされるものか。まして相手はこいつ、木村論だぞ、まさに論外甚だしい。
「体力も時間も余っているなら部活動に励め。今からでも遅くない」
「いいって、俺汗かくの嫌だし」
机に突っ伏し、重ねた手の上に顎を乗せて上目遣いに俺を見てくる。涼しげな目元、形のいい眉、鼻筋も通っていて、確かにいい男の部類に入る顔なのだろうが性格は最悪だ。
「バスケをしていたならサンジャイ先輩に頼んでやろう。バスケ部に入ってみっちりしごいてもらえ」
木村は「いいよ」と本当に嫌そうに顔を歪めて首を振った。
「そういえば明日、他校と練習試合をうちでするって言ってたなぁ」
思い出したように松村が呟いた。その話は俺も聞いた覚えがある。
「そうそう、ここに来る前サンジャイ先輩を見かけたんだけど、すごい気合入った顔してたよ」
今まで黙っていた岡田さんが口を開いた。
腕時計を見る。16時20分。俺は立ちあがった。
「木村、ついて来い。君たちもそれが終わったら今日はもうあがっていい、残りは俺がやっておく」
顔を見合わせる松村と岡田さんをあとにして俺は木村の腕を掴んで体育館へ向かった。
「サンジャイ先輩を激励しに行くのか? 俺は恋敵の応援はしねえよ」
「馬鹿なこと言うな。うちは毎年インハイをかけて他校と争う強豪なんだぞ。おまえも一目見たらやる気が出る」
そうだ、この男はやる気さえ出せば俺を抜いて学年一位になれる男なのだ。中学でバスケをしていたのなら、他の生徒がプレーしているのを見て懐かしくなるはずだ。昔の血が騒いでやる気を起こすかもしれない。部活動に集中してくれたら俺に付きまとうこともなくなるだろう。それにサンジャイ先輩の下で指導を受ければ、こいつの腐った性格も少しはマシになるかもしれない。
そんな期待をして体育館へ連れて行った。
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